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渦中のヒト

 森の賢者たちは気付いている。ヒト族は、どうだろう。ああ、今日もどこかで幼子が泣いている。助けてというその言葉、我々はずぅっとずっと、耳にしてきた。

 おやおや、どうやら彼らは気付いておらぬようだ。この世界が狂い始めて何百年と時が過ぎたが彼らは何も変わることなく何遍(なんべん)も同じ”世界”を繰り返している。



 森の賢者たちは気付いている。

 ヒト族はまだ気付かぬ。



「……おや」



 濁流に飲み込まれたのか、岸にほど近い倒木にヒト族の子供が引っかかっていた。このまま見捨てるというのもなかなかに後味が悪い。仕方なしと近づき、その力の抜け切った体を持ち上げた。そしてふと気づく。

 この”展開”は初めてのことではないか、と。



「……嗚呼、そうかそうか。君か」



 ぴったりと張り付いていた髪をのけて顔を覗き込む。バランスよく並ぶそのパーツ一つ一つ。未だ目を覚ます気配のないヒト族の固く瞑られた目。瞼を圧するように少しだけ押せばピクリと眉間にシワがよる。



「いやはや、イイ拾い物をした。助けてやろう、きっと君はサダメを変えにきたに違いないのだから」



 少しだけ色褪せた赤毛が風に吹かれ揺れていた。たくましいその体に抱えられ”レガン”は森の奥へと運ばれていく。小さく呼吸するレガンをまるで愛おしいものでも見るように森の賢者ーーーケンタウロレのミネルヴァは見守っている。きっと集落のものは驚くに違いない。私が拾い物をしたことも、新しい”展開”が訪れたことにも。



 嗚呼、早くその閉じられた瞳を見せてはくれまいか。そして君が此処に来た経緯を訪ねよう。素晴らしい君自身の出した見解を、我々にどうか教えて欲しい。

 我々の興味関心は尽きることを知らないのだ少年。死ぬことのできない我々に、新しいものを見せておくれ。



 カポカポと蹄の音が聞こえる。

 ”誰か”の体温が暖かくて、心地いい。



 ぼんやりと半分浮かんだ意識のなかレガンは思い、そうしてまた浮きかけた意識は呆気なく闇の中へと沈んでいった。





ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーー






 困ったことになったなぁ、とレガンは内心ため息をついた。

 結果から言うと、レガンは恐らく出ているであろう追っ手にはまだ見つかっていないらしかった。自分に声をかけたのは国の人間ではなく、そもそも、声をかけてきた”ソレ”は人間ではなかった。



 癖の強い赤毛に精悍な顔立ち。上半身は人間で、下半身は馬。俺の身長を優に超そうかというがっしりとした体躯(たいく)の"ケンタウロス"は、俺の顔をのぞき込むとニンマリと笑った。



「おはよう、ヒト族の子供。傷の治りはどうだい?」


「え、あ、いい感じです…?」


「ハッハッハ! そう怯えずとも、我ら森の眷属はヒトの肉なぞ食らわぬ。ヒトは不味いからなあ!」


(食ったことがあるんだな…。)



 笑いながら恐ろしいことを口にするもんだとレガンは身震いした。傷の治りが良いとは言え、まだ腫れの引いていないところも、鈍痛が治まっていないところもある。身を守るために腰に差していた剣もない今、レガンは無防備であった。今襲われたらひとたまりもない。しかし、そんなレガンの胸中(きょうちゅう)を知ってかしらずかケンタウロスは気にした様子もなく笑いながら続けた。



「そうだそうだ、ヒト族の子供、お前さんを拾ってきたものに、お前さんが目を覚ましたら連れてくるように頼まれていてな!」


「!?」



 頼まれていてな、と言い切らないうちに雄々しいケンタウロスはレガンの首根っこをまるで猫にするみたいに掴んで持ち上げた。驚いて何も言えないレガンをケンタウロスは自らの馬の部分へと乗せ、そのままカポカポと(ひづめ)を鳴らしながらどこかへと歩き出した。



