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エデンオンライン  作者: あやなん
明日への扉
23/28

22話

22話




2の山5合目付近での野営テントで休憩をとっていたとき、奈々はふと思い出す

宮島に攻略パーティーへの参加を要請された会議のことを






「条件があるわ、1つね」


おもむろにそう切り出したあたしに、会議の出席者からは胡乱な視線が注がれる

この場にいる誰もが平等にリスクを負い、特定の人間だけがその恩恵に預かれるわけではない

そうでなければこの会議自体が成立しないし、恐らくは賛同者を得ることはできないだろう


目の前で憎憎しい宮島は口を噤んで思案する素振りを見せている

あたしの条件を計り兼ねているんだろう

他の出席者からは明らかな侮蔑の意思を込めた視線を感じ取れる

まあ、そりゃそうよね、自分だけ得をしようとするヤツと思われているんだろうし

取り敢えずあたしの条件を言わない限りこの場は膠着状態な訳だし、あたしも攻略パーティーには参加はできない訳だし、さっさと言っちゃわないとねー


「あたしはギルドには参加してないけれど一緒に行動してる相棒がいるの。彼女を1人にはできないから、その処遇について各ギルドからの協力が欲しい」


ここで会議室の空気が少し変わった


あたしとあやの2人は冒険者の中ではかなりの知名度をもっている

女の子2人組のギルド未加入のパーティーで、自分で言うのもあれだけどあたしの容姿は注目を集めるし、あやもここ最近の成長もあってか表だって人気のパロメーターがあがってきている

以前はあやのことを女と見るような発言をすれば『ちょっと危ない人』に認定されてしまったけど、まだまだ幼さは残るが中学生くらいにはみえるようになってきたものだから、一部の男共からの支持を集めているらしい

あたしに言わせればそれは外見の話で中身はまるで子供なのだけれど、明らかにあやを見る男共の視線に不衛生なモノが感じ取れるようになってきた

まあ、ほぼあたしと一緒に行動しているから声をかけてくるバカはいないし、薬屋に戻ればおじさんかおばさんがいてくれるから任せられる


けれど、もしあたしが攻略パーティーに参加をしたならば一気に状況が変わってくる

まさか一日中薬屋の中に閉じこもる訳にもいかない……、あのおじさんとおばさんなら喜びそうだけどあたしは許さない

ただ守られるだけなんて人間が腐ってしまう!できれば1人で薬草採集できるくらいにはなってもらわないといけない


ふむ、そうするとレベルの低いあの子を一定のレベルまで引き上げるのも条件に入れられないかしらね?

ついでに護衛パーティーなんてつくってくれないかしら、我が儘いい過ぎかな……

『どこかのギルドに所属すればいい』って言われたらそれまでよねー


その後各ギルドからの提案やラグナロクギルドの過剰とも思える申し出に一悶着起きたりしつつも、なんとか話はまとまった


◆エステル・バゼーヌは攻略パーティーの任務遂行へ全面的な協力を約束する。そのための条件として以下の2点をラグナロクギルドが責任をもって請け負うものとする

・藤堂あやを召喚士レベル20まで引き上げる

・藤堂あやへの護衛パーティーを組織しエステル・バゼーヌが戻るまでを期日とする


破格の条件といえた、他のギルドは特に報酬があるわけでもなく特別な扱いを受けるわけでもない

だが、攻略パーティーに奈々が必須であるという宮島の主張と、奈々の『相棒の身の安全と独り立ちができるレベルになっていることの2点がなければ動けない』という主張が最終的には受け入れられる形となった

