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止まらない電車  作者: 伊原 碧
1/1

序章・始まりの車両

この列車は、どこまで続いているんだろうか…―――


白と黒のモノクロの世界。

ガタン、ゴトンと揺れながら線を走る。

見えない終着点を目指して。


黒い太陽が強く照り、あいつらの鳴き声はこの暑さを色づけるようで。


ふと、カンカンカン、とけたたましい警報音が鳴った。

それに合わせるようにして、相も変わらず白と黒の遮断桿が下がり始めているのが見える。

そう。下がり始めていたんだ。

なのに、俺は見てしまった。


白く描かれた車が、人を乗せたまんま突っ込んでくるところを。

はっと息を飲む。


「ねえ」

「なんだよ!」


つい声を荒げてしまった。

声の主も確認しないままで。

あ、と咄嗟に口を抑えるも、瞬時先ほどの光景を思い出し、それを免れるかのようにギュっ、と固く目を瞑った。

しかし、衝突した時の振動さえなければ音も何もない。

かわらず流れるのは、警報音だけだ。


「君、何をしているの?変な子…」


くすくすと笑い声が聞こえる。先ほどの人物だろう。

話しかけてきた人物を今度は正面から見つめた。


「やっと目、合わせてくれたね。」


聞いていた高音では予想もできない長身。

黒い短髪に深くニット帽を被り、まるでそれらを打ち消すかのような、悪戯が成功した子供のように笑う愛らしい顔と雰囲気。

心の奥が、スウ、と溶けていく感じがした。


「僕は誰でしょう。」

「はあ?」


満面の笑みのままでされる突拍子もない質問に、間抜けな声がでる。


相変わらず、車内は静かだ。

なんせ、乗客は俺だけだったはずだから。


「君は僕を知らない、でも、僕は君を知っているよ。」

「どういう意味、ですか?」


丸く弧を描く口に人差し指で「静かに。」というジェスチャーを伝える。


それに答え、こくりと頷くと、彼はまたにやりと笑った。


「君が、殺人犯だっていうこと。」





あいつらは、この暑さに腹を立てているんだ。

そうでなければ、たかだかメスの気を引くためにこんなに騒々しく鳴けるものか。


鼓膜に張り付いたあいつらの鳴き声が離れない。


そうやった俺の思考回路を見下すように、再び、やつは笑った。









     ***


列車は走り続ける。

何も知らない、俺を乗せて――――

「なあ、本当に信じていいのか。」

「さあ。僕はただ、秘密を守ると言っただけだよ。」

俺が問うと、やつは答える。

俺が問うと、やつは笑う。

なんなんだろう。


頭に焼きついたまま離れないあの白色。

やつのせいでどうなったのか知らずじまいだ。

首を回して、窓の外を眺める。ぽき、と首関節に溜まった空気が弾けた。

目に見える景色は田園のみ。

視力のいい俺でさえ、遠くに町並みが霞んで見えるだけだ。

永遠と続き、変わることのないそれには、変な気分にさせられる。

そして、ふと思った。


「俺、いつから()()にいるんだっけ?」

夕日なのか朝日なのか分からない光が、眩しく車内を照らす。

ガタンと揺れたと同時、俺の対面に座っていたや(、)つ(、)が立ちあがった。

突然のことにビクリと反応する。

すると、やつは俺の目の前までゆっくりと歩いてきて口を開いた。

「君、覚えていないの?」

はじめて、やつ――否、彼と目をじっくり合わせたかもしれない。

綺麗な、吸い込まれるような黒だった。

「覚えてないも何も…。」

嘲笑気味に答える。

目を見開いて、彼は続けた。

「僕、ううん。私だよ、ゼン。」

「名前、なんで…」

「私はユカリ。一緒に、帰って来たんだよ!もう、自由なんだよ!」

彼と思っていた人物が、私と自分を呼ぶようになったこと。

俺を知っているような口調に変わったことに、俺は唖然と口を開けていた。

目を潤ませながら、自らが「ユカリ」であることを懸命に伝えようとする彼女をぼう、としながらと見つめる。

なんでこの人は、こんなに懸命なのだろうか。


ああ、俺はなんでここにいるんだろう。









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