10話
10話
この世界へきて4ヶ月目を迎えて徐々に冒険者たちに変化が起きはじめている
ほとんどがレベル10未満のなか、数百名の゛先行者゛と呼ばれるモノたちが次の町へと拠点を移しつつあるらしいのだ
アヴィニヨン側との交渉により、本来ならばゲーム内のクエストで≪レベル10~で受けれるアヴィニヨン⇔オーヴェルニュ間の航行チケット入手クエスト≫が存在していたのだが、これを≪身分通行証でレベル10となった冒険者はアヴィニヨンに加えオーヴェルニュの登録も可能となる≫と、してもらえるようになったらしい
その際、航行は≪ゲート≫と呼ばれる町同士を繋ぐワープ?装置で行き来できるそうです、まじかっけー!
この交渉もあのイケメンがまとめてきたらしく、冒険者たちで構成される『ギルド』と呼ばれる集団の中でもイケメンがリーダーをしているところは最大規模を誇るようになってるらしい
奈々さんと俺は2人で生活しているので、イマイチその辺のことはよくわからないんだけどね
最大ギルドの名前は……なんだっけ?うーん……わすれた!
ちなみに色んな情報はギルドを超えた女性同士のコミュニティによって共有されています
『森の○○に生えてた○○の木の葉を煮出して作ったモノの上澄みが化粧水にいい!』とかの情報は一日も経たずに広まるのだ
あるギルドでコミュニティにいる誰かが男の冒険者に乱暴されそうになったと聞けば数十人掛かりでボコりにいく
それはもう秘密警察もビックリなほどで、どこに逃げようとどこに隠れようと必ず見つけ出して徹底的にボコられる
すでに100人以上のダメ男を検挙し、体中グルグルに縛った上で400メートル下のガケに突き落としている
『運が良ければ死にはしないんじゃないかしら?』
『下は川だもの、泳げばだいじょうぶでしょー』
『まあ、その先の滝がものすっごいけどねー!』
なんておねえさんたちの高笑いがいまも耳に残っている……
おかげでこのアヴィニヨンで女性をねらうバカな男はほとんどいないといってもいい
大手のギルドは≪女性・現地人に対する対応規則≫なんてものもあるみたい
以前は町の中を歩くだけで身の危険を感じることがあったけど、ここのところはそんなこともなく平穏に過ごせているんだよね、すごくありがたい
なーんてのんびり考え事をしていると奈々さんがこっちに向かって歩いてくる
「そろそろ起きなさい、休憩おわりよ!」
大きく、ワザとらしくため息をつきながら俺が寝っ転がる真上で腕組みする
目が笑ってない、雰囲気がこわい、声がひくい………
「もうちょっと……」
「だめ」
ダメだ、これ以上は逃げれない
覚悟を決めてノソノソと起き上がって全身でイヤイヤ感をかもし出す
ゲシッ!「いたい!!」
奈々さんが蹴った!オシリ蹴った!すねに甲冑のヤツがついてるからすごい硬いのに!
非難のまなざしを向けようと振り返って睨む!これはひどすぎる!
「なに?さっさといかないともっかいけっとばすわよ?」
「えへへ、がんばるね?」
道端に咲くたんぽぽのほうが100倍は力強いであろう、俺の心はサクサク~っと折れました
あれはサファリパークでみたライオンの目よりヤヴァイ
服従いがいの選択肢を選んだら、のど笛噛み千切られる
ダルくて眠かった身体が一気に覚醒する、魔獣と戦う恐怖なんてどこ吹く風
背後に感じる絶対強者のプレッシャーがあらゆる感覚を支配する
目の前にウネウネと動く木のナリをした魔獣が現れる
「でた!でたよ!やっつけます!」
冷や汗をかきつつ、作り笑いを顔に貼り付けながら、オーバーアクションでご主人様?飼い主?親分?とにもかくにも俺の生殺与奪の権利を握る奈々さんにやる気と頑張ってる感をアピールする
「うりゃ!」
気合一閃
術士たる俺の手が輝きを増す
魔獣はすでに俺たちに気づいているが距離があるためにこちらを窺っているようだ
いまのうちに魔法を撃ちこむのだ
手のひらから光の玉が魔獣に向かっていく
出したらすぐに次のをつくらないといけない
魔獣が向かってきたら左右に逃げる
後ろに走って逃げると別の魔獣に会っちゃうかもしれないからね
この木の魔獣は動きも遅く攻撃範囲も狭いので、術士にはうってつけの相手だ
なんとか逃げながら10回も魔法を当てたときに、やっと霧散して消えていった
「ぜー…ぜー…ぜー…」
整わない呼吸、カクカクいっている足、怖かったけど必死に頑張ったセイで涙目
でも勝った、がんばった!
そろそろ頑張りが認めてもらえるんじゃないかと奈々さんのほうをチラリと見やる
『どう……?』
目で必死に訴えかける
今日はこれで1人で3体も倒した、手伝ってもらってなら6体だ
「そうね、今日はずいぶんがんばったわね」
ずっと聞きたかったひとことがついに鬼教官の口からこぼれる
ぱああああああ っと顔に生気がもどる、やっとおわったー!!やったー!!
