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小説

そういえば婚約破棄なんてあったわね

作者: 重原水鳥

『婚約破棄をされたらしい』の後日談のような何か。婚約破棄要素がほぼないのでタグはつけてませんが、少し要素として入ってます。

 鳴き声がブリーカ王国の王宮に響く。連絡はすぐさま王子であるジークフリードの元まで届いた。仕事も放り出して、ジークフリードは王宮の廊下を走り、妻のいる場所へと駆け込んだ。


九姫(くひ)!」

「ジークフリード様」


 ニコリと微笑みを浮かべたのは、まだ少女と言える見た目の子供だった。見た目こそ似ていないが、ジークフリードの妹と言われても納得する見た目をしている。その少女の腕の中には、ジークフリードに似た髪の色をした赤ん坊が抱かれていた。

 ジークフリードはそっと近づいた。


「抱いてあげてくださいまし」


 差し出された赤子を、ジークフリードは抱える。


「うぁ」


 と小さな声を上げた自らの子供に、ジークフリードは僅かに涙ぐんだ。



 ■



 ブリーカ王国の王宮はにわかにお祝いムードとなった。国民にも広く周知され、王子の第一子誕生が祝われた。

 王子ジークフリードの第一子は残念ながら男児ではなかった。可愛らしい女児だ。どちらにせよ、王族が国王・王妃・王子の三人しかいなくなっているブリーカ王国にとっては福音だ。

 エーデルラントと名づけられた第一王女は母である九姫の乳を呑んですくすくと育った。ジークフリードは仕事の合間に何度も彼にとって妻である九姫と、娘であるエーデルラントの元へと通った。

 生後半年が経ち、体調もとうに問題なくなっていた九姫はエーデルラントに乳を飲ませながらジークフリードに言った。


「次の子はそろそろ妊娠してもよろしいでしょうか?」


 ブッ、と飲んでいた水を軽く噴出したジークフリードはげほごほと咳き込みながら九姫を見る。九姫はにこにこと笑っていた。


「それとも、まだ私の身体を楽しみたいですか?」

「勘弁してくれ……」


 顔を手で覆ってうつむくジークフリードに、九姫は笑うばかりだ。

 妊娠中は、夫婦の営みは出来ない。いや、医学上は出来ないわけではないが、子供にもそう良くないし、なによりブリーカ王国では妊婦に手を出すのは許されがたい悪徳であるとされている。なので妊娠してしまえば、今のように九姫と夜を過ごすことは出来なくなるのだ。男としてそれにぐらつくのは事実。

 だが王族として、少しでも多く子供を為すことが必要であることも事実だ。父王は随分な年で、もう子供も望めない。なので全てはジークフリードと九姫にかかっている。

 男としての欲望を王子としての理性で倒し、ジークフリードは頷いた。


「そうだな、そうしよう」


 九姫の瞳が細まる。その瞳は人間ではなく、狐の目であった。


 当然だ。九姫は人間ではない。妖怪なのだから。

 彼女は妖怪の中でも強い勢力を誇る『九尾国』のトップ、九尾の狐の娘。()番目の()、九姫。ジークフリードの未来の妻としてやってきたのはジークフリードがまだ一桁の年齢だった頃。そしてその頃から姿も変わっていない。この少女のような姿のまま変わらないのだ。


「では、今夜にでも」

「なら今日の夜は最後だな。……な?」


 と縋るような瞳を向けると、九姫は笑って頷いた。九姫の胸元では乳を呑み終わったエーデルラントがゲップをした。


 九姫とエーデルラントの元を立ち去り、執務室を目指して歩いていると前方から宰相子息エルドガンが歩いてきた。エルドガンは一礼をするとジークフリードの耳元に囁いた。


()()()でございます」


 舌打ちを寸で止めたジークフリードはいつもの如く、「追い返せ」と告げた。エルドガンもその答えはわかっていただろう。礼をしてすぐに立ち去った。

 苛立ちもあるが、自業自得の部分も強いせいで頭も痛い。


 およそ二年前。ジークフリードは九姫に婚約破棄を言い渡した。


 その時はまだ夫婦でなかったのだが、だとしても正気の沙汰ではない。実際、ジークフリードは()()()()()()()()

 九姫のつれていた侍従たちによって判明したのだが、ジークフリードを初め、国の重鎮の子息たちに術が掛けられていたのだ。魅了の呪術。それによってジークフリードはアリスとかいう平民の娘と恋に落ちた。ジークフリードだけではない。重鎮の子息たちもだ。その中には、先ほど会話をした宰相子息エルドガンもいる。およそ六人ほどの男たちが――――ジークフリードだけでなく、皆婚約者がいるにもかかわらず、アリスという一人の女を取り合っていたという。その期間、およそ半年間。

