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エデンオンライン  作者: あやなん
Ester of one-person
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17話

17話



異世界?への扉をくぐってはや7ヶ月が過ぎ、あの子がようやくLv10になれたものだから、このオーヴェルニュへと足を踏み入れることができた

色々といかなければならない場所もあるし、連れていきたいとこもあるし、忙しい一日になりそうだわーなんて思っていたら、馴染みのコミュニティの1人に声をかけられた

いつもなら断るんだけど、彼女の目が『ただ事じゃなさそうねー』と思わせる

あやを知らない街で1人にはさせたくはないんだけど、どうやらこの子への護衛も相当人数付けてくれるようだし、いくしかないのかしら………イヤな予感しかしないんだけど………


そうしてあたしはいま、あやと別れて1人『Ragnarok:ラグナロク』の本部へと向かっている

異世界からの来訪者であるあたしたちだけでなく、この世界の人たちにもその名を響かせつつある宮島という男が組織する、通称≪ギルド≫と呼ばれる集団の本拠地だ

アヴィニヨンの悲劇の後に、街の代表者との間に会談の場を作り、冒険者としての地位を全員が受け取ることができたのも、様々な軋轢が生じる中でこの世界の警察に似た機構である各街の近衛隊があたしたちを排除しようとしなかったのも、全てにこの男が絡んでいるのは誰もが知るところだ

………あやは知りもしないでのほほんとしてるけどねー





この世界における左手に宿す『身分通行証』とは自分自身の存在そのものといってもいい

これに記されたものを偽ることはできず、それだけに誰もがその価値を間違えることはない

今現在、生存の確認されている冒険者はすでにその数を大きく減らしている

数ヶ月にも及んでいる戦いの日々と、やはり平和な世界で過ごしてきたものが、突然生き死にの狭間で耐え抜くことは並大抵のことではない


耐え切れずに大地にヒザをつくものがいたとしても、その人を責めることはできないけれど、誰もが絶望に飲み込まれそうになりつつも、必死に明日を探して頑張っているというのに、それを嘲笑うかのように、同じ故郷に想いを届けんとする同胞だと近寄り、その背中に刃を突き刺す非道な者たちがいる

魔獣に殺されたものは、大地へと帰りその存在はマナとなり世界を巡る

では同じ人に殺されたものはどうなるのか?

身分通行証に保持してあったマナを吸い取られ、レベルによって数値は変わるが経験値の一部も吸い取られる


1ヶ月必死に戦うよりも、1人を殺した方が遥かに効率のいい『稼ぎ』になるのだそうだ

いわゆる『PK:プレイヤーキル』と呼ばれる行為だが、見つけ出すのは困難を極める

まず同じギルド内では行動が常に複数に知られているために、PK行為は行うことは難しい

かといって単独で行動すればそれも注目を浴びることになる

あたしとあやも一時期「女が2人だけでやっていけるわけがない、PKなんじゃないか?」なんて怪しまれたっけ

まあ、狩りの現場を見せたら誤解は解けたけどねー


このPKへと対応はいまも各ギルドで躍起になっている

1番の主な行動としては、ギルドメンバー同士以外との行動の禁止だ

街中でもどこでも、1人で行動は取らずに狩りともなれば10名近い人数で動くらしい

居住スペースに関してもかなりの創意工夫がなされているようで、この世界へと降り立ってすぐの頃は家屋の中で過ごすあたしたちはかなり奇異な目で見られたけど、いまでは家を構える冒険者も数は少ないが増えてきている

