23話
23話
あれは、この世界へときてどのくらい経ってからだったろう?
おじさんとおばさんの家でお世話になってしばらくしてからだから、1か月くらい経ってのことだと思うけど
いつも桶に水を汲んできてはタオルで身体を拭っていた俺たちに
『たまには温泉にいってきたらどうだい?お肌もきれいになるよ』
と、おばさんが言ってくれたのは
始まりの街アヴィニヨンは大きな山の麓に切り出されるようにして立っている
山頂へと登れば立ち上る煙とクレーターの底から湧き出るマグマが見え、この山がまだ活動していることが良くわかる
ちょうど山の中腹に数十軒の温泉宿や湯治場が軒を連ねる
大陸中から人が集まる一大観光名所となっているのだ
小さな島で大した産業もなく、魔獣の数が大陸と比べれば少ないこのアヴィニヨンでは、温泉目当てにくる観光客の落とすお金は貴重な収入となっている
さらには観光と湯治ももちろんだが、火山でしか取れない鉱物が火耐性として非常に効果がよく高値で取引されており、アヴィニヨンの特産となっている
そして街の外に広がる大森林には、この島特有の生態系があることから大陸では手に入らない素材や採取物が採れる
アヴィニヨンの冒険者はこういった特殊な採取を目的としており、大陸にいる高レベルな冒険者とは一線を画し、特殊技能を持つものが多いのが特徴だ
「はあ~~」
思わずため息をもらしながら、ゆっくりと肩までお湯につかれば、一日の疲れが揉み解されるような気がする
やはり異世界に来ても日本人です、温泉はいいものである
奈々さんは初め、他人と裸になって一緒にお風呂へ入るのには抵抗があるようだったけれど、1度経験してしまえば温泉の良さの虜になっていた
入浴料は現地の住人なら安くなるとはいえ、青銅硬貨1枚分だから毎日入るにはちょっと割高といえる
以前は2人で10日に2回くらいの頻度で通っていたけど、最近ではおばさんと一緒に2日に1度は通っている
おかげでお肌のすべすべ感がハンパないことになってるのだけれど
この間、補給に戻った奈々さんに散々ほっぺを引っ張られてしまった……
『あんた、あたしが野宿してお風呂も入れないで髪バッサバサで日焼しまくりなのに、なにこれ!?』
とか言われた
もう返す言葉もないんだけど、日に焼けても髪バッサバサでも、奈々さんはやっぱりすごくキレイだからって、必死にそういってたら何とか許してもらえた
そんなことを考えてたら横におばさんが座ってくる
「ふい~、いい湯だねえ」
「はいい、キモチいいですー」
「今度奈々が帰ってきたら3人で来ようねえ」
「うん!」
「そうそう、このあいだ食べれなかった氷のヤツだけどね、知り合いに頼んで予約してあるから、帰りに食べいこうねえ」
「わあい、たのしみー」
嬉しい言葉に思わず満面の笑みを浮かべて頷く
ここ最近、温泉街に新しい出店ができて話題になっているのだ
それは、なんと、『かき氷屋』なのです、はい
元の世界での料理をこの世界で再現する委員会のプロデュースによるもので、アヴィニヨン商工会ギルドへレシピを提供し街の発展に一役買っているというわけ
けれど冷凍庫なんてないこの世界で、鮮度を保っての氷の提供は至難の業だった
だがしかし、そこは日本人の創意工夫の成せる業、この世界の素材で作れるクーラーボックスを誕生させたのです
箱の中の温度を一定に保てるもので、0度以下に限定されており、温かいものの保温はできません
しかも素材の都合上ティッシュの箱2コ分くらいの大きさしか作れなかったりする
だけど、いままでになかった製品の登場に多くの人が驚きを隠せなかったらしい
まさか『かき氷が食べたいから』なんて理由で誕生したとは誰も思わないだろう!
まあ、そんな訳で提供できるかき氷の数には限りがあってまだ食べれてないのです
この間も並んだものの丁度目の前で売り切れてしまって涙したのだ
けれどいよいよ今日、食べるチャンスが巡ってきたらしい!
