ダンジョンで大規模障害? それ、設備保守員の仕事です
日本各地にダンジョンが出現して、二十五年。
最初の十年くらいは大騒ぎだったらしい。
だが今では、駅前にダンジョンがあることも、その入口にコンビニと素材買取所が並んでいることも珍しくない。
そしてダンジョンがあれば、当然、設備もある。
照明。
通信中継器。
監視カメラ。
警報装置。
非常扉。
探索者が安全に潜れるように、人間があとから持ち込んだものだ。
俺の仕事は、それを点検して回ることだった。
「第三中継器、異常なし。非常灯、異常なし……っと」
端末にチェックを入れる。
今日もいつも通り。
何も起きない。
それが一番いい。
「すみませーん。そこ、通れます?」
声をかけられて振り返る。
五人組の若い探索者が、非常扉の前で待っていた。
「ああ、悪い。今、動作確認中だ。あと五分待ってくれ」
「五分?」
先頭の青年が非常扉を見る。
「開いてますよね?」
「今はな」
「じゃあ通っても――」
「開くかどうかじゃない。必要なときに閉まって、そのあとちゃんと開くかを確認してるんだ」
「あー……」
青年は仲間と顔を見合わせた。
悪気があるわけじゃない。
ただ、五分待つほどのことなのかと思っている顔だ。
俺にもその気持ちは分かる。
非常扉なんて、普段はただの壁の一部だ。
「分かりました。じゃあ迂回します」
「悪いな」
五人は別の通路へ向かった。
先頭の青年の胸元には、レベル四十七と表示された探索者証が下がっていた。
高い。
俺の三倍以上だ。
俺も探索者資格自体は持っている。
レベル十二。
新人探索者でも二十くらいまでは比較的すぐ上がるから、十二なんて戦力として数えられる数字じゃない。
設備点検で浅い階層に入るために必要だから取っただけだ。
モンスターと戦うつもりはない。
四十八歳にもなって剣を振り回す趣味もない。
「よし。正常」
非常扉の点検を終え、端末にチェックを入れる。
さて。
次は第四中継器――。
その瞬間。
天井の照明が消えた。
「……ん?」
一秒遅れて非常灯が赤く点灯する。
直後、腰につけた無線機から声が飛び出した。
『管理室より全作業員、全探索者へ。現在、七層以深との通信が途絶しています。繰り返します――』
俺は顔を上げた。
通信障害?
壁の非常灯を見る。
点灯している。
なら電源そのものは生きている。
『十四層、応答ありません!』
『十二層もです!』
『非常転送装置、作動しません!』
無線が急に騒がしくなった。
俺は端末を開く。
七層。
八層。
九層。
そこから先が全部赤い。
通信だけじゃない。
監視カメラ。
位置情報。
非常扉。
転送装置。
まとめて落ちている。
「おかしいな……」
設備は系統ごとに独立している。
しかも主系統に異常が起きれば、予備系統へ自動で切り替わる。
一つ壊れた程度で全部止まるような設計にはなっていない。
『十五層探索中のA級チームと連絡が取れません!』
さっきの五人組だ。
管理室から怒鳴り声が飛ぶ。
『ダンジョン変動の可能性は!?』
『観測値に異常ありません!』
『モンスターによる設備破壊は?』
『七層以深が同時です! あり得ません!』
俺は赤く染まった端末を見る。
七層以深。
全部。
主系統が落ちた。
それだけなら予備系統へ切り替わる。
なのに切り替わっていない。
つまり――。
「壊れたんじゃない」
無線機を取った。
「設備班、田島。管理室、聞こえるか」
『聞こえます!』
「七層の魔力変換設備を確認する」
『変換設備ですか? でも予備系統も停止しています!』
「だから確認するんだ」
『え?』
「主系統が壊れたなら、予備に切り替わる。切り替わってないってことは、制御側が主系統を正常だと思ってる可能性がある」
一瞬、無線が静かになった。
『……そんなことが?』
「分からん。だから見てくる」
工具箱を持つ。
「ダンジョンの異常じゃないかもしれない。設備側なら俺の仕事だ」
七層へ向かう階段を駆け下りる。
普段なら急ぐ場所じゃない。
設備屋が走るときは、大抵ろくなことが起きていない。
六層。
非常灯だけが赤く通路を照らしている。
七層。
ここから先は通信が死んでいる。
魔力変換室は階段から三十メートル。
扉を開ける。
焦げた臭いはしない。
火花も出ていない。
見た目だけなら、何も壊れていなかった。
「やっぱりか」
制御盤を見る。
主系統。
表示は緑。
正常。
予備系統。
待機中。
だが、その横にある機械式メーターだけが異常な値を指している。
主系統から、電力が一切流れていない。
「表示だけ生きてやがる」
ダンジョン側から瞬間的に強い魔力が流れ込み、安全装置が主系統を遮断した。
ここまでは正常だ。
問題は、その瞬間に制御装置へ異常な信号が残ったこと。
主系統は切れている。
