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21. 答え合わせ

「オレアンドのお嬢さん、ようこそ王都の地下へ。僕はリンネ」


 ほっそりした手を差し出されて、私がその手を取ろうとした時、ばちんと音がして刺激があった。


「いっっった!静電気!」


 目の前の美しいひとがそう言って痛む手をぱっと振ったとき、言葉を失った私は目をまんまるにしていたと思う。そんな私の様子を気にするふうでもなく、ごめんねえ、とリンネは笑っている。


 この世界には電気という概念がない。自然現象としては存在するし、雷を操る魔法もあるが、電気をエネルギーとしては認識していない。魔力というエネルギーが効率的で万能なので、研究されてもいないだろう。


「そろそろあれ、解放してあげようか」


 リンネがぱちんと指を鳴らすと、膨れっ面の双子と苦笑いしている騎士がようやくこちらへやってきた。


「心配なのはわかるけど、お前たちのは過保護って言うんだよ」

「オレアンドの一族に浄化魔法は毒でしょう」


 ティーリオが私とリンネの間に割り込むと、リンネは愉快そうに私へ目配せを寄越してから、背の高いティーリオを見上げて揶揄うように笑った。


「それなら彼女の手を離さないことだ、ティーリオ」


 ティーリオが言い訳をする前に、リンネはさて、と軽く首を傾げて微笑み、私に向き直った。


「どこから話そうか」


 そもそもここへ来たのは、私が魔獣の寄せ集めみたいな姿になったことと『オレアンドの呪い』の関係、大規模な浄化魔法を意図せず発動させたらしいことなどを確認するためだったはずだ。


 双子がどうしてリンネならわかると思ったのか、まだ何も聞いていない。でも、わかった気がする。


 聖水の流れるラヴァンドルの王城の地下深く、一千年の眠りにまどろんでいる者に、私はゲーム内でついぞ出会うことができなかった。けれど『隠しキャラ』が存在することは、できるだけストーリー上のネタバレを踏まないように気をつけていた私でさえ知っている。


「あなたは」


 なかなか言葉の出てこない私を、リンネは頷いて待ってくれたし、おそらく助け舟を出そうと口を開いたラウリオを、ティーリオはそっと制してくれた。


「一千年の時を超えて王国を守護する神聖竜。それから、」


 私とおなじ、と私はまともな音にすることができなかった。それでもぽたぽた雫になって落ちる言葉を、リンネはその白い指先でそっとすくいあげてくれた。


「うん、僕は君と同じ。転生者だ」


 そう言って笑うリンネの鮮やかな紫の眼が見る間に潤んで、溢れた。


「良かった、僕も自信がなかったんだ。千年以上、出会わなかったから」


 そう言って泣きながら笑うリンネを、私は思わず抱きしめた。




「つまり、リンネとビアは同じ世界から、同じように中身だけ来たってこと?」


 中身という雑な表現を認めていいかどうかためらったけれど、ラウリオの言葉に私は曖昧に頷いた。


「そんなに単純じゃないけどね。ビアは結婚式の瞬間からシェールビアとして生きてる記憶があるみたいだけど、僕はいつからリンネだったかもわからない。何千年の記憶が理屈の上では何千回分もあるんだから、ほんの数十年の記憶のほうが気のせいみたいなものさ」


 私たちはリンネに招かれて、彼の居室にやってきた。聖水の滝のある空間に面して掘削された空間で、応接用のテーブルとソファが備えられている。壁面には本棚が並び、書き物をするための小さな机もあった。


「何千回?」

「シェールビアはそうじゃないと思うよ」


 耳聡く聞き返したアルマン卿に、リンネは私の方へ上手に話を逸らして逃げてしまった。


 リンネが渡してくれたカップは温かくて、湯気からレモンのような爽やかな香りが立つ。ハーブティーの類だろう。


「君のその姿はいわゆる『オレアンドの呪い』で合ってるよ。オレアンド前公爵が死去して呪いを封じる術が壊れたところへ、魔物たちを介して闇の力が流れ込んだんだろう」


 ここまではいいね、とリンネは二人の王子が頷くのを確認した。


「オレアンド前公爵は忌まわしき運命を断ち切るため、手を尽くして来られた。それでも逃れられぬのが運命というもの」


 リンネは私を見据えた。


「必定の滅びをもたらす美しき災い。それがシェールビア・オレアンダという娘だ」


「おい」


 誰にも止める暇がなかった。ティーリオがリンネの襟首を掴み、低い声で凄んでいた。


「ティール!」


 私が叫ぶのと、アルマン卿とラウリオがリンネをティーリオから引きはがすのとが同時だった。


 私は再びリンネへ飛びかかりそうなティーリオの腕を掴んだ。ただ縋りついただけだったが、ティーリオは私を守るように苦しいほどの力で抱きしめてくれたから、一応リンネから引き離す役には立った。


