21話
21話
日中の灼熱地獄から一転、日が沈み暗闇が辺りを包めば、水分を含むもの全てが凍り付く
一体どこに隠れていたのか不思議で仕方ないのだが、冷気と闇夜に紛れて日中には見ることのなかった魔獣が襲い掛かってくる
僅かな気の緩みすら許されない緊張感と底知れぬ不気味さが漂うのは1の山だ
攻略パーティーは現在7つある山の1つ目を登っており、その3合目に差し掛かったところで野営となった
当然のことながら火を熾すことなどできないので、テントを張ってせめてもの風よけ作るのが精いっぱいだ
交代で見張りに立ち休憩を取るのだが、魔獣の襲来によって10分ほど休めればマシといえる状況
だが、僅かな時間でも身体を休めることができるのは、未開の土地を探索する上では欠かすことのできない事項であり、日中の苛烈さを考えれば神経を僅かにでも緩ませることのできることは何とも有難い
日中は灼熱の中、途切れることのない戦闘の連続で体力を根こそぎ削り取られたが、なんとか食事は取ることはできた
そして夜になると魔獣の数は一気に減りはしたが、闇夜と猛吹雪によって視界が遮られ、前にも後にも進むことができなくなってしまった
これで1の山なのだという
ではあとの6つの山は一体どんな惨状をあたし達に見せるのだろうか?
そしてその先に広がる樹海の奥に神樹エデンはあるのだという
正直ここまで厳しい旅になるとは予想だにしていなかった
最初の入り口だった洞窟を進んでいたころはまだよかった
魔獣の数も強さも、環境の厳しさも大したことはなかったから
それが先へ進めば進むほどに厳しさは増すばかりだ
しかし、それでも誰一人として欠けることなくここまできた
何度もぎりぎりの戦いを潜り抜けてきたし、あたし自身覚悟を決めた瞬間もあった
けれどその度にパーティーの誰かが誰かを助け、助けられたのだ
日一日と過ぎていくに従って、戦いを幾度となく繰り広げていく毎に、魔獣を1匹また1匹を打倒していく度に、あたしはあたし自身の存在を強く感じるようになる
フランスと日本で過ごした19年間では感じることのできなかった感覚
いま、あたしはこの大地にしっかりと足を踏み鳴らし、あたし自身の存在を声高に叫んでいるかのような想いだ
戦闘が始まると指の先どころか髪の先まで神経が研ぎ澄まされたかのような感覚に陥る
敵と見定めた魔獣を目の前にしたとき、身体中から溢れかえりそうになるほどの熱がうねりを上げて湧き出てくるのだ
その制御がうまくできなくて時折しくじることがあったけど、ようやくコツを掴めたようでイメージ通りに身体を動かすことができるようになった
今あたしを動かしているのは『元の世界へ戻る』という、堅く、揺るぎない決意
こんな場所で朽ち果てるためにあたしは生まれてきたわけじゃない
時が止まったまま小さな世界でお人形のように飾られていたあたしを、叩き壊してやらなきゃいけない
両親もいままで出会った人も、あんな小さくてみっともないあたしだけを見ている
想像すると怒りで目の前が真っ赤になりそうだし、情けなくて所構わず破壊したくなるし、悔しくてあやを100回くらい泣かせたくなるのだ
この攻略パーティーのメンバーが、誰もが『確固たる決意』を胸にもっている
1人としてブレることもなく、1人として迷い嘆き慄くこともない
それぞれの想いを打ち明けあったことはないけれど、神樹エデンへのゲートを再び開き元の世界へと続く道を切り開くために、戦い抜くのだという覚悟をもっている
そうしてふと、あたしは置いてきた相棒を思い出す
出会った当初はただの子供でしかなかったし、頼りになるとも思えなかった
ただ『この子と向き合うこと=変われる自分』なような気がしてただけだった
何度も見捨ててやろうかと考えたし、余りのへっぽこ具合に頭痛を覚えたのは10や20ではきかない
けれどいつの間にか無意識に笑っているあたしがいた
周囲の目を気にせずに行動しているあたしがいた
そんなあたしの横には脳みそ入ってんのかしら?って疑いたくなるほどに、裏表のない、屈託のない笑顔を浮かべるあやがいた
お互いに最初は遠慮もあったし人間関係を築くことが苦手同士なこともあって、ぎこちない毎日だったけど、いまでは相棒だとテレもせずにいうことができる
戦闘じゃあ役に立たないどころかただの足手まといだけど、日々の生活だと頑張ってできる仕事を探しては懸命に覚えようとしているからあたしよりはできるのかしら?
