表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白神村  作者: パンチョス池田
12/12

011

宮前一家と別れ、俺は再び霧の中を歩き出した。


霧は相変わらず濃く、視界を奪う。


昼間のはずなのに、太陽の光がほとんど届かないせいで、どこか薄暗い。


(時間の流れが違う、か……)


美咲の言葉を思い返す。


あの村人たちは、冗談を言っているようには見えなかった。


特に美咲は、何かを伝えようとしていた。


ただ、明確なことは言わず、「気づかないうちにズレることがある」とだけ——


(少なくとも、普通の田舎じゃなさそうだな)


俺は道の先を見やる。


このまま村を奥へ進むか、それとも一度引き返すか——


そんなことを考えていると、ふと、近くの家の軒先に人影が見えた。


木造の古びた家。


壁は黒ずみ、屋根の一部は崩れかけている。


その縁側に、一人の男が座っていた。


50代半ばくらいか。


細身で、髪はボサボサ。


肌は浅黒く、無精ひげが伸びている。


着ている作業着は泥だらけで、長年洗っていないように見えた。


男はゆっくりと煙草をくゆらせながら、ぼんやりと俺を見ている。


「よそ者か?」


くぐもった低い声。


「ああ、ちょっと散策してるだけです」


「ほぉ……」


男は煙を吐き、ゆっくりと立ち上がる。


そして、俺の方へ近づいてきた。


「観光か?」


「まぁ、そんなところです」


「変わってるな」


男は俺の顔をじっと見つめる。


その目は、宮前義男のものとは違った。


義男は「よそ者」を慎重に観察する目をしていたが、この男の視線にはもっと別の……


何かを探るような、もしくは「試すような」鋭さがあった。


「お前……時計持ってるか?」


唐突な質問。


「時計?」


「そうだ」


俺は左手の腕時計をちらりと見る。


デジタル表示は、14:27を示していた。


「持ってますけど」


「ちゃんと動いてるか?」


「今のところは」


男は目を細めた。


「……ならいい」


「どういう意味です?」


「気にするな」


そう言って、男はまた煙草をくわえる。


そして、俺を一瞥すると、口の端をわずかに歪めた。


「お前、どのくらいいるつもりだ?」


「さあ……気が済んだら帰ります」


「……そうか」


男は短く笑い、煙を吐いた。


「——帰れなくなるな」


「……」


「もし、お前がまだ“ここ”にいることに違和感を覚えたら、その時は時計を見ろ」


俺は腕時計をもう一度見る。


針は、さっきと同じように14:27を指していた。


一秒ずつ、確かに動いている。


「どういうことです?」


「……気にするな」


男はそれ以上何も言わず、煙草をもみ消した。


「悪いことは言わん。長居はするなよ」


そう言い残し、男は霧の中へと消えていった。


俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。


「時間がズレる」


「時計を見ろ」


「帰れなくなる」


宮前美咲が言ったことと、この男の言葉が重なる。


そして——


俺の腕時計の秒針が、一瞬、ぴたりと止まったように見えた。


(……気のせいか?)


俺は軽く息を吐き、歩き出した。


この村、やはり普通じゃない。


もう少し確かめる必要がありそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