ギルドではそういった家を複数所持して、アジトとして活用しているそうだ

いまむかっているRagnarokでは、街外れの廃墟となっていた建物1つを買い取り、本部へと改築したらしい、あたしも見るのは初めてなのでちょっと楽しみだったりする


だから、いまもこうして本部へと向かって歩いているだけだというのに、周囲には4人のメンバーが歩いている

あたしと離れたあやにはRagnarokからの護衛がたぶん6人ついているけど、どうせあの子のことだから気づきもしないんでしょうね、きっと





「…………エステル?聞こえてるの?」


あれこれ考え事をしていたものだから、話しかけられていることに気づかずに歩いていた


「ごめんー、なに?」

「心配なのはわかるけど、腕の立つ人を護衛につけたから信用してほしいわね」


彼女はそういいながら、苦笑いだ

Ragnarokはコミュニティの女の人の数が1番多く所属していることもあって、かなり女性の取り扱いについては他のギルドに比べれば゛マシ゛といえる


「Ragnarokというより、コミュニティのみんなを信用するわ」

「ふふ、それで結構よ」

「それで、わざわざあなたが迎えにくるなんてどういうことなのかしらね?」


彼女は物静かに見えてRagnarokの幹部的な立場にあることを奈々は知っている

種族特性に加えて職性能も合わさり、戦闘補助では一級品の存在を示す

彼女自身も冷静で状況判断に優れ、優しい性格もあってか仲間のサポートに向いている

その彼女が直接声をかけてきたのでなければ、元々忙しくなるはずだった一日だ

断って予定通りにオーヴェルニュの街を散策していたに違いない


「もうじき本部につくわ、そこで、全てを話せるとおもう」

「……OK」


穏やかに、落ち着いた口調で話す彼女の様子に、これ以上聞いても無駄と早々に見切りを付けて話題を変える


「そういえば、またバカ男が出たらしいわね、被害のあった子はどんな様子なの」

「ええ、今回は大事に至らずに助けられたから……、いまはコミュニティのホームで休んでるけど、以前のギルドには戻らずにRagnarokに迎えるつもりよ」

「……そう、それで男はどうなった?」

「いつも通りよ、洗いざらい吐かせている途中ね、終わったら゛落とすわ゛」

「手伝えることがあったらいって頂戴」

「もちろんよ、あなたも困ったことがあったらいつでも頼ってよ?」

「わかってる、ありがとう」


そんな他愛もない話をしながら歩き続けると、オーヴェルニュの街並みからだいぶ離れた、それこそ


街を取り囲む壁を背にそびえる大きな建物が見える

日本にいた頃に、同じような建物はなにかといわれれば、3階建てのマンションが500mくらい続いているといった感じだ

人づてに聞いてはいたけれど、ここまで広大な敷地に本部があるとは正直驚いた

まさに聞くと見るとでは大違いもいいところで、足を踏み入れてみれば建物以外にも乗り物として使っている馬に似た動物が相当数飼われている馬小屋?もあるし、、あちこちで井戸が掘られているのが分かる

さらに、食料が所狭しと積まれているしギルドメンバー同士で演習を行えるスペースも確保されている

さらには、遠くに畑も数多く見られる


あの宮島という男は、2万人近いギルドメンバーを擁してこのオーヴェルニュの有力者たちに、ホーム所持の身分と、メンバーを収容できる大きなホームの提供を受ける代わりに、街外近くに広がる広大な農地の警護と魔獣被害の大きな地域の巡回、さらに魔獣の温床となっている可能性の高い、マナの濃度が異常に高い場所の調査及び危険性が高い場合の清浄依頼の遂行を請け負った


