僕と幼馴染たちのこと
麗しの第一王子と騎士団長の一人娘と”彼”は幼馴染。
幼い頃から僕はいつも人より高いところにいた。父の隣の豪奢な椅子に大人しく座っていつも知らない誰かのつむじを見ていた。僕は”だいいちおうじ”と呼ばれていた。僕の前にも兄がいたらしいけど、その兄は不運なことに初陣でもあった抗争で市民の子供をかばって命を落としてしまったという。顔も知らない兄だが、随分とお優しくて、それでいて馬鹿だなぁと僕は思った。
学ぶことは多いが剣の稽古はそこそこに。危険から遠ざけられて大切に大切に、まるでどこかの国の姫のように守られてばかりの自分は”王族”で、この国の次の後継となる”第一王子”であると自覚したのはいつだっただろうか。
「───おい、アル。聞いているのか」
「……ああ、ごめん。少し考え事してた。なんだい、ジュリア?」
”第一王子”には地位が高くて、王族が信用している屋敷から後々自分の手足となる”オトモダチ”が与えられた。一人が今僕の目の前にいるジュリア・ウイスタリア。彼女の家は代々王族に仕えている戦士を輩出してきたところだ。彼女の父は王国騎士団長で、彼女の兄もまた、軍で高い評価を得ている優秀な戦士だ。そしてここにはいないがあと一人、レガン・アーダルベルト。彼の家も古くから王族に忠誠を誓ってきた一族であり、あそこの家系は頭のいいものが多い。レガン自身も例外ではなく、年にしては落ち着いた態度に豊富な知識。彼は少しばかりアーダルベルト家でも良い意味で浮いた存在だったように思う。
まあ、それが僕に与えられた大事な信用できる”オトモダチ”だった。
「人の話はちゃんと聞けとあれほど…」
「ははは、まあそう怒るな怒るな」
「怒ってはいない。呆れている」
「直球すぎて何も言えない。君は言葉をオブラートに包むということを知ったほうが良いと僕は思うね」
「残念ながらそのオブラートやらを使うのは時と場合によるんだ」
「先ほど使う機会があったように思うけど?」
「しらん。そんなことよりもこれを。貴方宛てだ」
「そんなことって…仮にも僕王子だよ?」
「殿下は無駄話がお好きでしたか。わたくし存じ上げませんでしたわ」
「謝るからその口調やめて。鳥肌が立つ」
「失礼な奴だな」
少しも表情の変わらないジュリアは言いながら一通の手紙をこちらへ手渡してきた。魔力を感じるからこれは”鍵付き”か。僕自身の魔力を流し込めば魔力で封じ込められていた鍵付きだった手紙はただの手紙へと変わる。
「? これは?」
「父からだ。レガン失踪についてと言っていたぞ」
「ああ、なるほど」
つい昨日のことだが、僕の大事な”オトモダチ”であるレガンが謎の失踪を遂げた。行く先を知るものはもちろんのこと、何の目的があっての失踪なのかも誰も知らない。レガンの考えることはいつも謎だが、今回の件もまた、多くの謎に包まれていた。
「今朝父に捜索隊を出そうか? と言われたばかりだよ。頼んでおいたけど、もしかして団長殿も捜索に参じるつもりなのかな? ああ、そうだ。手紙の件、団長殿に確かに受け取ったと伝えておいてくれ」
「ああ、わかった」
頷いたジュリアはいつもより少し硬い表情をしている。淡白そうに見えて案外情に厚い彼女はレガンと仲が良かったはずだ。警戒心の強いレガンは肉親よりも誰よりも、なぜか幼馴染のジュリアにだけ”特別”心を許していたように思う。だがそこに男女特有のあの甘い関係など微塵もなく、そもそもレガンには婚約者がいた。
「アル」
「ん?」
「貴方は本当にレガンの行く先を知らないのか?」
「知らないよ。知っていたなら僕もレガンについていったさ。違うかい?」
「それも、そうだな…レガンは貴方に心を許していたから、もしかして、と思ったんだ…」
「僕はそうは思わないなあ」
「え?」
「なんでもないよ、子猫ちゃん」
「気色がわるい」
「ひどい」
本当に嫌そうな顔をしたジュリアが腕をさすりながら少し距離を取る。まあ、自分でもさっきのはないなと思ったのでごめんごめんと軽く謝っておいた。
「ねえジュリア」
嫌そうな顔をしていたジュリアが僕の顔を見て先ほどよりもっと嫌そうな顔をした。無音でうわ…といったあたり、僕はなかなかに楽しそうな顔をしているらしい。
「どうしてレガンはわざわざ雨の日を選んでまでこの国を抜け出したのだと思う?」
「……武者修行…とか…?」
「それは君の家系のものにしか通用しないと思うなあ」
「まあ、」
「僕は考えたんだけど、レガンはまるで逃げるみたいにこの国から姿を消した。レガンにしては馬鹿げた真似をしたもんだよね。”いつものレガン”だったらありえない行動だ」
「いつものレガン…」
「そう、臆病で警戒心の強い、そんな彼だったらこんな真似はきっとしないさ」
国からの捜索隊も、軍からの捜索隊も出る。レガンが見つかるのはきっと時間の問題だろう。大陸がいくつかあって、大陸の数だけ国があると言っても、1日に人間が進める距離なんて限られているのだ。レガンがテレポーテーションを使ったところは見たことがないし、第一にしてあれは使える者が限られている。
連れ戻されたレガンはどんな表情をするだろうか。
「僕はずっと思ってた。レガンは何かを”恐れて”いる。そう………幼い頃から、ね」
「そうだ、レガンはずっと、何かから目を背け続けていた。私にはそれがなんなのか、姿形もヒントすらも、分からない」
───しにたくない、
幼い頃、夢に魘されるレガンの言葉。それが僕の頭から離れることはなかった。きっとジュリアもこのことは知っている。きつく握られた拳。悩ましげに寄せられた眉に、僕はため息をついた。
「今ここにいない本人に聞くしか方法がないなんて、随分と気の遠くなる話だ」
「まったくだ」
*
ああ、そうだ、昨日は雨が降ったんだから、俺はそれに乗じて国から去ったのだから、こんなことがあっても可笑しくないはずなのに。ああ、どうしてこんなことも思いつかなかったんだろう、ああ、ああ、
「うそだろ、」
崩れた足場に、轟々とうなる川。道から外れたレガンの姿はあっという間に川に飲み込まれて見えなくなった。ようやくあの雨も止んだのに、なんて彼はついてない。
(くるしい)
酸素を求めて頭上に手を伸ばす。しかしレガンの手は何も掴むことのないまま、
がぽ、
意識は闇の中に消えていった。
読んでくださりありがとうございます!
感想やアドバイスなどいただけると嬉しいです。
2/22 王族に忠誠を誓ってきた屋敷であり→王族に忠誠を誓ってきた一族であり に修正いたしました。報告ありがとうございます!