4 芳潤な香り
4 芳潤な香り
お婆さんはいつもの道を倍ほどの時間を掛けて、家に戻った。
ズッシリ重い桃をそっと板の間に置くと、一息ついて、額の汗をぬぐった。
何となく、直に置くのは気が引けたので、わざわざ藁の円座を敷いて、そこに乗せた。そして、また改めて、桃の観察を始めた。
それは巨大であるという点さえ除けば、普通の桃と同様だった。表面はつややかに張って、今にも瑞々しい果肉が弾けそうになっていた。お婆さんは、それをずっと見つめているうちに、遠近感がおかしくなって、自分や家の方が小さく縮んだかのような錯覚を感じた。
(おや、この香りは……)
先程はそれほどではなかったのに、桃は芳潤な匂いを発散していた。すでに部屋の中は、えも言われぬ香りで満たされていた。
(川から引き上げて、もう熟してきているのかしら?)
お婆さんはその芳潤な匂いを堪能しながら思った。
(しかし、こんな桃、どこから流れて来たのでしょう。川の上流の山奥のまた奥に、こんな桃を実らせる巨大な桃の木が生えているのかしら)
お婆さんは、この年になるまで、そんな大きな桃の木の話などは、聞いたこともなかった。
(物知りのお爺さんなら、何か知っているかも知れない……)
この桃の処置をどうするかは、お爺さんとも相談しなければ、決められなかった。とりえず、お婆さんは繕い物などをしながら、お爺さんの帰宅を待つことにした。
しかし、家の中に奇怪な巨大桃がドンと居座っているのだと思うと、年甲斐もなくソワソワしてしまい、針仕事の最中、不覚にも二度も針で指を刺してしまった。
(お爺さんは、いつ頃帰ってくるのでしょう)
お婆さんは、お爺さんが帰ってくるのを首を長くして待った。