『ホーム』という概念は、日本でいう住所みたいなものだ

これをもたないものは、家がないのと同じことで、この世界では社会的な地位は非常に下となる

あたしとあやは、薬屋の夫婦の家に借り住まいとはいえ居住を認められているために、個人所有のホームではないが『アヴィニヨンホーム居住』という身分をもっている

これは賃貸で暮らしているのと同じといえるので、持ち家がないという意味ではちょっと肩身は狭いが一般人といえる


今現在、ギルドに入るとホーム居住の身分になれるのはRagnarokだけだ

引っ切り無しに加入希望者がくるらしいけど、かなり厳しい審査があるようで、疑わしきは拒絶しているそうだ

その代わりレベルが低く力の弱いものは優先的に保護しているとも聞く

巨大なギルドだけに、戦闘以外の仕事も多岐に渡ってしまい、いくら人手があっても足りないらしいのだ


あたしたちも何度か誘われたけれど、2人でのびのびやっているのが気楽でいいと断っている

けれど、こんな施設をみてしまうと思わず考えてしまう

『あやは、こんな場所でのんびり過ごすのが1番いいんじゃない?』

と………


あちこち見て回りたかったけど、いちおう部外者だしまっすぐに本部の中に案内されてしまったものだから、大人しく今は控え室で出されたお茶で乾いた喉を潤している

連れ立って歩いてきた彼女は、一足先に部屋の中へときえていってしまった

恐らく、この奥に例の宮島という男がいるのだろう

はてさて、いったいどんな話が飛び出してくるのやら





5分ほど待たされて両開きの木製の大きな扉の中から1人の男が出てきた


「エステル・バゼーヌ、突然の呼び出しをお詫びする。あわせて来てくれたことへ感謝する、中に入ってくれ、Ragnarokギルドの宮島だ」

「余計な話は結構よ、話はなに?さっさと帰りたいんだけど?」

「余り多くのものに聞かせられる話ではない、他の主だったものも中にいる。入って座ってはくれないだろうか」

「いいわ、ただし話の途中であっても無意味と思えば帰るわ」

「結構だ」


そういうと、後ろ手に宮島が扉を開け放つ

中にいたのは30名程だろうか、ほとんどが顔をしっている、Ragnarokの幹部と呼べるものたちだけではない、他ギルドのTOPのものもいるし、知らない顔も数名いる

その重い空気にさっそく帰りたくなってしまったが、さすがになにも聞く前には帰るわけにもいかず空けられていた席に座れば、仕草の一つ1つを見定めるかのように部屋中の視線を受ける

いまさら視線が集まることにいちいち神経を尖らせることもないが、余りの注視のされように不快感よりも違和感を覚える


(なんなのかしらね、集まってるメンバーも異常だし、この雰囲気も異様すぎるわ……)


ここまで案内をしてくれた彼女に目を向ければ、目線で恐縮した素振りを見せてくる

と、静まり返っていた部屋に宮島の声が響く


「では先ほどの話を進める前に。知らないものはいないと思うが、この場の話し合いに参加いただくエステル・バゼーヌだ、各自見知っておいてくれ」


そういい、あたしへと視線をやりながら言い放つ

別に参加するしないともいってないのだけど?無意味と思えばすぐにでも退出する心積もりなんだけどねー

なんて思いつつ挨拶する必要も感じないので、そのまま無反応を決め込むと

幹部たちの数人が『よろしく』だの『はじめまして』だの言ってくる

あたしはここに友達作りにきたわけじゃないのよね

いくら護衛を付けてくれたといっても、あの天然ドジっ子を1人で置いてきたのだ

目を放した隙になにをやらかすか分かったものではない


ガタッ「悪いけれど、仲良くお話しにきわけではないの。話す気がないならここで失礼するわ」


あたしはこれ幸いと椅子から立ち上がり部屋を出ようと扉へと歩を進める

ここの環境の良さに多少の保険としての魅力を感じたことをふと思い出し、もうちょっと良好な関係を築いても良かったかしら?なんて思ったけどもう遅いわねー

やれやれ、無駄な時間をかけちゃったわ

と、まさに扉に手をかけようとしたその時、想像の範疇を大きく超えた言葉が耳を打つ


「日本へ、元の世界へと帰れるかもしれない」


……………いま、この男はなんといったか?