 正気に戻った後はもう、死ぬかと思った。首を差し出さなければと。婚約者を放置して、他人の女に堂々と現を抜かし、その上破棄するとまでこわ高々に叫んだのだ。しかもその時九姫は、ジークフリードの子供を――――エーデルラントを妊娠していた。

 死刑すら覚悟していたジークフリードたちだったが、それらのことも全て九姫は許した。


「大したことではございませんわ。それに、人間が呪術に抗えるとも思えませんし」


 ぶっちゃけ後半が本音だっただろう。前半も対して事実だろうが。

 見た目が幼くとも、この少女が人間でないことを痛感した。普通なら怒り狂うところであるが、九姫は寛大な心で全てを許した。エルドガンなど、婚約者令嬢にそれから半年以上無視し続けられたというのに。

 九姫が怒らなかったので、九姫の父親である九尾の狐も何も言ってこなかった。


 しかし、人間側はそのままで終わるわけにはいかない。キッチリと後始末をしなければならない。


 ジークフリードと共に呪術を掛けられたのは皆ジークフリードにとって、将来共に国を作っているはずだった者ばかり。幸いなことにエルドガンは正気に戻ったものの、他の面々はその後も呪術が解ける気配はない。無理矢理解けば精神が壊れる可能性もあるらしく、九姫の侍従は自然と解けるのを待った方が良いと言った。しかしそれを待っていられるほど、彼らの家族は寛大ではなかった。

 殆どが長子であったにも関わらず、すぐさまクビを切られた。そして替わりとして弟であったり、親戚からもらってきた養子であったりをそのまま子息たちのポジションに据えたのだ。子息たちが納得する訳もないが、そこは親の方が上手。彼らは家族としての縁を切られ、放置された。

 元々平民だったアリスと共に路頭に迷った彼らは、度々ジークフリードの元へとやってくる。それは救いを求めてであったり、時にはただ罵倒するためであったり。

 ともかく最初は同じ穴の狢であったとして助けてやろうとしたジークフリードだったが、時が経つに連れて人格まで歪んだかのような彼らの相手をするのが惜しくなり、エーデルラントが生まれて以降は完全に会うのを絶っている。九姫の侍従は言った。


「あれはもう戻らないのでは?」


 と。救いのきっかけさえ無さそうな彼らに気を配り続けられるほど、ジークフリードも暇ではない。



 ■



 その日、九姫は娘であるエーデルラントを連れて王宮の外に居た。簡単にいえば、第一王女を国民に向けてお披露目するのだ。パレードのような形を取り、九姫はジークフリードと共に屋根のない馬車の上から国民に向けて手を振る。エーデルラントは大きな目をぱちくりさせて周囲を見ている。騒音に怯えている様子がないのが幸いだろう。その瞳は色彩こそ父親であるジークフリードと同じだが、瞳孔は縦に細長い。九姫と同じ、狐の目だ。

 暫く街を行ったところで、騒ぎが起こった。九姫はそちらに視線をやる。女が一人と、男が数人。人混みを越えて九姫たち王子一家の乗る馬車に近づこうとしていたのだ。しかしそれを騎士たちによって止められている。


「ジークフリード! 俺たちを助けろ!」

「ジークさまぁあ!」


 と叫び声が上がった。

 横に立つジークフリードの顔を見上げると、笑顔ではあるが頬は引きつっているし、少し怒っているような、焦っているような表情だ。


「ご存知の方ですの?」


 驚いたようにジークフリードが九姫を見る。首をかしげる妻の肩を抱き寄せながら口ごもる夫に首をかしげると、足元の陰に潜んでいた侍従が言った。


「婚約破棄の騒動の時の人間では?」

「嗚呼、あの時の。忘れてたわ。そんなこともありましたわね」


 そう言った九姫をなんとも言えない顔をしながらジークフリードは抱き寄せ、キスをした。平民たちは突然乗り込んできた者たちよりも、眼前で突然行われたキスに気をとられる。黄色い歓声やら野太い歓声やらがかけられ、「王子万歳!」「九姫様万歳!」と声が上がった。

 その隙に、騎士たちによって騒ぎの人物たちは連れて行かれ、見えなくなった。

 キスが終わった九姫は、ニコリと微笑んで再び平民たちに手を振るのだった。

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