今から楽しみでしょうがないけど、できれば奈々さんも一緒に食べれたらよかったな……
この間は補給だけして1時間も滞在することなく出立してしまった
次の補給がいつになるのかわからないけど、今度は時間とれるのかなあ……
最後に会ったのがもう1か月も前になる、前回の補給時には急いで向かったんだけど間に合わなくて顔を見れなかった
伝言を預けてくれていたけど、やっぱり顔をみたかった……
どうしても奈々さんのことを思うとキモチが沈みがちになっちゃう
鼻の奥がツーンとする、視界が涙で滲む、口がヘの字に曲がる
ばちゃばちゃと、お湯で顔を洗って、こぼれそうになる目元をごまかす
俺なんかより奈々さんの方がもっともっと大変な思いをしているのに、会えないだけで落ち込んでちゃダメだよね
両手でグッと握りこぶしをつくって気合を入れている、と………
「ひゃやああああああああぃ」
身体中を悪寒が駆け巡る!
周囲の人がこっちをみて『なにごと?』って顔をしてる!
聞きたいのは俺のほうだああああああああ
「ふむ、育ってるような、変わってないような、まだまだだね」
おばさんに胸を揉みしだかれながら、顔を真っ赤にしてあたふたしてる俺
周りの目が気になって恥ずかしいやら、おばさんの手を外そうと両手で掴むけど一向に緩む気配がなかったり、俺がこんなにテンパってるのにおばさんの声が楽しそうで、胸を揉まれることへの羞恥心だったり
なんかもう訳が分からなくて、ああもう、あああああーーーー
その後、いよいよ泣き出した俺を、自分が悪いのに『よしよし、もうだいじょぶだからねー』なんて慰めてくれるおばさんに頭撫でられながら温泉街を後にしたのは、記憶から消してしまいたいものです……
ちなみにかき氷おいしかったです、うわーん
神樹エデンへのゲートを再び開かんとする宮島率いる攻略パーティーが、徐々にではあるが歩を先に進めていたころ、異世界からの来訪者たる冒険者へ恐ろしい敵が牙をむかんとしていた……
「ほう、神樹エデンへの道を、か」
「うむ」
「くくく、自ら失っておいて、とはな」
「恥を恥とも思わぬ、薄汚いもの共よ」
「まさに」
「さて、どうしたものか?」
「殺してしまえばいい」
「いや、ここに連れ去ってくればいい」
「どうする気だ?」
「中々の手練れという、いい見世物になるだろう」
「一体なん人いるのだ」
「その中に女はいるのかしら?」
「まさか騎士団総出ではあるまい?」
「どうやら毛色の違う奴らのようだ」
「だがこのまま放ってはおけまい」
「すでにいくつかの部族が、な」
「うむ、見過ごすことはできん」
「さて、そのためのこの集いだ」
そう、ここは魔族の居城だ
『力こそが全て』、それが魔族の誇りであり絶対の掟でもある
故に個の力に劣るエデン帝国の民など、家畜程にしかみていないのだ
その家畜風情が自分たち魔族に歯向かうなど、天地が逆さまになるよりもあり得ない
だというのにこの数千年というもの身の程も弁えずに戦いを挑んでくる
根絶やしにして、尚且つ奴らの生息している地を全て焦土と化してやりたいのだが、己の身1つで戦う誇り高き魔族とは異なり、貧弱で愚かで脆く卑怯極まりない奴らは様々な方法を使って自らを強化し、徒党を組んで攻め寄せてくる
一体これまでどれだけの同胞が殺されてきたことか
約1000年前の大戦のとき、やつらは己の愚かさに飲まれ神樹エデンの祝福を失うに至った
我々魔族こそがこの大地に祝福され、望まれて生を受けしものたちであるのだが、心優しき神樹エデンは薄汚く小さき存在である奴らにも祝福をもたらしていた
とても我慢できることではないが、我々はそれを受け入れた
だが、奴らはあろうことか我々魔族が神樹エデンへ赴く際に使っていたゲートを破壊しようとしたのだ
これは決して行ってはいけない、この世界で生きるもの全てに祝福を与える神樹エデンへの冒涜だった
我々の怒りは頂点に達したが、それでも我々は奴らのゲートを破壊はしなかった
ただ『我々のゲートへの攻撃がそのまま、自分たちのゲートへの破壊行為となる』術を展開しただけ
結果は歴史が語る通りである
奴らは自ら神樹エデンの祝福への道を閉ざし、この世界に住まうことを民であることを否定したのだ
大多数どころか、全ての魔族が怒りに狂って奴らを攻め立てた
だが、狡猾な奴らは
『魔族が神樹エデンへのゲートを破壊した』