眉間にしわが寄る、視線が右に左に彷徨う、首がゆっくりと振り返り椅子に鎮座したままこちらを振り返らない男の背中を見やる

元の世界に、帰れるかもしれない?そう言ったか?思わず立ち尽くす


「エステル・バゼーヌ、もう1度頼もう、座ってはくれないだろうか」


あたしは、放り投げた椅子に再び腰を落とした

この世界にきてかたずっと疑問を持ち続けた『2つの世界は連動している』という仮説

けれどそこから先に進むことができずに、いたずらに日々だけが過ぎた

帰りたいと願えば願うほどに、無為に過ぎていく毎日に苛立ちは積もるばかりだった

あの子が、あやがいなければ1人ではとても耐え切れなかっただろう

別の意味ですこぶるストレスを与えてくることは大いにあるのだが……


しかし、この男ははっきりと言った

『帰れるかもしれない』と

その可能性が僅かにでも示されるのなら………

微かに高鳴る鼓動と熱を帯びる体温を感じながら

あたしはこの会合へと臨む


まあ、もし箸にも棒にもかからない下らない話であったならば、偉そうにこの場を仕切る宮島をブン殴ってやろうかしらねー

けれど、これはちょっと時間が掛かりそうだわ、すぐに終わるだなんて完全にウソだったわけね

そう思い、ここに連れてくるために自分を騙した顔馴染みの彼女に非難の目を向ければ

両手を合わせて謝罪の仕草をしながら、軽く頭を下げている

軽くため息をつきつつ肩をすくめ、゛いまは゛ひとまず謝罪を受け入れる

あとで、たっぷりと謝ってもらわなきゃね?

2人分の夕食をオーヴェルニュ1番のレストランでいただくとしましょう

いいお酒も飲まなきゃね、あとはいくつかのお土産も持たせてもらわないと

などなど考えていれば、ようやく会合が始まった










「陛下、本日オーヴェルニュでかのギルドの大規模な会合が開かれているとのこと」

「そうか、゛例の件゛についてだろうな、おそらくは」

「はい、こちらで把握してある有力ギルドの長も集められ、計画を進めるものと思われます」

「ふむ、上手くいけば重畳、だが………」

「いまさらです。後手後手に回らざるを得なかったこちらの不手際を悔いても意味はありません」

「………わかっている。」

「計画が動き出した今、経過を監視し、失敗時の破綻による力の奔流は消し去れば良いのです」

「冒険者たちのホーム所持・居住はオーヴェルニュのみ、か」

「多少の犠牲は出ましょう。けれど、そこまでかと」

「神殿・ゲートの封鎖、帝都騎士団の派遣、畑・井戸水の破棄、身分通行証によるオーヴェルニュ立ち入り不可、その際の民の保護についてはいまだ懸案事項か……」

「住民の75%は保護が可能と試算いたします」

「100%を目指さねばならん」

「尽力いたしますが困難極まるかと」

「わかっている、だがやらねばならん」


深いため息と共に背もたれの大きな椅子に身体を預ける

この数ヶ月、日々力を増し、あちらこちらで上がる冒険者との軋轢に奔走してきた

排除論が浮かび上がってはあの男がうまいこと立ち回り、議案が先送りになってきた

そして極めつけがオーヴェルニュにおけるホーム購入だ

あれには参った、誰もが予想もしない結末にアゴが外れんばかりに驚いた


当初、500名程度とみていたあの男の集団は、仲間内での連絡所を作りたいとオーヴェルニュでのホーム購入を街の運営と管理を請け負う元老院にもちかけた

さらにどこで繋がりを作ったのか、オーヴェルニュの安全管理を行う近衛隊隊長の推薦状を持ち、住民などからもいい評判を得ているようだった

彼個人でもつ資産では小さな家を買うのがやっとといったところだったのだ

元老院は数度あげられた購入希望の申請を却下したが、街の警護にも一役買い、住民の細々とした依頼も快くこなしてくれるあの男のギルドは実に評判が良かった

元老院の中でも『あの男1人だけならばいいのではないか?』といった声が上がるようになった

なによりホーム所持は1人にだけ許せばいいのであり、他のものは出入りはできても有事の際には街から跳ね飛ばすことができるのだから

所詮小さな家では、ホーム居住の身分を仲間内に与えることはできない

職と違ってホームの身分は、そこの所有者が居住の有無を決めることができる

せいぜい、あの男と他に4~5名が居住身分を得られるだけなのだから

街の小さな家1つで事足りるのならば………と、ついには許可を出したのだ


この時、オーヴェルニュと帝都の中でただ1人、この男を危険視し僅かの権利さえも与えてはならないと警鐘を鳴らし、このまま冒険者として有益ならば放し飼いにし、不穏な動きあれば即排除すべきだと進言したのは、目の前にいる我が幼馴染にして乳兄弟で、腹心の部下であり、無二の親友たるアルフォンス・フォン・バルバストルだった


