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ツキレイ

作者: みや

 とんとん、という音が部屋中に響く。

 一瞬体を強張らせる。が、それがノックの音だと理解した瞬間に、安堵のため息を漏らした。すぐさまドアを開けに玄関に向かう。脱ぎ散らかした靴を踏み、チェーンを外し、ドアの鍵を回す。勢いよくドアを開け、上半身を突き出す。


「遅えよ。早く入れ!! って……あれ? 嘘だろ?」


 外の景色が目に入り込むが、そこに待ち望んだ者の姿はなかった。暗闇の中、遠くで外灯が明りを放ち、それに照らされた田や山が見えるだけ。目の前には誰もいなかった。

 ゆっくりとドアを閉めると、その戸にもたれ掛り、崩れ落ちる。普段からあまり掃除をしないため、土や埃が舞い上がり服も汚れただろうが、そんなことを気にしている暇もなかった。


「マジかよ……」


 頭を抱えて、大きくため息をつく。

 正直、自分がここまで参っているとは思ってもみなかった。

 

 きっかけは数日前だった。

 その日俺は、会社での残業に追われ、終電を逃し、やむなく徒歩での帰路についていた。

 自宅から会社までは徒歩でも1時間もかからない。電車沿いを通るその道は、電車で通り過ぎる時とは随分と違った風貌をみせ俺を驚かした。真夏の夜であるにもかかわらず、ひんやりとした風が駆け抜け、寧ろ肌寒く感じるほどだった。


 そんな中俺は見たのだ。道の端に佇む女性を。薄暗いこともあり、その女性の顔は見えなかった。服についても白いワンピースを着ているというおぼろげな記憶しかない。

 しかしその瞬間、俺の背中を冷や汗が撫でた。何か理由があるわけではない。ただ、直感的に理解したのだ。女は人ではない、と。

 俺は全力で逃げた。一度も振り返らずに。少しでも振り返ると女がすぐ後ろにいるような気がして。

 息も切れ切れに家に帰った俺は、そのままベッドに倒れ込み死んだように眠った。


 悪夢はそれだけで終わらなかった。

 その次の日から、暗闇の中に彼女を目にするようになったのだ。女は決まって夜の闇にまぎれて、遠くから俺を見ている。ただ見ているのだ。近づくこともなく、危害を加えることもなく。

 最初は気のせいだと思っていた。あの日見てしまった光景が、脳裏に焼き付いて、トラウマのようになってしまったのだろう、と。でも、そんなものじゃなかった。女は確かにいるのだ。


 幸い、俺には高校の同級生に寺の息子がいた。彼は高校を卒業した後、そのまま家業を手伝っていると聞いた。ついに気が狂いそうになった俺は今日、偶然そのことを思い出し、彼に電話をしたのだ。彼は俺の話を真剣に聞いた後、すぐにこちらに向かうと言ってくれた。

 そして今に至るわけなのだが……。携帯を見ても着信は来ていない。


「いつになったら来るんだよ……うおっ!?」


 タイミングを見計らったように携帯が振動する。驚いて携帯を落としそうになりながらも携帯の画面を確認すると、入江いりえ亮太りょうたからの着信だった。


「たくっ……おせーよ!!」


 通話ボタンを押すと勢いよく怒鳴る。


『ごめん。途中で道に迷っちゃってさ。もうそろそろ着くから待ってて』


 受話器越しに聞いた声は8年ぶりにも関わらず全く変わらなかった。方向音痴なところも昔と変わっていない。こんな不安の中、よく知る人間と話せるのはとても気が楽になる。


「早く来てくれよ!! こっちはもう気がおかしくなりそ--」『ねえっ!!』


 俺の必死の訴えは残酷にも亮太に遮られた。


「なんだよ!! また道にでも迷ったのか?」

『今……そこに他に誰かいる?』


 亮太の声色は少し震えていた。それが意味する物は俺にも容易に想像できる。


「いるわけねーだろ。変な事言わないでくれよ!!」

『家に帰ってから、ドアを開けて、招くような言葉を口にした?』

「っ!?」

『はぁ……したんだね。参ったな……』


 亮太の声には明らかな焦りが含まれていた。


「だって仕方ねーだろ!! お前が来たと思ったんだ--」『いいから、もうあんまり動揺しないで』


 亮太の言葉に口を噤む。


拓哉たくやの話を聞いたところから推測するに、その霊はずっとその近辺を彷徨っていたんだと思うんだ。自分が死んだことが理解できなくて、でも誰も自分を見てくれないから、誰かが自分を見つけてくれるのを待っていた。