と、帝国の民を扇動し我らと等しく怒りに狂い攻めてきた
あのときより我ら魔族は変わった
部族ごとに単独行動が主だったものを、各部族の代表を集めてある程度の話し合いをもつようになった
当然戦果は眼に見えて上がるようになったが、やはり我らは誇り高き魔族だ
己の力のみで戦うことに重きを置き、徒党を組むことを良しとはしない
それでも各部族の動きは連動したものになったのは事実なのだ
偏に帝国に住まう下等生物共への憎しみによるものだ
奴らさえ滅ぼせるのなら、多少の窮屈は我慢してやろうと思う
だが、そんな中厚顔無恥にもほどがあると盛大に罵ってやりたいが、再び神樹エデンの祝福にすがろうと帝都より進軍するものがいるという
魔族への侮辱などこれまで歴史の中で繰り返されてきたことだ、いまさら目くじらを立てるものではない
だが神樹エデンへの侮辱は許されない、絶対にだ
大多数の魔族がこの動きに敏感に反応し、いますぐに根絶やしにするべきと声をあげている
すでに各部族の決定を待たずに幾人かが殺しに向かったらしいが、結果は返り討ちという最悪の結果となっている
どうやらこの進軍する奴らは帝国の最精鋭なのだろう、僅か10名足らずの小数ながら我ら魔族を退けるとは驚きを隠せない
同胞を殺された部族からは報復のためにまずは小数パーティーを血祭りに上げた後、一族総出で帝都へと攻め入るとの報告があがっており、その怒りは魔族全体へと広まりつつある
今回居城とは名ばかりの、集会場に各部族に召集がかかったのはこれが理由だった
『帝国民の小数パーティーをどうするか?』ではない
『帝国民の小数パーティーを誰が殺すか?』を話し合うためだ
仲間を殺された部族は全部で7つあり、最優先で権利が与えなければならない
下等な帝国民のパーティーは9人だというから、1部族1人殺して残りは好きにさせればいい
おおよそはそんな感じで話し合いは進んでいた
だが、ここで予期せぬ方向へと話は進んでいく
魔族の中でも穏健派で知られる一族が、こう切り出したのだ
『果たして良いのだろうか?神樹エデンの祝福を自ら手放したのは奴ら自身であることは間違いない。だが、愚かな奴らは1000年経ってようやくその愚かさに気づき、再び神樹エデンの元へ赴こうとしている。この世界に生きるものとして当たり前のことをするために1000年もかかるとは、心底呆れ果てる愚かさだ……。帝国のヤツらなど死に絶えればいいと思っている、だが神樹エデンへ赴かんとするものの前に立ちふさがって良いのだろうか?』
皆が皆顔を見合わせ、何とも言えない苦虫を噛み潰したような顔になっている
誰もが一度は脳裏に浮かんだものの怒り故に消し去ったであろうその思いを皆の前で口にされては、思わず言葉に詰まってしまうというものだ
かつては憎き敵であったものの、この世界に生きることを許された存在として互いに認め合っていたはずだった
神樹エデンを前にしたときには双方共に刃を収めていたのだ
それをあろうことか最も愚かで許されざる行為で踏みにじったのは奴らではないか
いまも尚、奴らを存在するものとして認めなくてはならないのか?
この場に集うものは皆、御し難い思いを隠そうとしない
『皆の思いはわかる、我々一族も同じ思いなのだから。だが、我ら魔族は誇り高きもの。帝国の穢れた矮小なる存在とは違う、そうだろう?』
方々から罵詈雑言ともいえる強硬な意見が飛び交うが、それらの声を抑えつつ穏健派一族の長はこう切り出した
『なればこそ、我ら一族はこう提案する。奴らが神樹エデンの元へ辿り着き、再び祝福を得るのであればこの世界に存在を許されたものとして認めざるを得ない。だがもし、神樹エデンよりその資格なしとされたとき、そのときこそ奴らを嬲り殺しにすればよいのではないか?』
そこからの会議の有様はひどいものであった
大多数を占める強硬派の感情むき出しの意見に流れかければ、穏健派が再考を促すことの繰り返しだった
だが最後には誇り高き魔族であるが故に、神樹エデンへの敬意が帝国民への怒りと憎しみに勝った
『小数パーティーへは手出し禁止だが、帝都へは各部族の判断とする』
という結論に至り、この日より同朋を失った部族による帝都への攻勢が活発となった
これにより予期せぬ事態が巻き起こることなど、このときはまだ、誰も想像もできなかったのである




