8 元気な産声
8 元気な産声
お爺さんとお婆さんは、二つに割れた桃と、その中から出てきた胎児を見下ろしながら、度肝を抜かれて、しばらくの間、言葉も出なかった。
ようやくお爺さんは夢から醒めたように、
「こ、こ、これは、赤ん坊か!?」
とやっとそれだけを口走った。
「え、ええ。そのようですね。でも、何と、まあ!?」
お婆さんもびっくり仰天という様子で、目を白黒させていたが、それでも、腕を伸ばして、桃の果汁に塗れた胎児の後頭部を支えてやった。
「いやぁー、実におったまげたわい。で、それは生きているのか」
「温かいので、生きているようです」
「そうか……、ふーむ……」
お爺さんは当初の興奮がまだ冷めておらず、しきりにうなっていた。しかし、お婆さんの方はもう落ち着いていた。
「お爺様、小刀を持ってきていただけますか」
「小刀?」
「へその緒を切ってやらねばなりませんから」
「おお、そうだな」
お爺さんは勢いよく立ち上がって、部屋から出て行った。余程慌てていたのか、厨の方で、何かにぶつかったり、物を落とす音がガチャンガチャンとかまびすしく聞こえてきた。
やがて、お爺さんは小刀とありあわせの布を持って、戻ってきた。
「私がこう抑えていますので、お爺様がへその緒を切って下さい」
「この辺りを切ればよいのじゃな」
お爺さんは、桃と胎児を繋げているへその緒をスパリと切った。
その直後、胎児は顔をクシャッと歪ませた。口を二、三度パクパクしていたかと思うと、か細い泣き声を立て始めた。それはすぐにホギャア、ホギャアという耳をつんざくほどの音量になった。さらに手足をもバタバタと動かし始めた。
「おお、泣き始めたぞ」
「元気のいい赤ん坊だこと」
お爺さんとお婆さんは、生まれてきた赤ん坊が元気一杯に泣いているのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
赤ん坊の健康状態が良好であるということは喜ばしかったが、しかし、それはそれとして、桃から赤ん坊が生まてきたという摩訶不思議な現象をどう理解したらいいのか、二人にはさっぱり訳が分からなかった。
赤ん坊の泣き声が響き渡る中、お爺さんもお婆さんも、困惑気な表情を浮かべ、しきりに首をひねりながら、思い思いの見解を述べた。
「いやはや、世の中には信じられんことが起こるものよの。まさか、これは夢ではないだろうな、婆さん」
「夢ではありませんとも、お爺様」
「桃の中から赤ん坊が生まれてきたということは、つまり、桃の中に入っていたということだな……」
「そういうことになりますね」
「なぜそんなことが起こるのだろう?」
「はて……」
「桃の中に命が宿って、そのまま大きく成長したということか、やはり」
「そうなのでしょうね」
「それとも、ある程度成長した赤ん坊を誰かが桃の中に入れたのだろうか」
「いずれにせよ、これは普通の桃ではありますまい。そもそも桃にはそのような神秘的な力が秘められていそうではありませんか。この桃は、桃の中でもとりわけ特別な桃なのでしょうよ」
「特別のう」
「桃の中の種が人間の赤ん坊に変わるということはあるのでしょうか?」
「ふーむ、そういう自然の気まぐれのようなことが、時には起こるのかも知れんなぁ。しかし、わしが知る限りでは、そんな話、どの書物にも載っていなかったと思うが」
「私はそういう難しい書物の話は分かりません。けれども、私は単純に、この子は、天からの贈り物なんだという気がします。だって、私たち夫婦には子供がいなかったものですから、神様が憐れんで、恵んで下さったのでしょう。きっと、そうですよ」
「なるほどな。しかし、それならそれで、もうちょっと早く恵んで下さってもよかったがのう。わしたち二人はもう老いぼれじゃぞ」
「神様の側にも、色々とご都合があるのですよ」
二人の考えは、結局のところ、お爺さんとお婆さんに子供がいなかったので、神様が子供を恵んでくれたのだろうという結論に落ち着いた。それは安直な考え方ではあったが、一つの思考法としては、最も理に適っているとも言えた。