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22. リンネ

 騎士が伝言を持って、地下通路を急いできた。受け取ったアルマン卿は小さな紙を広げて顔を顰め、ため息をついてから私たちの方へ向き直る。


「王子二人が城へ戻っていると大臣連中にバレたようです」


 あーあ、と双子の嘆きがユニゾンする。


「幸か不幸か、シェールビア様がいることには気付かれていないようなのですが……」


 アルマン卿の言葉の歯切れが悪い。ほんとに幸か不幸かわかんないね、とリンネが苦笑いした。


「僕だけってわけにはいかない?」


 ラウリオが横目でティーリオを見ながら言った。ティーリオの眉間には思いきり皺が寄っている。


「お二人ともご参加いただかないと納得しないだろうと」


 なぜだかわからないが、申し訳ない、とアルマン卿が頭を下げる。


「アルマン卿のせいじゃないですよ、臣下を一喝できない父上のせいなんだから」


 ラウリオが言って、ティーリオも嫌そうながら頷いた。ビア、とそのまま不機嫌そうな声で呼ばれたので見上げると、ティーリオはきゅっと眉を顰めた。さっき離したばかりの手を取って引き寄せられ、肩口に頭を乗せられたので、黒髪がさらさら首筋をくすぐる。


「行きたくない」


 小声で急に子供っぽい駄々をこねるので、可愛くなって笑ってしまった。


「私は大丈夫ですよ」

「俺が大丈夫じゃない」


 困ってラウリオの方を見たが、微笑ましく見守られてしまった。助ける気はないようだ。


「急だからそんなに規模は大きくないだろうけど、晩餐会と舞踏会があるんだ」


 晩餐会と舞踏会、と聞いて私にしがみつく腕の力が強くなり、見ていたラウリオがこらこらと嗜めた。


「ティール、義姉さんが潰れちゃうよ。僕らは国境へ出ていることが多くてほとんど宮廷行事に出ないし、母上はずっと離宮だし、滅多に宮廷でお嬢様方の着飾るような行事さえないでしょう。大臣連中はなんとか機会を作って、娘を宮中に売り込みたくて仕方がないんだよ。……君を国境に帯同したって情報を流すのが遅れてね、結婚早々逃げ出したって噂を打ち消せなかったもんだから、ティールはただでさえ嫌な社交行事で口説かれまくるのを嫌がってるってわけ」


 ティーリオは私の肩に顔を埋めたまま、ぎゅうとまた抱きしめる力を強くした。肯定なのだろう。大きくて強くて美しい人なのに、どうしようもなくかわいいと思ってしまう。


「ちゃんと待っていますから」


 ね、と囁くと、ようやく小さく頷きが返ってきた。




 そのままでは出られませんから大急ぎで支度ですよとアルマン卿に急き立てられ、双子は階段を昇って行ってしまった。三人の背中を見送ると、リンネはうーんと思い切り伸びをした。


「ああ、これで思いっきり君と話せるね。メインキャラ相手の会話には結構制限があるんだよ、無理に話そうとすると言葉が文字通り喉で詰まって結構苦しいの」


 全知全能の竜も楽じゃない、とリンネは顔を顰めた。


「軍の維持にはお金がかかるし、国境地帯はずっと不安定だろ。王は大臣連中に頭が上がらないんだ。アネト王妃はずっと離宮なのに、後釜を狙って令嬢たちを送り込んでも愛人を作る気配もない。王子たちも年頃になってからはほとんど王城にいないしさ」


「イリシャ公国への建前だってあるでしょうに、臣下のくせに厚かましくはないですか」


 そうだよねえ、とリンネは笑う。


「そうなんだけど、王の伴侶はアルマン卿だからね。気にすることないのに、二人ともそれを引け目に感じちゃってるみたいでさ」


 三秒ほど理解に時間が要った。


「え?」


 目がまんまるだよとリンネは笑った。


「そっか、公式設定に出てないもんな」


「え?」


「王がまだ若い頃、アネト様と結婚される前だ。イリシャ公国から遊学に来ていたアルマン卿が、御前試合で勝ち上がった。まだ王子だった今の王、ラーヘンは剣を握るにはあまりに気が優しかったし、お世辞にも強くはなかったけれど、父王が勝者とラーヘン王子の手合わせを望んだんだ。相性を見て王子の剣技の師匠にしようと思ってね」