 リンネはしばらく苦しそうに咳込んだが、息を整えながら大丈夫、と支える二人へ告げる声に動揺したそぶりはない。


「シェールビア、どうしてオレアンド公爵家は一人娘の君を王室へ輿入れさせるんだと思う?」


 考えたこともなかったが、確かに不自然だ。魔王を封じる一族に、直系の跡継ぎがいなくなって良いはずがない。


「魔王を封じる魔石の力が弱まってきたから、神聖竜の血が必要だったのではなかったか。そう聞いたように思うが」


 私が考え込んでいるうちにアルマン卿が言った。


「それなら王子の一人を婿養子にして公爵家を継がせる方がいいだろう」


 リンネはそう返して、私に目線を戻した。


「悲劇の発端になる私の力を魔石から遠ざけて、神聖竜の血で抑えるためね。それなら魔石はどうするつもりだったの?」


 私がそう聞くと、リンネは頷いた。


「君は魔王の力に触れただろ。どう思った?」


「どうって」


「魔力というのは生命の力、生命の歓喜だ。魔王の、闇の力はそれの対極に当たる」


 リンネが何を答えさせようとしているのかわからずに黙り込むと、アルマン卿がはっとしたように口を開いた。


「熟練すれば感情は必要ないが、魔術の初級クラスでは導入瞑想で晴れた野原で思い切り走りたくなる気持ちを感じさせることからはじめているな」


「君はその対極にあたるものに触れたはず、ってことだね」


 ラウリオが頷き、私もようやく思い当たった。


「魔王の力というか、この姿になって地獄の口を破壊した時だけれど、……悪いことが一気に蘇ってきたわ。思い出すのとは違った。死ぬほど腹が立って苦しくて悔しくて悲しくて絶望して、みたいなのが塊になって頭の中で破裂するみたいで、……それが嫌な記憶を全部いっぺんに引っ張り出すみたいなかんじ」


 上手く言えないけど、と私が言うと、リンネは大きく頷いてくれた。


「充分上手く言ってくれたと思うよ。先代のオレアンド公爵はね、魔王を封じようとしてたんじゃない。魔王を闇の力から救って、魔王も魔石も終わらせようとしていたんだ。闇の力に満たされている魔王が、世界で一番苦しんでるって」


 リンネは私たちの顔をゆっくりと見回した。


「彼の計画は上手くいきそうに見えた。だけど、あと少しのところでいつも、何もかもがおじゃんになる。君が産まれるんだ、強大な負のエネルギーを小さな身体に秘めて、絶望を纏って」


「ティーリオ。本当のことよ」


 私はティーリオの腕を掴む手に力を込めた。


「私を産んで母は死んだ。表向きは難産だったことになってるけど、本当は違うのね」


 そうでしょう、とリンネを促す。


 陰口を叩かれていたのは知っている。シェールビア・オレアンダは生まれながらの母殺しだ、と。ただ難産だったのだという父の言葉をシェールビアも信じていたけれど、それは真実でなかったのだ。


 リンネは頷いた。


「自分が産んだ娘の闇の力に、母親は耐えられなかったんだ。前公爵も手を尽くしたけれど、オレアンドの直系血族であっても瞬く間に命を奪われてしまうほど、シェールビアのエネルギーは強大だった」


「どうしてお前は他人事のように」


 私へ声を荒げたティーリオに、他人事なのよと私は苦笑してみせた。上手く笑えていたとは思えないが、ティーリオはぎゅっと眉を寄せ、私の手を握ってくれた。


「産み落とされた娘のエネルギーは血族の契約に従って全て魔石へ吸収される。君が闇の力に堕ちないのは、ある意味魔石と魔王のおかげとも言えるだろうね。けれど、その力を流し込まれた魔王は、……一度は救い出されるかに見えた彼は再び、絶望の淵へと沈んだ」


「いくらお祖父様が大魔術師でも、運命には逆らえないでしょうに」


 私が思わず呟くと、リンネは悲しげに頷いた。その運命がシナリオであることを、リンネも知っているのだろう。


「それでもオレアンド前公爵はあらゆる手立てを試した。その試行こそが彼を追い詰めたんだ、繰り返すたびに産まれてくるシェールビアのエネルギーは大きくなっていったから。……そうやってあらゆる手段の一つとして喚ばれたのが僕であり、君である。たぶん」


