不器用な大人たち
人払いのすませてある大広間。そこに白髪交じりの髪の男が二人。
「大儀であるな、バルド。貴様の息子はどこへ消えたというのか」
「はっ、陛下。申し訳ありません。私めの監督不行届きにございます。罰するなればどうぞこの私めを…」
「ふん、罰しはせぬ。我は”寛大”であるからなァ…。それに、アルベルトきっての頼みだ。断るわけにも行くまい」
「恐悦至極…」
上座で豪華な椅子へと腰掛けるはこの国の王でありアルベルトの父、ジェネラス・ディ・シャルトルーズ・サンチェス。
鋭い眼光は下で跪くレガンの父、バルド・アーダルベルトをしっかりと見たまま離れない。そんな視線を感じながらバルドはひたすら頭を垂れ続けた。
国王であるジェネラスとその右腕と呼ばれるバルドは所謂"オトモダチ"であった。昔と態度はちがくとも、ジェネラスはバルドを信頼し、またバルドもジェネラスを国王として敬愛している。レガンとアルベルトは本来ならばこうなる運命であった。
しかし、レガンは誰の意向も汲むことなく早々にその場から立ち去ってしまったわけだが。
バルドは恐れていたことが起きてしまったと歯噛みした。長男のレガンは賢く優秀であるものの、優秀であるが故に親であるバルド自身、レガンのことを理解できていなかった。レガンは表情も感情もあまり表に出さない子供であった。笑った顔を見たのはいつ以来だろうか…。
「バルド」
「はっ」
「捜索隊が出て一日が経ったわけだが……」
王の老いてもなお凛々しく美しいその顔がさも愉快そうに歪む。トン、トン、と肘掛を小さく叩いていた指がピタリと止まる。
王は内緒話をするように小さな声で言った。
「すぐ見つかってもなんら可笑しいことはない。それだけの人数に探しに行かせたのだ」
だが、
「なかなか見つからぬなァ……アルベルトの”オトモダチ”は…」
捜索隊を出して一日が過ぎた。大陸外へは勿論のこと、隣街へ行けたかすらも怪しい。
「魔の力を借り何処かへと姿を隠すも、偉大なる天の力から逃れられぬのは奴とて同じ事…」
"何か"が起こらぬ限りそう遠くへと行けることはまずないだろう。
しかしながら、
「誰かが奴の退路を切り開いたか否か……」
「心当たりがおありで…?」
「あったらそいつの息の根はもう既にない。心当たりなぞないから貴様を呼んだが……どうやら貴様もなにも知らぬらしいなァ…」
「お恥ずかしい限りにございます」
このバルド・アーダルベルトという男は元より口数の多い方ではない。冷静沈着、正にこの言葉の代名詞ともなろう男であった。好いた女と結ばれ、間に子供を二人もうけるものの、バルドは子供との接し方が分からなかった。
月日は過ぎ、バルドが気づいた頃には二人の息子は立派に成長していたし、アーダルベルトの名に恥じぬ学園きっての”優等生”であった。
バルドは妻と共に屋敷に帰ってきて驚いた。びしょ濡れのまま項垂れるラルクに同じくびしょ濡れのままラルクの世話を焼く使用人達。しかしいつものような軽口も、笑顔もどこにもない。はて、どうしたのかと首を傾げればラルクの震える唇が言葉を紡いだ。
”兄さんが、レガン兄さんの姿がどこにも見つからないのです”
レガンは手のかからない”出来過ぎた子供”だった。私によく似たその相貌。どこで学んだのかというような豊富な知識。剣の腕は王国騎士団長も一目置いているほどのもの。
誰かが言っていた。まさにあれこそが”天才”である、と。
自らの力に傲ることなく努力し続けていた。そんなレガンを、どこか生き急いでいるように感じていたのは、私だけなのかそうではないのか。
息子が”何か”を恐れていると気付いたのはいつのことだろうか。
その瞳が私を見て強く揺れたのを見たのは、一体いつのことだっただろうか。
”しにたくない”と、言っていたのは、一体、いつのーーーーーーーー
「バルド」
「はっ」
「流石のお前もこの件には参っていると見た。これ以上貴様を引き止めるつもりもない。早々に屋敷へと戻るがいい」
「しかし、」
「分からぬやつだなこの堅物」
「かたぶつ」
「そうだ、貴様のことだ。不器用な男め、そんなに大事な息子であるなら我のように見張りをつけておけばよかったのだ。大事なものは丁重に扱わねば、いつ消えて無くなってしまうとも限らん。……今回のようにな」
ジェネラスは悲壮王と呼ばれていた。彼は愛する息子と愛する妻を一度に失ったことがある。息子は初陣で、妻は不慮の事故で。あの時の彼は涙すら見せず、ただ呆然と己の手のひらを見つめていた。
”嗚呼、嗚呼……”
”……なんと呆気ない……”
”だれもいなくなってしまった”
のちに彼は家臣の強い勧めによりまた新しく妻を迎え、その妻との間にアルベルトという息子を授かる。ジェネラスは妻にも自分の息子にも監視をつけ、危険から遠ざけるようになった。ジェネラスの妻も、息子であるアルベルトも当然そのことに気付いていた。しかし彼らは何も言わない。”体温を感じることのない片腕”に抱き寄せられるたび、存在を確かめるように触れられるたび、彼は心の底から安堵したような、それでいて苦しそうな顔をするのだ。
悲壮王と呼ばれる彼は愛する妻と愛する息子、そして自らの”利き腕”を一度に全て失ったことがある。
大事なものは繋ぎ止めてでもそばに置いておかねばならない。彼はいつも口にする。
「……肝に、命じておきます。我らが王」
「フン、その陰気臭い顔をどうにかしてからまた城へと参れ。恐らく、そのときは貴様の息子が見つかったときであろうがな」
さっさと行けという風に手を振るジェネラスに、バルドは深々と一礼をし城の大広間を後にした。
「………」
人払いの済ませてある大広間。
残されたのは、隻腕の王、ただ一人。
遅筆ですいません…!
ここまでの読了ありがとうございました!