契約上の恩返し
本作は、「もしも現代のシビアな契約社会に『鶴の恩返し』が紛れ込んだら?」という着想から生まれたショートショートです。シュールな結末をお楽しみいただければ幸いです。
タナカ氏は、道ばたで弱っていた一羽の鶴を助けた。
するとその夜、見目麗しい娘が彼の家を訪れた。娘は「恩返しをしたい」と言い、奥の部屋に籠もって機を織り始めた。
数日後、彼女が差し出した布は、この世のものとは思えないほど美しかった。タナカ氏がそれを高く売って贅沢をしようと画策していると、彼女は一通の分厚い書類を差し出した。
「お受け取りいただく前に、こちらに署名を。私は『全宇宙恩返し振興会』から派遣された公式な鶴ですので」
タナカ氏は、美しい娘に見とれながら、ろくに読みもせず判を押した。
それからというもの、彼女は次々と見事な布を織り上げた。タナカ氏は有頂天だった。これで一生遊んで暮らせる。しかし、どうしても気にかかることがあった。
「いったい、どうやってあの布を織っているんだろう」
ある夜、彼はついに禁を破って部屋を覗いた。
そこにいたのは、自分の羽を抜いて機械にセットしている、痛々しい姿の鶴ではなかった。
最新鋭のホログラム投影機を頭につけた、事務作業ロボットだった。ロボットはタナカ氏の視線に気づくと、カチリと音を立てて動作を止めた。
『規約第十八条・第三項「秘匿義務」への違反を確認。救済措置を即時停止します』
娘の姿をしていたホログラムが消え、ドライな合成音声が部屋に響いた。
次の瞬間、タナカ氏のスマートフォンに通知が届いた。恩返し期間中に彼が享受した「住居費」「食費」「娘のレンタル料」、そして「感動指数への加算手数料」が、違約金と共に彼の銀行口座から一円残らず引き落とされたのだ。
「そんな、ひどすぎる!」
タナカ氏の叫びを無視し、ロボットは事務的に告げた。
『ご利用ありがとうございました。当振興会は、あなたの親切心を適切に時価換算いたしました』
ロボットは窓から飛び去っていった。
静まり返った部屋に、タナカ氏と、あの「世界一美しい布」だけが残された。
彼は慌てて布を抱え、質屋へ走った。これさえ売れば、少なくとも借金は返せる。
しかし、鑑定士は布を一目見るなり、首を横に振った。
「これは預かれませんな。この布の繊維には、マイクロ文字でびっしりと『転売禁止・著作権は振興会に帰属する』という契約条項が織り込まれています。もし売れば、あなたはさらに一生かかっても払えない賠償金を請求されますよ」
タナカ氏は、手元に残った眩いほど美しい布と、山のような契約書を見比べ、深いため息をついた。
布はあまりに美しく、見ているだけで心が洗われるようだったが、空腹を紛らわす役には立ちそうもなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
昔話の「情」が、すべて「デジタルな規約」に置き換わってしまったら……という皮肉を込めて執筆しました。タナカ氏の手元に残った「世界一美しい布」の使い道を想像しながら、楽しんでいただければと思います。
感想や評価をいただけると、鶴(あるいは公社のロボット)が泣いて喜びます。