料理に至っては随分とレパートリーが増えたらしく
『今度補給に戻った時には奈々さんの好きなモノつくるからね!』
と、更なる精進を力強く宣言していたっけ
元の世界に戻ったら香辛料も調味料も材料も別のものばかりになっちゃうけど、応用できるのかしらね?
実はいまだに少し疑っているんだけど、あの子は本当に『元男の子』なんだろうか
一人称はボクだし、余りにも女の子としての知識や経験に疎すぎたのは事実だけど
けれど存在そのものの匂いというか、受けるイメージというか、一緒にいる時の感覚というか
どう考えても女の子のそれとしか思えないのよね、それにすぐ泣くしね
慌てたり一所懸命になったりした時には、身振り手振りを交えないと話ができない
『鳥がね……』
っていうとき、わざわざ両手で羽を作って飛ぶマネしなくてもわかるし
『すごい大きくてね……』
っていうときも、いちいち両手を広げて〇書かなくてもつたわるし
考えれば考えるほど、思い出せば思い出すほどに男らしさの欠片も見あたらない
けれど、本当に日本に戻って男の子だったら嫁にでももらってやろうとおもう
うん?違うか、あたしが嫁にいくのか?いや違う、やっぱりあの子は嫁よね
なんてことを考えてたら余りにもばかばかしくてつい笑い出してしまった
「…………っく……ぶっ………」
「……エステル?」
「な……なんでも……ぶくっ」
「ちょ、気分悪いの?」
ただ笑いを噛み殺してただけと知ったとき、盛大に呆れられてしまった
くそう、この鬱憤は戻ったときあやをイジめて晴らすとしよう
そんなことを考えていると、また魔獣の襲来を告げる声が響く
やれやれと立ち上がり大剣を背に構えようとすると、ふと身体に違和感
(あれ、身体が軽い)
疲れ切っていたはずなのに足取りもなぜだか軽やかな気がする
思わず顔に笑みがこぼれる
声の届かないほど遠くに離れていても、きっと気持ちは続いているんだ
戦う場所も食べる食事も寝るところもまるで違ってしまったけど
いまも一緒にいるような気がする
頼りになるパーティーメンバーがいる
2人分の稼ぎのほとんどをつぎ込んだ一品ものである大剣が背にある
なにより、あたしは1人じゃない
その全てがあたしに力をくれる
ほんの僅かの休憩にもかかわらず、身体中に力がみなぎる
勢いよくテントを抜け出し、右手で大剣をひっつかみ、まずは正面にいる魔獣の頭を叩き付ける
周囲には10ほどの魔獣の群れがいたが、すでに見慣れたものだ
さっさと片を付けて次のパーティーメンバーの休憩時間を少しでも長くとってやらなくちゃね
より一層気合を入れて魔獣の群れへと向き直り、殲滅すべく剣をふるう
攻略パーティーの過酷な行軍は、メンバーの誰からも語られることもなく
『まあまあ、結構タイヘンかな?』
程度の感想しか洩らさないものだから、残られたサポートメンバーは彼らの防具や武器の損傷具合によってしかその度合いを測れずにいる
その防具はあり得ない場所に傷がつき、どういう力を加えればこんなことに?と疑問を抱かずにはいれないほどに変形したり抉れたりしている
9名からなる攻略パーティー
その1人1人が冒険者であるならば知らない者はいないというほどの者たちだ
間違いなく最強の布陣であり、多くの冒険者に希望を与えてくれている
彼らはそれを知っているから、唯一の安息の時間である補給に戻った時でさえ誰1人として行軍の苛烈さを口にする者はいない
その9名を支えるのはただ、元の世界に戻るのだという想い
この世界へと飛ばされてしまった仲間を助けるのだという想い
元の世界に残してきた大切な人の元へと帰るのだという想い
サポートメンバーは数少ない情報から、過酷な行軍であることを察している
ゆえに攻略パーティーが戻ってくれば、防具の修復の際に桁外れに高価な素材を数万人で金を出し合って購入し、それでほぼ新品の防具へと作り変えている
消耗品である回復剤も1つで家が買えるほどのものばかりだ
いま、ほぼ全ての冒険者は攻略パーティーを支えるために行動している
狩りにいって自身の体内保有マナを増やし、金を集め攻略パーティーを支える
PK:プレイヤーキラーである極少数の異端なものはこの流れに真っ向から歯向かおうとしている