 リンネは私に腕を差し出した。エスコートしてくれるらしいが、どこへ向かうのだろう。


「二人の手合わせの時には僕も観に行った。令嬢たちが観戦に詰めかけていて、そりゃあうるさ……賑やかだったよ。けれど、二人が向かい合って視線が交わって、空気が変わった」


 リンネは聖水の池を通り過ぎ、滝のすぐ傍に開いた脇道へと入った。リンネにはカンテラが要らないらしい。彼自身が発光しているわけではないのに、彼の周りは不思議と充分に明るいのだ。


「ラーヘンとアルマンの剣が数度打ち合う間に、観客は静まり返っていた。上手いとかそういう次元じゃなかったんだよ。皆、御前試合だってことも忘れてた。それほど美しい剣舞だったんだ。打ち合う剣が共鳴して喜びを歌っていた」


 リンネは私を振り返って笑った。


「指輪じゃなくても歌うよ。魂の伴侶を結びつける仕事は、魔道具ならみんなやりたいはずだ」


「王とアルマン卿は愛しあっておられる、ということ?」


「思いあってはいるけど、君の思うような形じゃないかもね」


 はぐらかされたような気がする。ふと気付けば、私たちは更に地下へと向かう階段を降りているところだった。


「どこへ行くの?」


 うーん、とリンネは考え込んだフリをして黙り込み、そのまま階段を降り続けた。


「ねえってば」


「王子たちにも言えない話をしたいんだ、ネタバレどころじゃないやつ。そのために見せたいものがあってさ」


 リンネはそう言って、悲しげに笑った。




 階段はまっすぐに、深く深く降りていく。


「帰りが大変そうだわ」


「帰りは魔法を使うから大丈夫。簡単に降りられないように防御魔法をかけてあるせいで、行きはズルできないんだ」


 気付けば足元の階段も頭上のトンネルも、岩を切り出しただけの荒い作りに変わっている。滝の裏へ入った時には階段は化粧石で舗装されていたし、トンネルの天井も美しく半円に整えられていたはずだ。


 黙り込んでしまったリンネについていくと、やがてまた天井の高い広間に辿り着く。階段は広間の入り口でぷつんと途切れていて、立ち止まったリンネが空いた手を掲げると、空間自身が淡く輝いて明るくなった。


 私は言葉を失った。


 輝いていたのは真っ白な竜だ。丸くなって眠る姿のまま、広間を満たす水に身体の半分を浸している。じっと見つめていても、竜は微動だにしない。腹の上にのせた鼻先は水に浸かっていて、呼吸ができるはずもなかった。


「もうこの身体には戻れない。いつのまにか石になってしまったから。……王族はここに僕の本体が眠っていることを知ってるけど、竜がもう二度と目覚めないことは知らないよ」


 リンネは自分の身体を見上げて静かに言った。


「神話によるとね、この世界は混沌から二匹の竜が生まれたことから始まったんだそうだ」


「二匹の」


「魔王はね、元々(リンネ)の双子の兄弟なんだ。僕は彼がどんな存在で、どうして魔王になったかが理解できる。だから、転生した僕は魔王を救いたいと思ったし、……必ず彼を救うって決めた」


 僕が転生する前のリンネも望んでくれると思う、と彼は微笑んだ。私はその横顔をぽかんと見上げて、目から鱗が落ちたような気がした。


「シェールビアだってきっと、幸せになりたかったわよね」


 そうだね、とリンネは頷いた。


「ひどいよね、生存ルートが一つもないなんて」


 私はリンネを見つめた。


「リンネってシナリオライターか何かだったの?」


 まさか、とリンネは笑う。


「それだったらなんとなく理解できるのにね。物語世界がこんなひっどいストーリーを書いた張本人に復讐しつつ修正を図らせる、みたいなさ。……僕は確かに制作会社で働いてたけど、しがないバイトの事務員だよ」


 話すと長いんだと言うから、じゃあいいですと返すと、リンネは笑った。


「そういう時はどういうこと?って聞くんだよ」


「転生に理由があるわけじゃなさそうってことがわかっただけでも充分だわ」


 もうおなかいっぱい、情報過多よと私がこぼすと、リンネはほんとにね、と神妙に頷いてくれた。


「聞いてくれてありがとう、ビア」


 その時リンネの話を聞いてあげなかったことを、私はずっと後悔することになるなんて、思いもしなかったのだ。

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