その後の攻略パーティーでの戦いの日々で、当初あった優遇措置を快く思っていなかったメンバーとのギクシャクした空気はなくなった


そうしたことはサポートメンバーにも自然と伝わるらしく、いまでは補給に戻れば様々な人が快く迎え入れてくれる

あたしはまた1つ学んだのだと思う

環境を変えて自分の居心地を良くするのではない、自分を変えて環境を居心地の良いものに変えなくてはならないのだ、と

苦労も多く労力も多大だけど、あたしのこれまででは成し得なかったことだし、やろうとすらしなかったことだ


再び戦場へと赴く際に、多くの冒険者たちが見送りをしてくれるとき、気恥ずかしくもあるけれど胸を張りしっかりと前を向いて歩ける自分がいる

それは元の世界で他者につけ入る隙を与えまいと気を張っていたのとは違い、仲間からの信頼と期待を受け止めきれる、自分への自信の表れだ


あやも変わったけど、あたしも随分と変わったと思う

だからこそ、より一層強く思うのだ、元の世界へと帰りたいと……


そうして魔獣の襲来を告げる声にあたしは再び戦場へと向かう

遅々と進まぬように思える行軍の毎日が、幾度となく繰り返される魔獣との戦闘が、きっと望むべき明日へと続いていると信じて





そんな攻略パーティーが過酷な行軍を続ける最中、1人孤独な戦いを続けるものがここにもいた


木陰に潜む魔獣の影を、ライは決して見逃すことはない

もはや犬としての体躯の限度を遥かに超えた、ライを見れば誰もがオオカミだと口にする大きな身体が、まるで重みを感じさせずに草原の上をゆっくりと歩く

主人を護るように円を描くそれは、さながら剣豪が刀を抜かんとする寸前の緊張感を思わせる


後ろには全身全霊をかけ愛してやまない主人が、鼻歌を歌いながら手袋をして薬草採集に精を出している

唸り声の1つでもあげようものならいたずらに怖がらせてしまう

何事もなかったかのように終わらせなければならない

故に魔獣が木陰から飛び出す前に片を付けられればいいのだが、主人から離れすぎるのも危険だ

あともう数メートル近ければことは簡単に運ぶのだが……


と、ライの放つ重圧に耐えかね逃げ出すか、魔獣の本能の赴くまま獲物に飛び掛かるか、決め兼ねていた魔獣が愛する主人に向かって走り出そうとその1歩目を踏み出そうとした

その瞬間、その1歩目は地に着くことはなかった

明確な主人への攻撃の意思を感じ取ったライの牙が、魔獣が視界にすら捉えられないスピードでその命を刈り取っていた

一瞬で存在を霧散させる魔獣に見向きもせずに、ライは主人の傍へと何事もなかったかのように寄り添う


「……ライ?」

「クーン」

「どうかした?」

「フンフンフンフン」

「わ、なに、コラ、いまはだめだって」


主人にカマってもらうとついつい嬉しくて仕事の邪魔をしてしまう

触ってほしくて鼻先をこすりつけて猛アピールをする

優しい主人は『いまはダメだよー』っていいながらいつも遊んでくれる

街外では少ししか遊んではもらえないが、魔獣がいることを思えば仕方のないことだ


ライは日々自身の内から湧き出る力の奔流を感じていた

主人の傍にいればいるほどに強く感じるもので、主人に魔獣が近付いたとき頂点に達する

ライはそれを主人への自身の忠誠心の表れだと判断している

常に主人への忠誠心が溢れる己が誇らしくて堪らないのだ


ひとしきりカマってもらってから、薬草採集へと戻った主人の傍で魔獣への監視に戻っていれば、荷物をとりに場を離れていた薬屋の主人がもどってきた


「お、だいぶ集まったな」

「えへへ、もう少しです」

「ん、もう1袋集め終わったら帰ろう」

「はーい」


この薬屋の主人の身体からは、愛する主人を思いやり慈しみ見守ろうとする思念が感じられる

故にライはこの薬屋の主人というでかい魔獣を敵とは見定めない

なによりも主人がこのでかい魔獣を信頼し安心しているのだから、攻撃してはいけない

だが、もし主人への敵意や害意を感じ取ったならすぐさま攻撃はしないまでも警戒対象とし、場合によっては排除するに躊躇いはない

強い存在の力を感じるが、今の自分の敵ではない


それよりも、1番の問題はアレだ……

あのでかい剣をもった女の魔獣だ……

以前は毎日一緒にいたが、最近ではフラッとやってきては主人をいじめていく

なんど見定めても敵意も害意もない、ないのだが、主人を泣かされているのだ

自分自身、小さく弱かったころに散々いじめられたこともあってか苦手意識が拭いきれていない


だが、いまでは恐らく戦えば互角くらいだと思う

主人を護るために強くあろうと陰でこっそり魔獣を狩りまくった

心優しい主人は魔獣でさえも殺すことに心を痛めているから、できうる限り見せないようにしなければいけない

だからこうして街外へ出てはほんの一瞬の隙を狙っては魔獣を狩っている


まあ、あの女の魔獣と一緒にいるときの主人は喜んでいるのは事実なのだから

警戒対象とする必要はないのだけど、やはり主人が泣くのは嬉しくない

次また近付くことがあれば身をもって護るしかない


はた目には日向ぼっこをしつつまどろんでいるようにしか見えない風に寝っ転がるライは1つため息を漏らしつつ、周囲数百メートルにも及ぶ索敵範囲への監視に戻るのだった……






そうして、忠義心溢れるライと薬屋の主人に守られつつ、無事に薬草採集を終え家路につく

『ただいまー』と扉をあけ、おばさんに帰りを告げる

と、中からいい匂いが漂ってくるのを感じる


それは、元の世界で愛してやまなかったメニューをどうしてもこの世界でも食べたくて、コミュニティの『元の世界での料理をこの世界で再現する委員会』で考案されたレシピをおばさんと一緒につくったアレの匂いだった


そう『おうどん』だ!!!!

この世界には当然のことながら小麦は存在しなかった

数十種類の麦科によくにた植物を採集し、数百通りの組み合わせの中から最も香りや歯ごたえや喉ごしやら、うどんに近付いた配合を見つけた

そしてお出しについても様々な魚や海藻を採集して作り出したのである


いま香り漂うこの匂いは、お出しに使う魚を焼いている匂いだ

この魚をコールドフィッシュといい、寒い海流に生息する魚で甘みのあるお出しが出るらしい

身をほぐしてから、骨を香ばしく焼いてダシをとるのだ

他にも2種類の海藻と1種類の木の実、岩塩で作られたお出しは一流料亭のお味そのものといえる!


というか、まさかおばさん1人でうどんの手打ちからお出し作りまでやったのだろうか

あれは大変な重労働だから、食べるときはみんなで作ろうねって決めてあったハズ

慌てて両手足を拭ってから食事部屋へと立ち入れば、そこには汗だくでうどんを打つおばさんがいた

うどん打ちをおじさんが、お出し作りと火の番を俺が引き受けて、おばさんには休んでもらった


そうして、うどんと焼き魚の混ぜご飯という純和食な晩御飯を食べ大満足した俺は、薬草の仕込をおじさんに任せて食後の散歩がてらおばさんと連れ立って温泉へと向かった

当然ライもついてくるけど、温泉には入れないから入り口でいい子にお留守番してもらう

離れることをライはとても嫌がるけれど、お風呂に犬を連れてはいけないからしょうがない

家に帰ってからいっぱい甘やかしてあげよう、大好きなお腹モフモフをやってあげれば機嫌もよくなるしね


街中を、温泉のある山の中腹へと続く大通りへと出る

その道すがら洋服屋さんを覘いてはおばさんと話し込む

知り合いに会えば挨拶を交わしながら薬草の配達を頼まれたりする

時折ライが唸り声をあげたりするのをなだめたりしながら歩く


こうしていつもと変わらない毎日が今日も過ぎていく

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