今にして思えばアルフォンスの言葉はある意味で正しかった

この男は心優しき冒険者ではなく、まさに獰猛な獅子だったのだ

数度と出されたホーム購入申請は小さな家を買いたいという内容で

金銭的にも、管理するにも、この程度の大きさが丁度いいのだと言う

元老院から購入許可が下り、その旨を伝えるために院へと出向いた際に、あの男はとはこんなやり取りがあったのだと、後伝えに聞いた


『この度は我々の連絡所を開くご許可を頂けましたこと、心より感謝いたします』

『ふむ、だいぶ揉めたのだがね。君たちのこれまでの貢献と評判によって辛うじて……といったところだよ』

『そうでしたか、皆様のお心添えあってのこと。決してお心は裏切りません』

『その言葉忘れてくれるなよ。帝都では君を危険視する人もいたが、我々の推挙と陛下のご英断で此度の結果となったのだからな』

『かしこまりました。必ずご期待に応えます』

『うむ』

『………ところで、どなた様が我々を危険視されていらっしゃったのでしょう?』

『陛下の懐刀といわれるアルフォンス・フォン・バルバストル卿だ。わしの知人から伝え聞いただけだが、だいぶ君を高く評価しているそうだぞ。危険極まるとも言ったそうだ』


そう言いながら元老院の使者は面白そうに笑っている


『そうですか、ただ必死に生きることしかできず、僅かでもこの街の方々のお役に立てればと思っているだけなのですが』

『我々はわかっておる。故にこうして許可が下りたのだからな』

『ありがとうございます』

『では、早いうちに新たな申請をおこなうが良い』

『はい。ですがずっと狙っていた家が売れてしまったのです、少し郊外になりますが古びた家屋を売ってもいいという方が見つかったので、そちらで申請したいのですが………』

『ほう、そうか。君はその家の支払いにいくら払うのかね?』

『はい、金1つと銀8つでございます』

『そうか、前の家よりも少し安いところなのだな』

『なんでも、手直しもしておらず廃墟のような有り様のようでして』

『そんなところでだいじょうぶなのか?』

『連絡所として使うだけですから、少しの庭もあるようですし、問題はありません』

『わかった。ではこれからもオーヴェルニュのために頼むぞ』

『かしこまってございます』





そうして、あの男は郊外に広がるかつて数百年前の大戦時に騎士団詰所であった、広大な敷地と数千の部屋数のある建物を所有する住民と相対していた


『ほ、ほんとうにこれを買うのかね?』

『ええ、こうして元老院からの正式な許可も出ましたので』

『た……たしかに本物の許可証だが』

『ここの値段は金250枚で間違いはありませんね?』

『あ、ああ、そうだ』

『では、あちらの荷馬車に積んでありますのでご確認を』

『ああ………』


この男は元老院からこの土地の管理を任されていたのだが、別段なにもすることはなく放置していた

金250枚でこの土地を買収した経緯から、売買の際の目安値としていただけなのだが、まさか本当に支払うものが現われるとは思いもしなかった

だがもはや必要のない土地であるし、金250枚もの予算が元老院で計上できれば大幅な施策も講じることができる

男はそれも見越して元老院は許可を出したのだろうと勝手に思い込み、数十分かけて数え終わった金貨を積み、ゆっくりと元老院にむかって荷馬車を走らせた


そこからは大変な騒ぎとなった

500名程度と把握していたはずの男の部下は1万を超えていた

そのほとんどにホーム居住の身分を与えて、どこから持ち込んだのか大量の資材を積み込んだ荷馬車がオーヴェルニュの大通りを走る

元老院が事の真相に気づき男のいる郊外の旧騎士団詰所へいってみれば、数千人の部下たちが一斉に朽ちかけていた建物の修復に所狭しと駆け回り、広大なだけでなにもなく雑草の楽園となっていた庭には新たな小屋が次々と建てられている


