↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

ダンジョンで大規模障害? それ、設備保守員の仕事です

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/13

日本各地にダンジョンが出現して、二十五年。


最初の十年くらいは大騒ぎだったらしい。


だが今では、駅前にダンジョンがあることも、その入口にコンビニと素材買取所が並んでいることも珍しくない。


そしてダンジョンがあれば、当然、設備もある。


照明。


通信中継器。


監視カメラ。


警報装置。


非常扉。


探索者が安全に潜れるように、人間があとから持ち込んだものだ。


俺の仕事は、それを点検して回ることだった。


「第三中継器、異常なし。非常灯、異常なし……っと」


端末にチェックを入れる。


今日もいつも通り。


何も起きない。


それが一番いい。


「すみませーん。そこ、通れます?」


声をかけられて振り返る。


五人組の若い探索者が、非常扉の前で待っていた。


「ああ、悪い。今、動作確認中だ。あと五分待ってくれ」


「五分?」


先頭の青年が非常扉を見る。


「開いてますよね?」


「今はな」


「じゃあ通っても――」


「開くかどうかじゃない。必要なときに閉まって、そのあとちゃんと開くかを確認してるんだ」


「あー……」


青年は仲間と顔を見合わせた。


悪気があるわけじゃない。


ただ、五分待つほどのことなのかと思っている顔だ。


俺にもその気持ちは分かる。


非常扉なんて、普段はただの壁の一部だ。


「分かりました。じゃあ迂回します」


「悪いな」


五人は別の通路へ向かった。


先頭の青年の胸元には、レベル四十七と表示された探索者証が下がっていた。


高い。


俺の三倍以上だ。


俺も探索者資格自体は持っている。


レベル十二。


新人探索者でも二十くらいまでは比較的すぐ上がるから、十二なんて戦力として数えられる数字じゃない。


設備点検で浅い階層に入るために必要だから取っただけだ。


モンスターと戦うつもりはない。


四十八歳にもなって剣を振り回す趣味もない。


「よし。正常」


非常扉の点検を終え、端末にチェックを入れる。


さて。


次は第四中継器――。


その瞬間。


天井の照明が消えた。


「……ん?」


一秒遅れて非常灯が赤く点灯する。


直後、腰につけた無線機から声が飛び出した。


『管理室より全作業員、全探索者へ。現在、七層以深との通信が途絶しています。繰り返します――』


俺は顔を上げた。


通信障害?