 少なくとも僕はそう、とリンネは一度言葉を切って、お茶のカップを手に取った。


「僕は長い間、どうしてここに来てしまったのかわからないまま運命の観察者の役割を果たしてきたけど、君に会うためだったのかもしれないね」


 リンネはそう言って微笑み、私の手を握るティーリオの体が強張るのがわかった。それでも、私の手を強く握りすぎないように気をつけてくれたのだろう。


「今度こそ望ましい結末に近づける気がするな。なんとなく気付いてるだろうけど、君の浄化と治癒の力は聖女(プレイヤー)のものだよ。その魔獣のキメラみたいな姿と破壊の力はシェールビアの肉体に属するもの、浄化と癒しは君の魂に属するもの。……ふふ、納得できない顔をしているね。さて、ここからはテストだ」


 リンネは愉快そうに双子の顔を見比べた。


「まずは基礎の基礎。浄化魔法の属性は?ラウリオ」


「光です」


 返答するラウリオの声が固いのに気付く。


「魔王の使う力は闇属性だよね。さっきも確認したけど、この二つの力は対立関係にあるのに、シェールビアの身体の中で同居できてる。変だよね?」


 ティーリオと繋いだ手のひらがじとりと汗をかいている。ちらりと見上げた顔は無表情に見えるが、こちらも緊張しているのが伺えた。


「次はヒントだよ。闇の力の影響を受けたシェールビアを、君たちは接触で楽にしてあげられるね。それはどうして?ティーリオ」


「神聖竜の子孫である王族は、闇の力に対抗できる、と」


「それは俗説だよね。具体的には?」


 ぐ、と言葉に詰まったティーリオに、リンネはにっこりと嬉しそうだ。


「はい、時間切れ!」


 バチン!と大袈裟な音がしてラウリオとティーリオが飛び上がり、ついでにティーリオと手を繋いでいた私まで痛い目に遭った。だからイヤなんだよと地面に転がったラウリオがこぼしている。


「……ビリビリ罰ゲーム?」


 バラエティ番組を好んで見るタイプでもなかったので疑問系になってしまったが、私がそう言うとリンネはぱっと表情を明るくした。


「雷撃魔法の応用なんだけど、定番でしょ?二人ともいいリアクションしてくれるんだよね」


「テレビの見過ぎですよ」


 見過ぎてた記憶も遠い彼方だよ、あーテレビ見たいな、とリンネは楽しそうに笑ってから、双子に目を戻した。


「それにしても今の不正解は心外だなあ、一番最初に教えたと思うんだけど」


 はい、とまだ転がっているラウリオが挙手して、リンネがはい、と発言許可をする。リンネがイメージしているのは早押しクイズなのだろうか。


「神聖竜の力が無属性(ニュートラル)であることと関係がありますか」


「いいとこ突くねえ、でも答えじゃないなあ。はいビリビリ〜!」


「いっっっ!」


 ふと傍らに目をやれば、アルマン卿は愉快そうにリンネが楽しそうに双子に電撃を食らわせている様子を眺めていた。彼は私の視線に気付くと、おもむろにこっそりと耳打ちしてきた。


「あれ、肩凝りに効くんですよ」


 なるほど、アルマン卿も食らったことがあるらしい。


「あーあ、楽しくなって脱線しちゃった。簡単に説明するね」


 最初からそうしろよとぼやいたティーリオは、もう一度電撃を食らう羽目になった。


「やっとたどりついた奇跡なんだ。シェールビアの身に起きてるのは」


 リンネはそう言って、くしゃりと今にも泣きそうな顔で微笑んだ。


「闇属性の体と光属性の魂を繋いでバランスをとっているのはね、無属性の愛だよ。接触だと効率がいいけれど、想いが通い合っていれば離れていてもエネルギー交換が起きるから」


 ラウリオとアルマン卿が私たちを振り返った。視線を集めた私とティーリオはお互いを見て同時に赤くなり、繋いでいた手をぱっと手を離した。


 照れなくていいのに、とリンネは声を上げて笑い、私の手を取ってもう片手で捕まえたティーリオの手を重ね、ぎゅっと握らせる。


「言ったでしょ、ティーリオ。この手を離してはいけないよ」


 あ、物理的な話じゃないよ、とリンネはティーリオをからかって笑った。

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