 そしたら拓哉がその霊を見てしまったんだ。拓哉には自分が見えているんじゃないかと思って、霊はずっと拓哉をつけてるわけ。

 霊は普通、人が生活する家には入れない。住む人の思いが強すぎて、思念体である霊が入りこむ場所がないんだ。でも、拓哉はさっき霊を招き入れてしまった。だから霊は今、拓哉のすぐ近くにいる。

 今急いでそっちに向かってるから拓哉は何もしないで。いつも通りの態度で、貴女になんか気付いていませんよ、って態度で。もし拓哉が自分のことを認識してるって霊が確信したら、どんな事態になるかわからないから』


 冷や汗が背筋を伝う。

 俺は今から亮太が来るまで、すぐ近くにいる霊を余所に平常心を保たなければならないというのか。


「わかった。わかったから早く来てくれよ。待ってるぞっ!!」

『うん、じゃあ長電話も怪しまれるから切るね。じゃあまた』

「おいっ!! ちょっと待っ……切られちまったよ……」


 正直な話、このまま電話を切らずにいてほしかった。亮太が来るまで電話を続けていれば不安は紛れるから。


「くそっ……このまま亮太が来るまで待たないといけないのかよ。

 じゃねえ!!……よしっ!!」


 早くも亮太に言われたことを忘れ、霊に怯える姿をみせそうになったが、辛うじて持ちこたえた。

 目を閉じて両頬を平手で叩き、気合いを入れる。

 バチンといういい音が響き、心を落ち着かせる。


 目を開くとすぐ目の前に“彼女”の足があった。


「ひぃっ……」


 何とか小さな悲鳴だけで抑えた。

 目の前の足は白く細い美しいものだった。そしてその美しさこそが彼女が人間ではないことを表しているように思えた。

 勿論顔をあげられるわけもなく、できるだけ自然体を装って、携帯を触り始める。


 アドレス帳を開いて、亮太の名前を探す。


(いや、これも怪しまれるかもしれない。こんな場所で携帯を触り続けるのはおかしいだろ)


 俺は思いとどまり、ホーム画面に戻り、携帯をスリープ状態にする。


 蛍光灯の光が反射した画面越しに“彼女”は俺の顔を見ていた。


「っ!!」


 叫びたい気持ちを抑え込もうと必死に口を押さえる。無理やり心を落ち着かせようと小さく呼吸を整える。

 限界を感じて、諦めて携帯を出し、亮太に電話をかける。電話をすることで彼女に気付かれてしまうことは避けたかったが、それ以前に心の余裕がなかった。

 幸いなことにすぐに電話はつながった。


「もしもし亮太かっ!?」

『なに? もうマンションの駐車場まできてるからもう少しだけ待って』

「もう限界だっ!! 頼む、電話を切らずに早く来てくれ!!」

『わかってる!! もうつくから絶対に霊と目を合わせないで』

「早く!! 早くしてくれ!!」

『大丈夫、ついたよ!!』


 とんとん


「亮太っ!!」


 ノックの音に飛び上がる。

 涙が止まらない。亮太にこんな顔を見られたら馬鹿にされるかもしれない。でも、構わない。そんなことよりも早くこの女から解放して欲しい!!

 俺は鍵を外し、勢いよく扉を開ける。


「早く助けてくれ亮……えっ……」


 目が合う。俺はもう何も考えることができなかった。


『ごめん拓哉……マンション間違えた。すぐ行くから待ってて!

 ……拓哉? ……ねえ……拓哉っ!!』



 目の前には、歪んだ笑顔で俺を見つめる女がいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このオチ!いいですね(≧ε≦) 面白いです(^_^)!
2014/12/11 15:57 退会済み
管理
[一言] 面白かったですー。今更ですが、夏のホラー作品を読ませていきました。ホラー読むの好きなので。 こんなにはっきりと見えちゃったら人はどうなっちゃうんですかね? 誰もいないのにドアをあけたらダメ…
[良い点] 読ませていただきました。 シンプルな設定ながら逃げ場のない怖さを感じさせる書き方がよかったです。 それから、方向音痴な友人は役に立たないということがよく判りました。 [一言] 最後の一行は…
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