壁の非常灯を見る。


点灯している。


なら電源そのものは生きている。


『十四層、応答ありません!』


『十二層もです!』


『非常転送装置、作動しません!』


無線が急に騒がしくなった。


俺は端末を開く。


七層。


八層。


九層。


そこから先が全部赤い。


通信だけじゃない。


監視カメラ。


位置情報。


非常扉。


転送装置。


まとめて落ちている。


「おかしいな……」


設備は系統ごとに独立している。


しかも主系統に異常が起きれば、予備系統へ自動で切り替わる。


一つ壊れた程度で全部止まるような設計にはなっていない。


『十五層探索中のA級チームと連絡が取れません!』


さっきの五人組だ。


管理室から怒鳴り声が飛ぶ。


『ダンジョン変動の可能性は!?』


『観測値に異常ありません!』


『モンスターによる設備破壊は?』


『七層以深が同時です! あり得ません!』


俺は赤く染まった端末を見る。


七層以深。


全部。


主系統が落ちた。


それだけなら予備系統へ切り替わる。


なのに切り替わっていない。


つまり――。


「壊れたんじゃない」


無線機を取った。


「設備班、田島。管理室、聞こえるか」


『聞こえます!』


「七層の魔力変換設備を確認する」


『変換設備ですか? でも予備系統も停止しています!』


「だから確認するんだ」


『え?』


「主系統が壊れたなら、予備に切り替わる。切り替わってないってことは、制御側が主系統を正常だと思ってる可能性がある」


一瞬、無線が静かになった。


『……そんなことが?』


「分からん。だから見てくる」


工具箱を持つ。


「ダンジョンの異常じゃないかもしれない。設備側なら俺の仕事だ」


七層へ向かう階段を駆け下りる。


普段なら急ぐ場所じゃない。


設備屋が走るときは、大抵ろくなことが起きていない。


六層。


非常灯だけが赤く通路を照らしている。


七層。


ここから先は通信が死んでいる。


魔力変換室は階段から三十メートル。


扉を開ける。


焦げた臭いはしない。


火花も出ていない。


見た目だけなら、何も壊れていなかった。


「やっぱりか」


制御盤を見る。


主系統。


表示は緑。


正常。


予備系統。


待機中。


だが、その横にある機械式メーターだけが異常な値を指している。


主系統から、電力が一切流れていない。


「表示だけ生きてやがる」


ダンジョン側から瞬間的に強い魔力が流れ込み、安全装置が主系統を遮断した。


ここまでは正常だ。


問題は、その瞬間に制御装置へ異常な信号が残ったこと。


主系統は切れている。


なのに制御装置は「正常」と判定し続けている。


だから予備系統へ切り替わらない。


壊れた設備を、正常だと思って待ち続けている。


「なるほどな」


俺は端末を開いた。


似た症状を、一度だけ見たことがある。


三年前。


点検中にほんの一瞬だけ、主系統の表示と実測値が食い違った。


そのときは設備停止には至らなかった。


俺は報告書を書いた。


自動切替の判定を一系統増やした方がいい、と。


回答は――。


《再現性が確認できないため、経過観察》


まあ、そうなる。


改修には金がかかる。


一度しか起きていない異常に、全国の設備を改修する予算なんて簡単には出ない。


「三年越しで再現しなくていいんだよ」


俺は制御盤を開けた。


主系統を手動で完全遮断。


異常信号を切る。


予備系統の安全装置を確認。


手動切替。


一つずつ。


いつもやっている手順だ。


モンスターはいない。


剣も魔法も必要ない。


必要なのは、間違えないことだけ。


最後のレバーを倒す。


低い駆動音が響いた。


廊下の照明が、一斉に点灯した。


腰の無線機が爆発したように騒ぎ出す。


『復旧しました!』


『十四層、通信回復!』


『十二層も回復!』


『十五層A級チーム、応答あり! 全員生存確認!』


『非常転送装置、正常です!』


俺は制御盤にもたれた。


「……よし」


それだけ言った。


     ◇


地上へ戻ったころには、日が暮れていた。


十五層にいた探索者たちも全員戻っている。


もちろん、あの五人も。


「田島さん!」


レベル四十七の青年が走ってきた。


「ああ。無事だったか」


「はい。ありがとうございました!」


「ああ」


「田島さんが設備を復旧してくれたんですよね。俺たち、あのままだったら――」


「俺だけじゃない。管理室も動いてくれてた」


「でも、原因を見つけたのは田島さんですよね?」


「まあ、それは俺だな」


青年は俺の胸元を見る。


業務用の探索者証。


そこに表示された数字を見て、目を丸くした。


「……レベル十二?」


「ああ」


「十二!?」


後ろの仲間たちもこちらを見る。


「俺、四十七ですよ」


「見れば分かる」


「なのに俺たち、何もできませんでした」


「そりゃそうだろ」


俺は工具箱を持ち直した。


「俺だって十五層のモンスターが出てきたら何もできん」


青年が黙る。


「仕事が違うんだよ」


探索者はモンスターを倒す。


俺は設備を直す。


今日はたまたま、壊れたのが設備だった。


それだけだ。


「……ありがとうございました」


今度は五人全員が頭を下げた。


悪い気はしなかった。


「もういいよ。帰って休め」


俺も帰ろう。


今日はさすがに疲れた。


そう思ったところで、無線が鳴った。


『田島さん。管理室までお願いします』


「まだ何かあるのか?」


『本部から連絡です』


嫌な予感しかしない。


     ◇


翌朝。


俺はいつものようにダンジョンへ来ていた。


昨日の事故については、朝からニュースになっているらしい。


俺は見ていない。


それより点検だ。


予備系統で動かしている以上、主系統の復旧が終わるまで気は抜けない。


端末を開くと、一通の社内通知が届いていた。


《緊急設備改修計画について》


開く。


昨日の障害原因。


再発防止策。


全国の同型設備について、自動切替判定を二重化。


順次改修。


その下に、見覚えのある資料番号が書かれていた。


三年前。


俺が提出した改善提案書だった。


「……今さらかよ」


思わず笑った。


採用。


正式に、そう書いてある。


さらに下。


《本障害における現場判断および迅速な復旧対応について、設備管理本部より表彰を――》


そこまで読んで閉じた。


表彰はあとでいい。


仕事がある。


昨日と同じ非常扉へ向かう。


ちょうど数人の探索者がやってきた。


「あ、点検中ですか?」


「あと五分」


昨日なら、少し嫌な顔をされたかもしれない。


だが若い探索者はすぐに足を止めた。


「分かりました。待ちます」


その後ろから声がした。


「待っとけ」


昨日のレベル四十七だった。


今日は別の装備を背負っている。


仲間に向かって、非常扉を指さす。


「あの人たちが点検してくれてるから、俺たちは潜れるんだ」


俺の手が一瞬止まった。


聞こえてるぞ。


恥ずかしいからやめろ。


「田島さん、おはようございます!」


「……おう」


俺は非常扉の動作を確認する。


閉鎖。


正常。


再開放。


正常。


端末にチェックを入れた。


「点検終了。もういいぞ」


「ありがとうございます!」


探索者たちが奥へ走っていく。


二十五年間、ダンジョンには大勢の探索者が潜ってきた。


その足元にある照明も、非常扉も、通信機も。


動いていて当たり前。


誰も気にしない。


それでいいと思っていた。


俺は次の点検項目を開く。


今日もいつも通り。


何も起きない。


今なら少しだけ、胸を張って言える。


それが、俺たちの成果だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。