4話
4話
あれから3日がたった
あのテラスからみえた森は≪カミール大森林≫というのだそうだ、町の名前はアヴィニヨン≪はじまりの町≫と呼ばれるそうだけど由来はよくわからないらしい
アヴィニヨンからカミール大森林へと続く道はなだらかな下り坂が町の西門から高台をぐるっと1周していて、その先を平野が広がる
そのまま10キロほど進んだ先に山のすそ野が広がり大森林へとつながる
プレイヤーたちはいま、平野のアヴィニヨンより大森林へ向かう2キロ地点に集められている
相変わらず騎士たちの監視は続いているけど、当初よりも警戒はゆるんでいる
それというのも、プレイヤーの中からアヴィニヨンの代表者との話し合いを申し入れた人がいたんだ
この人が突然沸いた俺たち゛プレイヤー゛の事情の説明と、この世界についての情報提供、そしてこの世界への受け入れを申し込んできてくれた
いまはもう、プレイヤーの中にここが異世界だと疑う人はいない
1番最後にログインしたプレイヤーの言葉が、俺たちの最後の希望を打ち砕き、この世界で生きていかなければいけないことを知らしめたんだ
そのプレイヤーはこういった
『ニュースになってたよ。VRMMOのエデンオンラインゲームの購入者が数万人規模で行方不明になってるって。運営会社の記者会見みたけど、顔面蒼白でなにもしらないって言ってたぜ。』
そして、さらなる驚愕の事実がここで明かされた
『それより正式サービス初日になにがあったんだ?2万人以上のやつらがゲームに接続したまま死んでるのが見つかったんだ……、しかも自宅とか自分の部屋で、窒息死だの内臓破裂だの。まじで毒ガスとか未知のウイルスとかで大騒ぎだったんだ』
これを聞いたプレイヤーはみな理解した。ここが真実、異世界なのだと、ここで死ねば元の世界でも死を迎えてしまうのだと
その辺の事情を伝えてまわる人が新しい情報が出るたびに口伝えに触れまわってくれる
当初は心のどこかで現実としての今を否定したがっていた俺たちも、もうこの現実を否定することはできなくなっていた
俺はこの3日ほとんど飲まず食わずでいるため、立つこともできずに草の上に寝転んでる
俺のいる周辺は女性のみの一帯だ、みんなで声をかけあったり泣いてる子を慰めたりしてる
全体の中で女性の数は少なく、2000人くらいだっていってた
そもそも、このエデンオンラインはゲーム機材に個人認証の事前登録が必要だったらしく、契約者以外はゲームの起動ができないらしい
……俺はなんでログインできたんだろう?よくわからないけど、こんな事態だし余計なことはいわずにおいたほうがいいよね
それに女の子でいたほうが、いろいろ助けてもらえそうな気がする
大勢のプレイヤーの犠牲をだした、将棋倒しの現場となった大森林へ続くなだらかな下り坂や街中に散乱していた亡骸は俺たち残ったプレイヤーによって運ばれ、1箇所にまとめて埋葬された
俺はとても見ることもできなくて後ろのほうで座り込んでしまったけど、女性はほとんど埋葬には加わらなかったみたいだ
そしてアヴィニヨンとプレイヤー側との話し合いがいちおうの決着をみせたらしい
あちこちでその話題の情報が行き交っている
よく分からなくて触れ回ってるおじさんをつかまえて、もう1回聞いてみた
うん、つまりはこういうことだ
『アヴィニヨンと異世界からの来訪者たるものたちは以下の点を行うことを誓う
1.アヴィニヨン所属の身分通行証を発行する
2.身分を冒険者として依頼遂行時の褒賞を確約する
3.食料は余剰がなく、冒険者は各自での確保を行うこと
4.アヴィニヨンの定める法に従うこと
5.10日のうちに集落を双方の定めた場所に設け冒険者たちはそこに居住すること
6.3日の間はアヴィニヨンより食料の配給を行う』
俺はおもわずため息をもらした。もっと酷いことをいわれるとおもってたからだ
まわりのおねえさんたちも、思っていたよりも優しい内容に安堵の顔をうかべる
とにもかくにも、いまは食料と寝床の確保が最優先だ
プレイヤーたちは平野に集められているため、用を足すにも隠れる場所すらないのだ…
なので、女性たちはあつまって身体で壁をつくったり枯葉をあつめて簡易なトイレをつくったりしている
こんな事態だから余計なことを考えずに用を足してるけどね、ほんとは男の俺がここにいていいのかちょっと申し訳ないきもちになったりしてる
女性陣であれこれはなしてるうちに食料の配布がまわってきた
まず最初に女性に配ってるみたいだ、この世界でもレディーファーストなんてあるのかな?
パンに野菜がはさまれてるだけの手のひらサイズのものが配られた
あとは飲み水としてつかう、水の入った大樽が数箇所におかれている
パンを手のひらに乗せて、みるだけで口の中に唾液がしみこんでくる
匂いをかいでみると黒コショウ?に似た匂いがする
そっとひと口かじってみる、口の中に食べ物が入った瞬間、涙が出た
「………おいしい」グスッ
モグモグしてたらなんか鼻水まで出てきた…
みんなも泣いてる、口にパンをほおばりながら「おいしいおいしい」っていってる、俺も同じだけどね、でもホントにおいしいや
あっという間に食べ終えて、渇ききったノドを潤すために水の配給をうけにいく
大樽にカップが5個ブラさがってる
順番にならんで、3口ほど口に含めるほどの水をカップにいれ、ひと口ずつ、ゆっくりと、ノドに流し込む
身体がブルブルッと震えるほどおいしい
小さなパンと少しのお水
これだけで、身体が生き返ったように力がみなぎってくる
まわりのおねえさんたちと喜び合っていると、簡易な集落についての詳細が聞こえてきた
いま俺たちのいる平野部には1年を通じて雨が降ることはないそうで、風をしのげるテントの配布になるみたい
あとこの辺りにも魔獣がでるらしく、冒険者となる俺たちが問題なく対処できるようになるまで、騎士さんたちが巡回してくれるそうだ
この3日間、ただもう不安で、怖くて、ひもじかったけど
少しだけ前を向いていけそうな気がした
明日は順番に身分通行証の発行のための手続き?をするっていってたから、おねえさんたちの後ろについていけばだいじょぶだよね
だいじょぶ、きっとなんとかなる、きっと、いつか帰れる
いまは生き延びることを考えよう……、がんばって生きていたらいつか帰れる方法がみつかるかもしれない
はやく家に帰りたい、おとうさん、おかあさん、あや、きっと心配してる
俺は元気……ではないけど、なんとか無事に生きてるって伝えたい
すっかり辺りが暗くなってみんなで身体を寄せ合って草の上で寝転ぶ
家族のことなんて思い出していたからだ、ついつい目から涙がこぼれ落ちる
ぜったい負けるもんか、ぜったい生きるんだ
みんなが不安に押しつぶされそうになりながらも、身体を丸めて眠りにつく
少しの肌寒さを感じながら、明日が今日よりもいい日であることを祈りながら……