「あの…どこに、?」


「ハッハッハ! 不安そうな顔をしているなヒト族の子供。なぁに、心配はいらん。きっとお前さんにとってはイイことに違いないさ」



 戸惑うレガンに、豪快に笑い飛ばすケンタウロス。天井の高いテントから出れば、そこは森の中であるようだった。周りは背の高い木ばかりが並んでいて、あまり太陽の光は入ってこない。しかし、不思議とそんなに暗さを感じることはなかった。なぜだろうと首を傾げたところでカポカポと調子よく歩いていたケンタウロスが振り返った。



「フハハ、不思議そうな顔をしているなヒト族の子供。ここは森の奥の奥。我らはヒト族との(いさか)いを好まぬ。だからこんな辺鄙へんぴな場所に住処(すみか)を移し替えたのだ」



 ケンタウロスはニコニコと笑顔を崩さないままになおも続ける。



「森の奥になるにつれ道は獣道へと変わり、木々の高さもどんどん高くなっていく。我らのような体の大きい眷属が森の奥にいるのはそのためであるな。身を隠すのに丁度いい。そしてヒト族の手の加えられていない森というのは魔の力を引き出しやすい」



 ほれ、こんな風に。



 そう言ってケンタウロスは手のひらに明るい光を放つ小さな玉を作り出して見せた。レガンはこの魔に見覚えがあった。レガンの幼馴染である第一王子・アルベルトが幼い頃に初めて出来た魔だと嬉しそうに見せてきたものと同じものだった。彼は沢山の魔に愛されている人間で、どの属性の魔も(かたよ)りなく扱うことができた。アルベルトは一番光の魔が扱いやすいのだ、と笑っていた。



「………。ああ、本当に魔の密度が高いな…」


「であろう? 自然のままの森は未知なる力を秘めている。しかし、森自身はそれを引き出す(すべ)を持たぬ。だから我らのような魔を扱える眷属たちが力を引き出し、共に生きているのだ」


「…ここが光があまり入ってこないのに明るく感じるのは、あなた達が力を引き出しているお陰なのか?」


「うむ、そうだ。森の力を引き出し、光の魔ですこぅしだけ木々に細工をさせてもらったのだ。便利であろう?」


「…確かに便利だが……これは…俺の住んでいたところでは出来そうにもないな。魔の密度があまりにも違いすぎる」


「であろうなぁ。ヒト族は(いちじる)しい技術の発展と引き換えに代々から伝わりし魔の力をどんどん失っていく……。我らはもう何百と生きてきてはいるがいやはや、時代というものを感じるなぁ」



 ケンタウロスは不死の生き物とされていた。学園で読んだ本にも、屋敷にあった本にもそう残されていて、印象に残っていた。今己が背に跨っているこのケンタウロスも言っていた通り、何百と生きてきたこの種族。……死ぬことの出来ない体は不便だというものもいるだろう。確かにそうかもしれない。どんなに苦しくとも、死にたくても、死ねないのだから。だが、俺にとってはそれが酷く、羨ましい。



「………」


「なあ、ヒト族の子供。いつまでもヒト族の子供と呼びかけるのは長いとは思わないか? お前さんもそんなに(かしこ)まって我らのことをあなた達などと呼ばずとも良いのだ。私の名前を教えよう。そうしたらお前さんの名前も教えておくれ」


「は、はあ」



 仄暗い記憶に思考を奪われかけるレガンに呑気な声が掛けられる。この陽気なケンタウロスはどうやら空気のあまり読めないケンタウロスらしい。彼はレガンの顔をもう一度振り返り、目と目を合わせてからニンマリと笑うと今更な自己紹介を始めた。



「私の名前はバーガンディー。ここら一帯の森の眷属のおさをやっているものだ。まあ、長といってもこの森に住処(すみか)を移してからはめっきり戦も(いさか)いも減ったからなぁ。眷属達と共にのんびり過ごしている。我らには悠久の時があるからな! さあ、ヒト族の子供、私は名乗ったぞ。お前さんの名前を教えておくれ」


