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静かな季節

作者: リウクス

作中で二人が見ている動画が気になる方は、

“Mr. Bubz”

“Jazz for Cows”

で検索。

 夏休み。

 冷房をつけた適度に涼しい部屋で、俺と幼馴染のなぎは何をするでもなく、だらだらとした時間を過ごしていた。

 俺はベッドに寝転がって、凪は座椅子に座っている。


「……ふっ……ふふふ」


 彼女がスマホを見ながら笑い声を漏らす。

 気になった俺は体を起こして画面を覗くと、動物のミーム動画が映っていた。

 チワワとジャックラッセルのミックスみたいな犬が、絶妙に気の抜けた表情で飼い主に威嚇している動画だ。

 笑いどころを説明しろと言われると難しいけど、不思議と癖になるタイプのやつ。


「……ふー。…………ふっふふ」


 一旦見終わって落ち着いたと思ったら、次の動画を見て彼女はまた控えめに吹き出した。

 なんとなく気になった俺は、自分のスマホでも動物系おもしろ動画を検索し始めた。

 そして——


「………………ふっ」


 俺が辿り着いたのは、牧場の牛たちに中年の男たちがジャズを演奏する動画だった。

 腹が捩れるような笑いというよりかは、内容があまりに平和すぎて思わず呆れて笑ってしまったという感じだ。


 無為に時間を消費している俺たちは、どこかの誰かが無意に時間を消費して作った動画を見ていた。

 そういう薄らとした悦楽の続く時間が、夏休みという期間なのかもしれない。


「ねえ、何見てんの」


 凪が振り返って俺に問いかける。


「牛にジャズ聴かせる動画」

「何それ」


 半歩跳ねたような声音でそういうと、彼女は俺のスマホを覗き込んだ。

 俺は動画を巻き戻して最初から再生する。


「…………」


 朗らかに弾むような管楽器の音色が部屋の隅に響いていく。時折低く唸るような牛の鳴き声を交えて。


「…………どう」

「……なんか、好きかも」

「でしょ」

「うん」


 最後に奏者に向かって外野から「ブラボー」と声がかけられて動画は終わった。


 スマホから何も聞こえなくなると、冷房の風が頭上を這う音と、揺れる風鈴のひんやりとした音色が部屋の中に流れているのを感じた。


「……なんか、静かでいいよな」

「そう? 外で蝉ぎゃんぎゃん鳴いてるけど」

「ぎゃんぎゃんってか、みんみんでは」

「ぎゃんぎゃんの方がうるさい感じするでしょ」

「まあ、わからんでもないけど」


 確かに、窓を閉め切っていても、蝉の鳴き声は無遠慮にそれを貫通している。

 だけど、そんなことも含めて、俺はなぜだか、この瞬間をとても静かだと思った。

 それこそ、呆れて笑ってしまうくらいに。


「……ねー」

「んー?」

「暇だねー」

「だなー」


 凪が座椅子の背もたれを倒して横になる。

 しばらくここから動くつもりはないらしい。


「……宿題は?」

「まだよくない?」

「だよな」


 冷房と、風鈴と、蝉と、気怠げな会話が、心地いい。

 今年も、来年も、その先も、そんな夏が来ればいいと思う。


「そういやさ——」


 そして、俺はまた彼女とくだらない動画を見て、取るに足らない静かな笑みを浮かべるのだった。

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