だが全ギルドが協力体制を築いているいま、異端な行動をとればすぐに身元が割れてしまう
おかげで被害は0といっていいほどに沈静化しているのだ
それに元の世界に戻るためには、異世界へのゲートを自身でくぐろうとしなければならない
この世界に留まりたいものは、今だけ協力する姿勢をみせてゲートをくぐらなければいい
PKであるものは同じ冒険者を標的とすることに意義を感じるものも少なくないというが、自分を犠牲にしてまで行動を起こそうとはしないという
いま、あらゆる歯車が動き出し機能し始めている
宮島の描いた計画はほぼ完ぺきな形でもって動いているといえる
帝国が数百年かかっても辿り着けなかったところまで、僅か3か月で踏破してみせた
魔獣も少なく見晴らしの良い場所を選び新たなゲートを設営し、帝都から直接飛ぶことが可能となる場所をつくった
計画ではこの後、あと9つのゲートの設営を行い最終的には神樹エデンへのゲートを復活させるのだ
こういった経過は全てアルフォンス・フォン・バルバストルへと報告されている
計画が順調に進もうともこの男の冒険者たちへの監視するような視線に変化はない
宮島はだからこそ信頼に足るのだといい
『我々のやったことをそのまま100%評価する。下にも上にも変えないということは途轍もなく難しいことだ。その対象が゛正体不明の冒険者゛である我々であるならば尚更だ』
と、アルフォンス・フォン・バルバストルの扱いに感謝すらしているようだ
一方でアルフォンス・フォン・バルバストルはレアンドル・フォン・ベルレアン・エデンに拝謁していた
アルフォンスにとってただ1人頭を垂れるべき唯一絶対の主君であり、恐れ多くも名誉なことながら生まれた時より乳兄弟としてお傍近くでお仕えし、今では宰相として存分に才を発揮する場までもを与えてくださった
王冠を戴けばエデン帝国の皇帝として、剣を携えれば騎士として、筆を握れば施政者として、このエデン帝国を総べるものとしてこれほどに相応しい方は歴史を紐解いてみても見当たらないと思うのだ
ただ、この身を友と公言して憚られないことだけは何としてもやめて頂きたいと常々申し上げているのだが………、聞き入れて頂けるご様子は見て取れない
ゆえに、より一層臣下としての分別を感じ取っていただけるよう誰よりも心を込めて頭を低く下げお仕えしなければならない
万が一にも陛下の乳兄弟だからとご寵愛と権力を笠に身勝手に振る舞う若輩者と後ろ指を指されぬようにしなければならない
こうして当の皇帝のみならず彼を知る宮廷の内外のものに
『エデン帝国は神樹エデンの祝福を失ったがアルフォンス・フォン・バルバストルの加護を得た』
と言われていることなど、本人は知ることはないのである
この10数年魔族に押され気味だった戦況は持ち直され、人的被害も最小限に抑えられている
彼は特定の力あるものによる特殊な変化をまったくとはいわないが評価しない傾向がある
平均をとり、それが与える影響下によって生じる結果にこそエデン帝国の未来があるとした
口にこそ出さないが、神樹エデンの祝福を否定したともとれる意味合いを含んでいる
帝国を取り巻く状況は厳しく、このまま魔族に押されいずれは攻め込まれて退廃していくのが目に見えていた
だからこそ彼はかつてはあったかもしれないが、今はなくなってしまったエデンの祝福を思考から外した
幼いころより聞かされてきた神樹エデンの物語は、忘れることなどできはしない
だが、それと帝国の行く末を決めることとはまた別次元のはなしなのだ
僅か17才で帝位を継がなければならなくなったレアンドルを、亡国の王になどさせるものか
彼を突き動かす最大の要因は、それである
かつてこの帝国には喜びが満ちていたという
それが今ではどうだ、暗鬱な空気が淀み人々は未来を見ることを諦めてしまったかのような表情を浮かべているではないか
わが主は帝国を取り巻く劣勢な状況を知っていくに従い、こんなことを言うようになった
『なあアルフォンス、どうしたら民は笑ってくれると思う?』
『なあアルフォンス、帝国はこのままではダメだ。なぜか?民に笑顔がないからさ』
『なあアルフォンス…………』
わが主は何かを否定する改革ではなく、何かを始める改革を行ったのだ