なのに制御装置は「正常」と判定し続けている。
だから予備系統へ切り替わらない。
壊れた設備を、正常だと思って待ち続けている。
「なるほどな」
俺は端末を開いた。
似た症状を、一度だけ見たことがある。
三年前。
点検中にほんの一瞬だけ、主系統の表示と実測値が食い違った。
そのときは設備停止には至らなかった。
俺は報告書を書いた。
自動切替の判定を一系統増やした方がいい、と。
回答は――。
《再現性が確認できないため、経過観察》
まあ、そうなる。
改修には金がかかる。
一度しか起きていない異常に、全国の設備を改修する予算なんて簡単には出ない。
「三年越しで再現しなくていいんだよ」
俺は制御盤を開けた。
主系統を手動で完全遮断。
異常信号を切る。
予備系統の安全装置を確認。
手動切替。
一つずつ。
いつもやっている手順だ。
モンスターはいない。
剣も魔法も必要ない。
必要なのは、間違えないことだけ。
最後のレバーを倒す。
低い駆動音が響いた。
廊下の照明が、一斉に点灯した。
腰の無線機が爆発したように騒ぎ出す。
『復旧しました!』
『十四層、通信回復!』
『十二層も回復!』
『十五層A級チーム、応答あり! 全員生存確認!』
『非常転送装置、正常です!』
俺は制御盤にもたれた。
「……よし」
それだけ言った。
◇
地上へ戻ったころには、日が暮れていた。
十五層にいた探索者たちも全員戻っている。
もちろん、あの五人も。
「田島さん!」
レベル四十七の青年が走ってきた。
「ああ。無事だったか」
「はい。ありがとうございました!」
「ああ」
「田島さんが設備を復旧してくれたんですよね。俺たち、あのままだったら――」
「俺だけじゃない。管理室も動いてくれてた」
「でも、原因を見つけたのは田島さんですよね?」
「まあ、それは俺だな」
青年は俺の胸元を見る。
業務用の探索者証。
そこに表示された数字を見て、目を丸くした。
「……レベル十二?」
「ああ」
「十二!?」
後ろの仲間たちもこちらを見る。
「俺、四十七ですよ」
「見れば分かる」
「なのに俺たち、何もできませんでした」
「そりゃそうだろ」
俺は工具箱を持ち直した。
「俺だって十五層のモンスターが出てきたら何もできん」
青年が黙る。
「仕事が違うんだよ」
探索者はモンスターを倒す。
俺は設備を直す。
今日はたまたま、壊れたのが設備だった。
それだけだ。
「……ありがとうございました」
今度は五人全員が頭を下げた。
悪い気はしなかった。
「もういいよ。帰って休め」
俺も帰ろう。
今日はさすがに疲れた。
そう思ったところで、無線が鳴った。
『田島さん。管理室までお願いします』
「まだ何かあるのか?」
『本部から連絡です』
嫌な予感しかしない。
◇
翌朝。
俺はいつものようにダンジョンへ来ていた。
昨日の事故については、朝からニュースになっているらしい。
俺は見ていない。
それより点検だ。
予備系統で動かしている以上、主系統の復旧が終わるまで気は抜けない。
端末を開くと、一通の社内通知が届いていた。
《緊急設備改修計画について》
開く。
昨日の障害原因。
再発防止策。
全国の同型設備について、自動切替判定を二重化。
順次改修。
その下に、見覚えのある資料番号が書かれていた。
三年前。
俺が提出した改善提案書だった。
「……今さらかよ」
思わず笑った。
採用。
正式に、そう書いてある。
さらに下。
《本障害における現場判断および迅速な復旧対応について、設備管理本部より表彰を――》
そこまで読んで閉じた。
表彰はあとでいい。
仕事がある。
昨日と同じ非常扉へ向かう。
ちょうど数人の探索者がやってきた。
「あ、点検中ですか?」
「あと五分」
昨日なら、少し嫌な顔をされたかもしれない。
だが若い探索者はすぐに足を止めた。
「分かりました。待ちます」
その後ろから声がした。
「待っとけ」
昨日のレベル四十七だった。
今日は別の装備を背負っている。
仲間に向かって、非常扉を指さす。
「あの人たちが点検してくれてるから、俺たちは潜れるんだ」
俺の手が一瞬止まった。
聞こえてるぞ。
恥ずかしいからやめろ。
「田島さん、おはようございます!」
「……おう」
俺は非常扉の動作を確認する。
閉鎖。
正常。
再開放。
正常。
端末にチェックを入れた。
「点検終了。もういいぞ」
「ありがとうございます!」
探索者たちが奥へ走っていく。
二十五年間、ダンジョンには大勢の探索者が潜ってきた。
その足元にある照明も、非常扉も、通信機も。
動いていて当たり前。
誰も気にしない。
それでいいと思っていた。
俺は次の点検項目を開く。
今日もいつも通り。
何も起きない。
今なら少しだけ、胸を張って言える。
それが、俺たちの成果だ。