「……俺は、レガン・アーダルハイド。アーダルハイド家の第一子で後継でした。…ですが今は、長めの家出…みたいなものの真っ最中…です…?」


「私に聞かれてもな…。まあいい。レガン、敬語である必要はないぞ。私は気にせんからな!お前さんの楽にするがいい」


「じゃあ、遠慮なく」



 赤毛の雄々しいケンタウロスーーーバーガンディーは満足そうにうんうんと頷くとついに調子よく進んでいた足を止めた。バーガンディーとレガンの前にはひときわ大きな樹木がそびえ立っている。そしてその根の辺りにこれまたひときわ大きなテントが張られていた。バーガンディーは笑顔のままレガンに着いたぞ、と伝えて背からゆっくりと降ろす。



「ここに俺の恩人にあたる人が…?」


「そうなるな! お前さんを助けたのは私の身内ーーまあ、姉にあたるケンタウレでな、お前さんのことを色々聞きたいらしい。変わり者の姉だが悪いものではないのだ。どうか、甘く見てやってほしい」


「……俺が出来る範囲でなら応えよう。俺はそうとしか言えない」


「ハッハッハ! それだけでも充分だ。さあレガン。姉上が首を長ぁくして待っている」



 背をトン、と軽く押されテントの入り口に出される。振り返ればバーガンディーが俺はお前さんを外で待つことにしようとまたニンマリと笑われた。どうやら家主に何か言われているらしい。

仕方なしに扉をもう一度見据える。いつの間にか腫れも鈍痛も引いていた。後には引けないこの状況。



「………………フゥ、」



 一つだけ息を吐き出すとレガンは



「失礼します」



 意を決してテントの中へと入っていった。








ーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー

ーーーーーー




 どこかの大陸の、どこかの国の、どこかの街の、どこかの施設にて。二人の人影が忙しなく動いている。



「ワァ! ねえ、センセイ、聞いてくださいナ聞いてくださいナ。」


「ナンだい、助手クン。僕は今トッテモ忙しいのだヨ。用事は手短に済ませてくれると助かるナァ」


「センセイ、センセイ、アタシ達が望んでいた、アラタナ"展開"と"分岐点"がようやく正常に作動したようですワ! "物語(ストーリー)"がようやく動き出すのですワァ!!」


「ナァンダッて?! やっと、やっとカァイ?!」



 艶やかだけれど不自然なしゃべり方の女と、酷く(しゃが)れ、聞き取りにくい声の男が興奮気味に言葉を交わしあう。二人は何かの地図をのぞき込み、そして本当に嬉しそうに笑った。



「ウフフ、タノシみだネェ、助手クン。」


「エエ、本当に!」



 地図にはくっきりとした赤いバツが描かれていた。それはどこかの大陸の、どこかの国の、どこかの人里離れた森であるようで、周りに街の名前は見当たらない。

 赤いバツがまるで生きているように紙の中で動き出す。赤い文字の羅列。



"レガン ケンタウロス レガン ハ イキノコッタ ! "



 (しゃが)れ声の男は愛おしそうにその文字を傷だらけの指でなぞった。女はそんな男の様子を恍惚とした表情で見守っている。



「嗚呼、ハヤく、僕のモトヘ訪ねテ来てネ、レガン。僕ハ、ボク達はズゥットズット、キミをマっているンダから!」



 言い切ると同時に施設の頑丈そうな扉がガンガンガンと叩かれる。男も女も嫌そうに眉間にしわを寄せ舌を打つ。しゅるりと広げてあった地図を手際よく片づけると、二人は頑丈そうな扉に重い足取りで近づき、そうして開けた扉の先へと姿を消した。





ケンタウロス→男

ケンタウレ→女

区別の仕方です。分かりづらくて申し訳ないです…!


ここまでの読了ありがとうございました!!

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