帝都にだけあった貴族や冨俗層が通っていた学校を、各街に魔術・騎士・教養の3校に分けて設置し、費用は全て帝国がもち、誰もが通えるものとした
結果いまの子どもたちには強い力を持つ子が増えてきた
力とは、そのものが持つ存在の力をいい、知識・技能を磨いてやれば良いし、自信・誇りを強く持たせてやれば良い
冒険者という存在は昔からあったが、それを広くし案内所を各街につくった
生業とし生計を立てられる職が増えれば人口は増える
冒険者が増えれば魔獣の数は減りその被害も減る
そうして経済も循環がうまくいき発展していくのだ
ほかにも様々な施政を行い帝国は活気に溢れていった
恐らくは数百年後にはかつての栄華を取り戻すことができるとおもう
どれだけ活気が戻ったとしても、エデン帝国の民の心の奥底には神樹エデンの祝福を望む思いは消えないだろう
それはアルフォンス自身もそうなのだが、その願いを叶えてやることはできない
帝国の全兵力を総動員すれば神樹エデンへの血路を開くことは可能だと思う
だが被害は甚大で、間違いなく帝国は滅びるだろう
自ら神樹エデンへの道を血で染め、そののち魔族によって帝都と各街を破壊されて……
アルフォンスはエデンの民による再生を選んだ
それは劇的な改革ではなく民1人1人の緩やかな成長と、帝国そのものの組織改革とによるもの
レアンドルとアルフォンス亡き後、改革は継続されなければならない
人は英雄になりたがる
自身を特別な存在だと思いたがる
事実そうしたものは存在する
だがそれによってもたらされる変化は劇薬だ
薬の効果が切れたとき副作用が起きるだろう
そうして辛い思いをするのは決まって民なのだ
レアンドルは決してそれを許容しない
故にアルフォンスは民による改革を選んだ
結果として神樹エデンへの道を自身が閉ざすことになったとしても……
「どうした?」
「いえ、申し訳ありません。報告を続けます」
「いや、いいものを見たな。アルフォンス・フォン・バルバストルが言い淀むとはな」
「お戯れを……」
「ははは、怒るなよアルフォンス?想いは同じだ、お前1人が背負うことじゃない」
「陛下……」
「宮島とその一派は随分とよくやってくれている。我々の目指した未来ではないが、もたらされるものは決して悪意あるものではない。それでいいじゃないか」
「はい」
アルフォンスは思う
目の前にいるこの人に仕えることができたことの幸せを
誰よりも心優しく民に慕われる人でありながら、誰よりも自身の不甲斐なさを嘆いている人
いつしかこの人の望みが自身の望みと重なるようになった
『民に笑顔を』
それを叶えることが最大の忠義になると思い定めている
あの宮島という男に会ったとき、脳裏には警戒音が最大で鳴り響いた
この男は危険だとあらゆるものが知らせてきた、決して人の下につく男ではない
今はまだ小さき存在かもしれないが、いずれ力を手に入れたとき我が主の脅威と成り得る
その才覚と存在の力を感じた
隠しようもない殺意を、よくもまあ自身の胸の内だけに留められたと珍しくも自画自賛したものだ
宮島は元の世界へと戻ることを望んでいる
願ったり叶ったりだが、それが失敗したときには力の奔流がどこに向かうか知れない
だから警戒が必要なのだ
元の世界に戻るために必要なものは提供するが、この世界で生きるために有用なものはなに1つ差し出すつもりはない
このまま冒険者として朽ちてしまってもなにも惜しくはないのだ
ただ1つ、神樹エデンへのゲート復活という事項についてだけは、正直心穏やかにはできないのも事実だが……
自身の描いた未来絵図に戻るだけなのだ
冒険者たち、宮島の出現によって修正を加えたものを戻すだけ、ただそれだけのこと
アルフォンスは僅かに生じた心の揺れを収めて、再び敬愛する主君への報告を続ける
懸案事項を気の遠くなるほどに抱えながら、なに1つとしていい加減に扱うこともせず、主君以外の人すべてに平等であり続けるという、人外魔境な宰相は今日も満ち足りた一日を送っている
我が主の傍で働ける己の幸せを噛みしめながら
「おい、お前!なにやってんだよ!」
「ちょ、ちょっと声かけるくらいいいだろ!?」
「ふざけんなって、幹部からきつく言われてんだろ、バレたらただじゃ済まねえぞ……」
