とある繁華街にて
男が、夜の繁華街を歩いていた。
ふらふら、ふらふらと、千鳥足で。
「――さーぁて、次はどの店に入るかなぁ」
赤く上気した頰と鼻歌が、そして足取りが、男が軽く酔っていることを教えている。
客の呼び込みをする人、同じように酔っ払って歩く人、それを様々な笑顔で見ている人。光と音と、人間で溢れる繁華街。
「……んあ?」
その中に、およそ似つかわしくない、女性が一人。ポニーテールを揺らしながら、しゃがみ込んで辺りを見回している。
普段の男ならば、気にもかけなかっただろう。
しかし、酔っ払った今は違う。
「どうかなさいましたー?」
気分良さげな、明るい声をかけられた女性は、ちらりと男を振り返った。
息を呑むほどに美しい、白い肌と黒曜石のような目。つり目を伏せて、彼女は赤い唇を開いた。
「……亡くなった祖母からもらったハンカチを……落としてしまって」
「おやぁ、それは大変じゃないですか! 一緒に探しましょう。どんなー、ハンカチですか?」
「……ピンク色の、バラの花が描いてある、薄手のハンカチです。……死ぬ直前に、祖母が『大事にしてね』と、渡してくれたもので……」
「じゃあ、本当に大事な、形見のハンカチじゃないですかぁ!」
男は目を丸くして、ほろ酔いでありながらも真剣に辺りを探し始める。
しかし、ハンカチはない。
「……えと、お嬢ちゃん」
「水無月、環奈です」
「環奈さんはー、どこを通って、ここにきたんですか?」
男の問いに、水無月環奈と名乗った女は細い指で裏路地を指して。
「あそこから……」
その答えに、男は路地を覗き込む。煌びやかな繁華街に対して、薄暗くひとけのない、静かな場所だ。
「んじゃあ、一旦、あそこに戻りましょー。そこに落ちているかもしれないでしょう? ね?」
肩を落として俯く環奈にそう言うと、男は彼女が頷くのを見てから、その裏路地に入っていった。
しばらく進むと、闇の中にぼんやりと、なにかが落ちているのが見えてきた。
「あれって……」
男が駆け寄ると、そこには見事なバラが描かれた、ピンク色のハンカチが。
「環奈さぁーん、ハンカ——」
大声をあげた瞬間、突然襲いかかる衝撃。急に体から力が抜けて、意識が朦朧とする……。
環奈は、男が完全に意識を手放す前に、素早く懐からペットボトルを取り出して、中身を飲み込ませた。
ラベルに書かれた文字は『睡眠薬』。非常に強力で、ものの数分で効き目を発揮するものだということを、彼女は知っていた。
もう今は気を失っている男を見下ろして、環奈は得意げに微笑む。
そして、どこにそんな力があるのだろうか、男の腕を自分の肩に回して立たせると、繁華街へと歩き出した。
「お父さんったら、もう! またこんなところで酔っ払って!」
繁華街には、泥酔した父親を介抱する娘の姿。夜中によく見られる光景だ。
「ほら、しっかりして! ……あー、もう。寝ちゃったかぁ」
そこに、タイミングよく現れたタクシー。娘はなんとかそれを呼びとめた。
「すみません、父が酔っ払ってしまって」
「大変ですね、手伝いますよ」
「ありがとうございます」
運転手の力を借りて父親を乗せ、娘もタクシーに乗り込む。
扉は勝手に閉まり、タクシーは動き出した。
繁華街でよくある一幕。目にした人もたいして気に留めたりはしない、日常の一コマだ。
「……上手くやれました?」
タクシー運転手の問いかけに、環奈は満面の笑みを返した。
「見て分からない? 上々よ」
「流石は『暗黒の疾風』ですね」
「ありがと、『黒翼』。あんたもタクシー運転手そっくり」
「実際そうですからね。忘れてません? 僕はタクシー会社に紛れこんで運び屋をする係ですよ」
「それもそうね。さ、はやく依頼を終わらせましょ」
闇に紛れて消えていくタクシーの中で、そんな会話が行われていることに気付いた人はいない。
タクシーの運転手。そして、環奈。
二人は、裏社会でとても有名な組織の一員だった。
その組織の名は、『暗黒の疾風』。
殺しも盗みも誘拐も手がける、裏社会の何でも屋。
その巨大な組織の中で、組織の名と同じコードネームを持つ環奈は、二十五歳という若さでありながら最も技量が高い者として、多くの構成員に畏敬の念を抱かれる存在である。
作者自身が忙しいため、投稿は気まぐれです。
続きが気になった方はブックマークをして更新通知設定をしておくことをお勧め致します。
また、私の書き慣れていない方面の小説となります(書き慣れないジャンルというと、普段からヒューマンドラマのジャンルで書いておりますので大嘘になるため、このような言い回しになりました)ので、多少お見苦しい点もあるかと思いますが、最後までお付き合い頂けますと幸いです。