そんな俺をみて、にっこりと笑いながら、鬼はこう告げた
「最後に1体倒したら帰るわよ」
俺はこの後泣きながら、奈々さんへの苦情を叫びつつ、まさに足腰が立たなくなるまで闘いつづけたとさ………
「うう……うえっ………ううう」
「いつまで泣いてんのよ、うるさいわねー」
両足は一日走り続けてパンパンだし、魔獣に叩かれた左腕は動かないし、これまた魔獣にブツかってしまった左足はものすごい腫れてるし、奈々さんに蹴られたオシリも痛いし!
それよりも、なによりも、ものすごく怖かった
魔獣が向かってくるのをほんの数センチのところでギリギリかわしたりしたし、避けれなくてブツかったときは足が取れたとおもった、もう歩けないとおもった
部屋に戻ってからずっと無事に帰れた安堵感と積み重なった恐怖感で泣き続けた
「こわ……こわかった……うう」
「でもなんとかなったじゃない、最後なんてずいぶんいい動きしてたわよ?」
俺の足と腕に薬草のついた布を巻きながら奈々さんはあっけらかんとしている
最後ってなんにも覚えてないし、ていうかこれからもこれが続くのかな
この3日は毎日こんな状態なのだ、俺もう耐えれない気がする
そんなことを考えながらジッと包帯が最後に巻かれるのをみていると
「明日はやすみにしよ、身体休めて、あさってからまたがんばろ」
奈々さんが最後の包帯を巻き終えて、そういいながら立ち上がるのを思わず見上げる
そこには優しい顔をして腰に手を当てながら『しょうがないわね~』って感じの奈々さんが立っていた
状況がよくわからずに、オロオロしていると頭をくしゃくしゃとかき回される
「あんたはさ、ほんとならこういう戦ったりとか苦手で、向いてないのはわかってる。でも……」
そこまでいって言葉が途切れる
大きく息を吸い込んで、ため息をついてる
俺はわけもわからずに、ただ見上げている
するとベッドに寝ている俺の横に腰掛けてきた
俺の頭の上にはまだ手が乗ったままだ
「いまはやらなきゃ生きていけない。女の子がこの世界で生きていくのは楽なことじゃないわ」
まっすぐに奈々さんの目が俺をみている
俺も奈々さんの目をまっすぐに見返す
「この先どうなるかわからないけど、できることはやらなきゃダメよ。コミュニティもあるし薬屋のおばさんもおじさんもいい人だわ。でも、それを当たり前にしちゃダメなのよ」
「新しい町にいったら………っていうこと?」
「それもあるけど、でもそれだけじゃない。」
奈々さんは俺の頭から手を離して、そっとベッドから立ち上がって窓際へと歩を進める
なにかを考え込むような雰囲気でそのまま黙り込んでしまう
(珍しい、言葉に詰まって言い淀むなんていままでみたことないや)
なにか新しい情報でよくないことでもあったのかな?
いつも情報収集はまかせっきりだから、1人で悩ませてしまったのかもしれない
よし、俺から話を切り出してみよう、うん
「んと、なにかよくない話でも聞いちゃったの?」
俺の言葉に軽く目でリアクションをとりつつ、首を横に振る
うーん、なんだろう?
ともかくしゃべってくれるのを待つしかなくなったので、目線だけを向けながらあれこれ思案を繰り返していた
すると窓際で黙ってしまった奈々さんがおもむろに笑いながら俺のほうを向く
「ごめんごめん、こんなに深刻になることでもないんだけどねー。変な言い方するとあんた泣くからさ。言葉選んじゃって」
むう、俺が泣くだと?そんなことはない!と言えないのが悔しい……
でも、泣くってなんだろう??
奈々さんが照れくさそうに、またベッドに座ってきた
今度は俺に背を向けている、顔がみえないーー
「あたしがさ」
背を向けてるので顔はみえないけど明るい声色だ
そんなに深刻な話じゃないみたい、よかった
「あたしがさー」
「うん?」
「あたしが、死んだらあんた1人になっちゃうじゃない。だから1人でも戦えるようになってほしかった。でもちょっと無茶させすぎたわね、悪かったわー」
「まあーあたしは死ぬつもりはないから。今まで通り2人でがんばるわよ!。それと、これからは戦いのときは特訓を忘れないでもっと参加してきなさいよ?レベルだって上がりやすくなるんだから」
そういって、奈々さんはこっちを振り向いて、笑いながら俺をみる
俺はそんな奈々さんをちゃんとみることができないでいる
視界がボヤけて、視点が定まらない
頭に温かい手が乗せられる
軽いため息と一緒に言葉が紡がれる
「ほんと、あんたはすぐ泣くのね?これからもずっと一緒にがんばろう!って話をしてるのになんで泣くのよ」
そういいながら優しく何度も頭を行き来する手が、さらに涙を誘う
日も沈みかけて、窓から射す光が赤みを帯びてくる
いつもと変わらない夕日だけど、俺は今日からちょっと変わる
大好きな人と一緒にいるために、胸に溢れる想いを少しでも伝えるために
今日より明日、きっと強くなる、もっと頑張れる
感動と決意を胸に、優しい奈々さんの手にまどろんでいた俺に『泣きやむまでと思ったけどいつまで泣いてんのよ!』って、チョップされて別の意味で涙ぐませられたのはお約束というヤツだ