「ばれやしねえって……」
ラグナロクギルドの門番をしていた冒険者たちの会話を、そっと聞いているものがいることなど彼らは知らない
エステル・バゼーヌという騎士が攻略パーティーへの参加と交換条件にその相棒であるという少女の護衛を依頼してきたという
ラグナロクギルドにて引き受け、幹部数名によって選抜された数名は当初そんな特別扱いが許されるのかと憤慨したものだが、今となってはなんとも面白い役目を引き受けたと面白がっている
護衛対象の少女はこちらにきた時には15歳だったという
護衛パーティーでは、10歳ほどの子どものつもりで任務に当たるようにと指示があった
実際に毎日みているとその指示が確かなものであったことが良くわかる
エステル・バゼーヌとは違った意味で目立つこの少女の護衛をする上で最も警戒しているのがPKだ
現地の住民の人は心優しい人が多く、逆に彼女に好意的で警戒はあまり必要ではない
お世話になっているという薬屋のご夫婦の協力もあって、アヴィニヨンでは快適に過ごしていると思う
また大多数の冒険者は彼女を『小さな子供』と認識していて、女性としての危険性は少ない
多くの人間がいれば趣味嗜好も様々であるように、彼女のような小さな少女に言い寄る男も存在する
だが、彼らの目的は『彼女と親しくなること』であるからして、行われる行為は話しかける・プレゼントを渡す・手紙を渡す・手を振る、といったなんとも同情で遠い目になってしまうようなものばかりだ
いっそ直情的に襲ってくるといった手合いならば、我々護衛パーティーで排除ができる
けれど健気に少しでも彼女に存在を認知してもらおうとする輩には排除に動くこともできないのだ
この任務で1番難しいところである………
そしてPKについてである
彼女ほど知名度があり、倒しやすい標的はいないだろう
個人の持つ技量はほぼ皆無といっていいし、召喚士となった際に術士であったスキルが消失していることから戦う力も皆無といえる
だが、我々護衛パーティー6名がシフトを組んで常に24時間張り付いているし、アヴィニヨン商工会ギルドの全面協力と、一部の熱狂的ファンで結成されている『藤堂あやを見守る会』によるパトロール(彼らの組織の全容は定かではないが我らと同じようにシフトを組んでかなりに人数を動員して行っているらしい)、なによりも彼女の召喚獣であるオオカミによって怪しい雰囲気を醸し出すものは近付くことさえできないのだ
これほど厳重な警護は帝都にいるという皇帝ですら受けていないと自負している
故に、いま門番達の会話を聞いた護衛パーティーの1人である彼女は、任務だから致し方ないのだけどこのことも報告しなくてはならない
可哀想に、声をかけてしまった門番はもう2度とこの任務につくことはないだろう
彼女へと続く道は険しく厳しいのだ
数百もの障害を乗り越え、彼女の元へ辿り着くことができたとしても、当の本人がのほほんとしているものだから、想いが伝わる可能性は非常に低いとみている
いやはや、面白い任務についたものだ
と、先行していた護衛パーティーから緊急の集合合図がでた、何事だろうか、まさかPKでも出たか!?
そうして駆けつけてみれば、盛大に転んだのであろう彼女が目に涙を浮かべながら
「ふぇぇぇぇぇぇ……」
と、漫画のキャラクターのような苦悶の表情を浮かべている真っ最中だった
緊急集合合図を出した本人は、なにやら勝ち誇った表情をしているし、集まったメンバーも『よくやった』といった感だ
うーん、護衛を任務としているはずのこのパーティーが、なにやら間違った方向へ進んでいる気がするのは気のセイだろうか……
まあ取り敢えず浮かんだ疑問はおいといて、わたしも可愛らしい彼女を脳内フォルダに保存すべくジーっと見つめ倒したのは言うまでもない
それが終わるころには浮かんだ疑問のことなどすっかり忘れて、マジメにキチンと任務に戻った
その後アヴィニヨンへと帰還し、薬屋に帰っていく彼女を見送りながらその扉が閉められたことを確認した
わたしは脳内フォルダを見返しながら、今日はいい日だった明日も頑張ろう!と、決意を新たに薬屋の近くに借りた宿直場へと向かって歩き出したのだった………




