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小説・桃から生まれた桃太郎  作者: 江戸山乱理
一章 大きな桃
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3 川を流れる桃

3 川を流れる桃

 予想通り、川の水の冷たさは緩んでいて、手を濡らしての水仕事も苦痛ではなかった。

 お婆さんは川岸の石に腰を下ろして、水に衣類を浸けて、ジャブジャブと洗っていた。

 その時、川の上流に薄紅色の何かが浮かんでいるのが視界の端に映って、お婆さんは何気なく顔を上げた。

 最初それを見た時、一枚の桜の花びらが水面をたゆとうているのかと思った。しかし、花びらなんかではないとすぐに気付いた。ここからは半町もの距離があるのに、小さな花びらが見えるはずはなかった。もっと大きなものに違いなかった。

(はて?桜色をしていて、あんな大きなものとは、一体何でしょうか……)

 お婆さんは不思議に思って、視力の衰えた目を細めた。

 その物は川の流れに乗って、ゆっくりゆっくりと近付いてきて、やがて、その輪郭も次第に明瞭になってきた。

 それは桃だった。

(桃?まさか……)

 お婆さんは自分の目を疑った。しかし、桃である証拠に、天辺はツンと尖っていて、縦の亀裂が入っていた。明らかに桃ではあったが、解せないのはその大きさだった。その幅は三尺もあろうかという巨大さだった。

 そのお化けのような桃がドンブラコ、ドンブラコという聞き慣れない音韻を高らかに響かせながら、川の流れに乗って、川下へ流れて行った。お婆さんはしばらく、呆然として見つめていたが、

(拾い上げなければ)

 ととっさに思った。裾をからげて、川の浅瀬をジャブジャブと二、三歩進んだ。

 しかし、小川とはいえ、川幅は五間はあるし、深い淵もあるので、お婆さんは足首を水に浸しながら、途中で立ち止まった。

 桃は悠々と流れていた。このまま放置すれば、いずこともなく、流れ去ってしまうだろう。人を呼ぼうかと思ったが、見回しても、周囲には誰もいなかった。

 お婆さんはやむなく、

「おおい、そこの桃よ、こちらへ来なされ」

 と声を掛けた。

 すると、川の流れの加減でそうなっただけかもしれないが、その桃はあたかも意思を持つかのように、水面にさざなみを立てながら、スルスルとお婆さんの足元まで近寄ってきた。

 二枚の大きな葉っぱで支えられて、水面にプカプカと浮いている巨大桃を、お婆さんは、

「よっこらしょ」

 と両手で持ち上げた。その桃は中身がぎっしり詰まっているらしく、ズシリとした重さだった。

 お婆さんは、とりあえずはその桃を岸辺の石の上に置くと、

「おや、まあ」

 と改めて驚きの声を発した。

 これは幻だろうか。こんな大きな桃が現実にあるはずはない。お婆さんは今、自分が夢を見ているのだろうかと疑った。しかし、頬をつねってみたら痛かった。

「さて、どうしましょうか……」

 お婆さんは、この桃をどうしたらいいものか、しばらく首をひねって考えた。しかし、特にうまい考えは出て来なかったので、とりあえずは、家に持ち帰って、お爺さんにも一目見てもらおうと思った。

 洗濯はそこそこに切り上げると、お婆さんはその大きな桃を両手で抱きかかえて、落っことさないようヨチヨチ歩いて、家路へついた。


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