6 震える桃
6 震える桃
お爺さんとお婆さんは、半刻ほどの間、眠ったように身動きせずじっと並んで座っていた。
その時、桃がビクンと脈打つように震えた。
お婆さんは、それが視界に映って、ハッと目を覚ました。
(あら?私、寝ていたのかしら)
横を見ると、お爺さんはあぐらをかいて腕を組んでいた。その顔は、目は開いていたものの、眠っているかのような虚ろな様子だった。
「お爺様、寝ているのですか?」
お婆さんはお爺さんの肩を揺すって、目覚めさせた。
「おや、いかんいかん。考えごとをしている間に、いつの間にか、ウトウトと寝てしまったらしい」
とお爺さんは言って、目を擦った。
「今のを見ました?」
とお婆さんは小声で訊いた。
「何をだね」
「桃の様子がちょっとおかしいようなのです」
「どうおかしいのだ」
「さっき動いたような気がしたのですが……」
「桃が?」
「ええ、桃がビクリと震えたように見えたのです」
「はて、わしは何も気付かなかったが……。しかし、なぜ桃が動くのだ?」
お爺さんの言葉が終わらないうちに、桃は再びビクンと震えた。その振動は床を伝って二人の膝まで十分届いた。
お爺さんとお婆さんは顔を見合わせた。その現象が何を意味するかまでは分からなかったが、少なくとも、何らかの異常な事態が始まっているという事実は両者にも理解できた。二人は金縛りにあったように、その場で微動だにせず、息をひそめて、次の展開を待ち受けた。
部屋にはシーンと静寂だけが広がった。
約三十秒程経過した。また桃はビクンと震えた。今度は二人共、それをしっかりと目撃した。
「むっ」
「今、動きましたよね」
「ああ。確かに動いた。目の錯覚ではないぞ。しかし、一体どういうわけだ?桃が独りでに動くなど、そんなこと、あるはずはないではないか」
お爺さんは理屈に合わない事態に、困惑を隠しきれなかった。
一方のお婆さんは、ある一つの直感を胸に抱いていた。それは女特有の勘だった。お婆さんは、桃が震えるのを見て、そこに生命の胎動を感じていた。それを言うか言うまいか、少し迷ったが、結局は言うことにした。
「あの、お爺様」
「何だね」
「この桃は生きているのではないでしょうか」
「桃が生きているだと?」
「ええ、そうです」
「どういうことだ?」
「つまり、この桃には命が宿っているということです。私には、そう思えてならないのです」
その言葉が桃にも聞こえたかのように、桃はブルブルと大きく震えた。その動きは、桃自体が揺れるというよりも、桃の中で何者かが揺らしているといった方が正確のようだった。
お婆さんはそれを見て、桃が何かの意思を伝えようとしているに違いないと思った。
「きっと、桃の中に何かが入っているのですよ。それが暴れるから、あんな風に桃が動くのですよ」
とお婆さんはいつになく大きな声で言った。
「中に入っていると言って、何が入っているというのだ?」
お爺さんは若干の恐怖の表情を浮かべた。
「それは分かりません。でも、それが私たちにああやって合図を送って、『出してくれ、出してくれ』と伝えているのですよ、きっと」
「うーむ……」
突然そんな突拍子もないことを言われても、お爺さんはにわかには信じられなかった。しかし、桃が独りでに動く理由の説明として、筋は通っているとは思った。