俺に"フアン"が襲いかかる!
あたたかい
目を覚ましたら知らない天井が目に入った。テントのような形状をした家の天井は高く、簡単に壊れてしまわないようになのか、至る所に魔力を感じた。
俺自身の体にはなにやら獣の毛皮がかけられている。毛布替わりだろうか。
(そもそもここはどこだ…?)
俺は確か、国から脱出したあの雨の日に、川に落ちて激流に飲み込まれたはずだ。
運良く助かったようだが、俺を助けてくれたであろう肝心の人物の姿が見あたらない。
「いっ、」
身じろぎした体に激痛が走る。薬草のにおい。どうやら怪我をしていたらしい。自分の異変にも気づかないなんてどうかしている。ギシギシと骨の軋む体に鞭を打ち手のひらを目の前でかざした。
「…治癒魔法だ、」
しかもかなり質の良いもの。傷のあった場所を見つめ続けていればみるみるうちにその傷が消えていく。治癒魔法を使うと柔らかい緑色の光がでる。俺の体は今、それに包まれていた。こんなに質のいい治癒魔法は王宮でも学園でもなかなかお目にかかることのできない代物だった。魔力消費が激しい上、この魔法には所謂”素質”というものが大きく関係するのだ。
残念ながら俺も、俺の家系にもこの治癒魔法を使える”素質”のあるものはいなかった。……俺の婚約者であったオフィーリアが数少ない治癒魔法の使い手として名を馳せていたようだが。
あまり自由の利かない体に、手にしていたはずの少しの荷物も、俺の剣もどこにもなかった。王国のものに捕まってしまったのだろうか。まだ1日と経っていない。きっと王国からは捜索隊が派遣されているだろう。自惚れなんかじゃなく、俺は第一王子にとって大事な”オトモダチ”であったからだ。俺を将来有望株だと踏んだ王様が自ら第一王子のためにと用意した”オトモダチ”。それが行方知れずだというのだ。俺は国に連れ戻されたら王子の”オトモダチ”という肩書きを失うのだろう。別に高い地位なんて望んでいないし、お国のために、と身を粉にするつもりもない。
ただ死を繰り返す人生を辞めたかっただけなのにどうして。
「───誰か来る」
カポカポと馬の蹄の音が聞こえる。人の気配もちらほらと。ああ、やはり俺は───
「おきたのか」
「、」
目の前で癖の強い赤毛が揺れた。
*
幼い頃から人を癒す事のできる不思議な力がありました。父と母によりなんの不自由のない平和で、私に優しい生活を送っていました。
父と母はよく言っていました。「お前のその力は"素質"がなければ成し得ぬ事である」と。私の手からあふれる優しい緑色の光。これがそんなに凄いものだと、その時の私はあまり思っていませんでした。
そのかんがえをあらためたのは
「…………レガンさま」
私の愛しい婚約者であるレガンさまに誉めていただいてからです。
忘れるわけがないのです。私とレガンさまの両親は学生時代からの友人でした。口約束も同然に男の子と女の子が産まれたら、と。親同士が勝手に決めた婚約者でした。それでも、私はレガンさまを一目見たときから、いえ、不思議なことにそれ以上も前から恋をしていたような、そんな錯覚に落ちたのです。
───……あなたはとても素敵な魔法を使うのだな。
幼い頃に言われた言葉。私の手のひらを見つめ、優しく撫でながら幼き日のレガンさまはそう、仰いました。頬が熱くなるほど、レガンさま以外何も考えられなくなるほど、私の心はしっかりと掴まれてしまったのです。たった一言、それだけなのに。
レガンさまの隣に居られる、それだけで私の平和で特に何の刺激のない生活が、日々が、ぶわりと色づいた気が致しました。こんな美しい日々がずぅっと続けばいいのにと、そう願っていました。いえ、続くのだろうと信じて疑いなどしませんでした。
「それなのに、どうして?」
レガンさまは忽然とその姿を消してしまわれたのです。私にも、ご家族にも、殿下にだって何にも告げずに。
「わたくしは……、わたし、は」
あなたの心に寄り添えていなかったというの?
「私を置いて、何にも告げず、どこへ行ったというの?嗚呼、心配なのよ愛しい人…?」
ほんとうは
気づいていました。あの人の目に、私の姿なんか最初から映っていなかったこと。私をどこか怖がっているあなたがいたこと。それどころか、私よりも幼馴染である王国騎士団長の娘であるあの女……あらやだ、私ったらなんてはしたない。……ウイスタリア様に心を砕いてらしたこと。それでも、私は傍にいていいのだと、レガンさまが何も言わなかったから、きっと私は”トクベツ”なのだと、そう思っていたのに(自分を騙してきたのに)。
「………………」
先刻、国からの捜索隊が出立したと使用人から聞きました。悪天候に決していい状況とは言えない昨日を思い出し、恐らく愛しいあの人はそこまで遠くには行けていないでしょう。馬も連れて行かず、テレポーテーションの魔法も使えるわけではありません。すぐ見つかるわ。その時は、
「───もう"二度と"、逃したりしないわ、いとしいひと…」
仄暗い部屋で、一人の女はそう言ってうっそりと微笑んだ。
遅筆で申し訳ないです…!ここまでの読了ありがとうございます!