驚愕を通り越し、恐慌状態となった元老院はすぐさま男に詰め寄るが、なに1つとして嘘もなければ偽ることもなかった男の言動に責められる箇所はない

オーヴェルニュ元老院は帝都へと急ぎ、事の真相を俺とアルフォンスへと伝えた

正直余りの手際の良さに感心してしまったのだが、家臣の手前それも表に出せず、よくよく監視を怠らないようにと言い含め帰した

と、後ろで軽いため息が聞こえる………


『お前の進言を聞かずにいたらこのザマだな』

『結果の検証は必要ですが、過程の悔恨は無意味です』

『お前に、その宮島とかいう男と会ってきて欲しいんだが、どうか?』

『それが良いでしょう。早々に向かいます』

『頼む。良き存在であり続けられるように祈るばかりだ……』


アルフォンスは軽く一礼をし、退出していく

おそらくはこの先、帝国が進むべき道の絵図があの脳裏に描かれているのだろう

それにしても恐るべき男が現われたものだ

全てにおいて優秀だとはいわないが、海千山千の元老院の爺共を手玉に取り、なに1つの犠牲も出さずに最上の結果を手にした

冒険者がこの世界に現われた際のアヴィニヨンでの会合の報告書に、唯1人名前の記載があった男

あの時はまさか、こんな存在になるとは思いもしなかったが


彼は一体なにを求め、なにを成さんとしているのか

この世界にとって良き存在であるのか、悪しき存在であるのか

自分はこの帝都を動くことはできない

だが己の両の目よりも遥かに確かで多くのものを見通す目を持っている

それがこの宮島という男を見定めにいくのだ

故に1つの不安もないのだが、悪い方向へとことが進めば、有事の際にどれだけの民が犠牲になるのか………


望むはただ平和であることだけなのだ

親は子を思い、子は未来を思い、新たな命を紡いでゆく

マナは大気と大地を巡り、この世界にあらゆるものを育む

異世界の冒険者たちは、伝え聞くところによると不慮の事故によってここへときてしまったそうだ

彼らの多くはきっと共存と平和を望んでいるはずだと信じたい

だが、人は恐れ疑う臆病な生き物なのだ

今回の冒険者たちの取った一連の行動は、我々に大きな恐怖と疑いを持たせるに十分すぎる

事と次第、今後の成り行きによっては、この大陸の民を守るために、心ならずとも決断を迫られるだろう


椅子から立ち上がり、窓辺へと歩む

今日も変わらずに城下に広がる景色たち

父王から王位を受け継ぎ、全ての重圧を背に生きると決めたあの日から

己の覚悟と思いはなに1つ変わることはない

『全ての民を守る』

それが、唯一絶対の真理だ

彼らは果たして民であるのだろうか、彼らの真意を汲み取りたい

できるならば、それがともに歩めるものであって欲しい

だが、もし、相容れぬものであるならば………


硬く目を閉じ、大きなため息と共に天井を見上げ、そこに描かれた壁画を見る

この世界を支え、始まりの樹といわれ、マナを生む存在とされ、いまでは人が足を踏み入れることもできない場所にあるとされている、神話と伝承によって伝えられるその姿は、神々しく全てを包み込むように穏やかだ

その樹の名は『エデン』という

かつては神樹エデンは参拝者が多く訪れる場所であり、ゲートも開かれていたが800年前の大戦の始まりのときから不通となっている


そのエデンの名を戴き、この世界にあって全ての民を統べるものであるレアンドル・フォン・ベルレアン・エデンは1人執務室でつぶやく


『この世界に生きる全てのものたちにエデンの祝福が光り輝かんことを』


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