9 命名桃太郎
9 命名桃太郎
「これも何かの縁か……」
お爺さんはつぶやいた。
ただ、この赤ん坊はそんじょそこらの子供であるとは到底思えなかった。ひょっとしたら、神の子かも知れなかった。そんな赤ん坊を気軽にこんな貧家の養子にして良いのだろうかと、お爺さんは思い悩んだ。
また、赤ん坊の出自がどうであれ、養子にすると決めたのなら、独り立ちできるまでは、少なくとも十五の歳になるまでは面倒を見てやらねばならなかった。
(果たして、わしの寿命はそこまで持つだろうか……)
すでに還暦を二つばかり超えているお爺さんとしては、正直なところ、心元なかった。どこか他に、しかるべき養家を見つけてやる方がこの子のためになるのではないかとも思った。
お婆さんは赤ん坊を布に包んで、胸に抱いてあやしていた。赤ん坊は居心地良さそうに、いつのまにかスヤスヤ寝入っていた。
お爺さんはそのあどけない顔を眺めているうちに、どこからともなく、身の内から力が湧いてきて、後十五年ぐらいなら何とか生きられそうな気がしてきた。
「婆さん、この子をわしらの養子にしよう」
お爺さんは、その重大な決断をさらりと言った。
お婆さんもすでに心の中では、養子にすることを決めていたようだった。お爺さんのその言葉を耳にすると、顔をハッと上げて、
「うれしゅうございます」
と言って、ホッと安堵したように、涙をぬぐった。お婆さんは赤ん坊を抱きながら、ちょっとお道化て、両手でお爺さんを拝む素振りをした。
「そんな真似はやめなさい」
お爺さんは苦笑した。
「実にめでたいことであります」
とお婆さんは感に堪えないというように言った。
「ああ、全くだ」
「さて、養子にするなら、この子に名前をつけなければなりませんね」
とお婆さんは実務的なことを忘れていなかった。
「なるほど、そうだな、名前が必要だな」
とお爺さんはうかつにも、言われて初めて、そのことに気付いた。
「お爺様がつけてやって下さい」
「わしがか」
「ええ」
「ふーむ」
「良い名を考えて下され」
「うむ……」
お爺さんは子供に名前をつけるなど、初めての経験だったので、長い時間、あれこれと考え込んだ。その間、お婆さんは口を挟まず、じっと気長に待った。
やがて、お爺さんは顔を上げて、
「この子は男の子だ」
と分かり切ったことを言った。
「そうですとも」
「そして、わしたちにとっては長男にあたる。そうだな」
「おっしゃる通りです」
「だから、太郎と名付けようと思う」
「太郎ですね」
「いや、待て。太郎だけでは、平凡に過ぎる」
「はぁ」
「この子は桃から生まれた。そして、長男じゃ。だから、桃太郎と名付けたい。どうだろうか」
「桃太郎ですか。とても良い名だと存じます」
お婆さんは皺だらけの顔をほころばせた。お爺さんも、自分が考えた名前をお婆さんに気に入ってもらえて、安心した。
お婆さんは、胸に抱いている赤ん坊に向かって、
「よいか、お前は今日から桃太郎だぞ」
と語り掛けた。赤ん坊は、自分のことを言われているのだとちゃんと理解しているらしく、キャッキャッとうれしそうな声を上げた。






