5 お爺さんの帰宅
5 お爺さんの帰宅
陽が傾いてきた頃、家の外に人の足音が聞こえた。
(ようやく、お爺様が帰ってきたわ。この大きな桃を見たら、お爺様、さぞかしびっくりすることでしょうね)
とお婆さんは、それが楽しみなような、怖いような、複雑な気持ちだった。
「婆さんや、今、帰ったぞ」
お爺さんは、薪の一杯に積みあがった背負子を肩から下ろしながら、表口へ出迎えたお婆さんに言った。
「おかえりなさい、お爺様。お疲れのところを悪いのですが、見てもらいたいものがあるんですよ。こちらに来てもらえますか」
「見てもらいたいもの?なんだい、そんなに息せき切って」
「あのですね……」
「うむ?」
「ともかく、見てください」
お婆さんはお爺さんの手を取って、背中を押すように、板の間の部屋へ導いた。
「一体、どうしたというんだ?……おや、何だか甘い匂いがするようだが」
お爺さんは鼻をヒクヒクさせた。
「驚かないで下さいね」
お婆さんはそう言って、部屋の戸を引いた。そこには、あの大きな桃が鎮座していた。
「こ、これは、一体!?」
世故に長けているお爺さんも、さすがにおったまげたという様子で、その場に突っ立たまま、口をあんぐりと開けて、呆然としていた。
「まあ、ともかく、お座りください。事の経緯をお話ししますから」
お婆さんは、驚いているお爺さんを落ち着かせて、今日、川で洗濯中に桃を拾った時の話を手短にした。
「……というわけなんですよ」
「なるほど、川の上流から、こんな巨大な桃が流れてきたというわけか。ふーむ、そうか……」
お爺さんは腕組みして、深刻な顔で、しきりにうなっていた。
その様子を見ているうちに、お婆さんの方も心配になってきた。こんな桃を拾って家に持って帰るなどは、もしかして、軽率な行為だったのではないかと思えてきた。
「あのぅ、私がこの桃を拾って来たのが、いけなかったのでしょうか?」
とお婆さんは恐る恐る訊いた。お爺さんは即答せず、しばらく考えていたが、やがて、
「それはわしにも分からん。しかし、誰かが拾わなければ、海にまで流れて出て、それきりになってしまうわけだからな……」
と言って、確固とした答えを持ってはいなかった。
お爺さんはこの桃の正体について、想像を巡らせた。
このような巨大な桃が実るからには、それ相応の桃の大木がどこかに生えているはずだった。この村から百里も二百里も山奥の前人未踏の地に、それは人知れず何百年間もひっそりと存在しているのだろう。ある時、大雨が降って、その巨大な桃の実が川に落ちて、この集落まではるばると流されて来たのだろう。
仙境のような場所から流れ着いたのだとすると、お爺さんはその桃に対して、貴重という以上に、畏れの感情を抱いた。
(一連の出来事は単なる偶然なのだろうか?そこには神や仏の何らかの計らいが介在しているのではないだろうか?)
お爺さんはそんな風にも考えた。
いずれにせよ、その桃をおいそれと気軽に処分するというわけにはいかなかった。丁重には扱うのは当然としても、その始末をどうしたものかとお爺さんは思い悩んだ。
いつの間にか、桃から発散される芳香はさらに強まった。その匂いを間近で吸っているうちに、お爺さんもお婆さんも、酒に酔ったように頭が朦朧とし出した。
いつもの夕餉の時間はとっくに過ぎていたが、二人は空腹も忘れて、桃を前に横並びに座って、ぼんやりと目の前の桃を見るともなく見つめていた。