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小説・桃から生まれた桃太郎  作者: 江戸山乱理
五章 犬と猿と雉
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26 忠実な犬

26 忠実な犬

 桃太郎は意気揚々と大手を振って、山道を歩いていた。気持ちは妙に高ぶって、鼻歌でも口ずさみたいような気分だった。軽躁や慢心は禁物だと自覚しつつも、興奮を抑えかねた。

 もっとも、今日の旅程は海辺まで移動するだけであり、鬼との決戦は明日の午後になるはずだった。

 山から平地に道を下って、夕暮れ前には海辺まで行けるだろう。そこには小舟が用意されているはずだった。今夜は、その船の苫の中ででも夜を明かし、明朝の日の出と共に、鬼ヶ島に向けて、出航するという予定だった。

「今日は道を急ぐ必要はない。ゆるゆると歩いて行けば良かろう」

 桃太郎は一人つぶやいて、山道を進んだ。

 やがて、視界の開けた高台に出た。眼下には平地が見渡せた。そして、その向こうには青々とした海原が広がっていた。

(さて、鬼ヶ島は……)

 桃太郎は鬼ヶ島の位置の見当をつけた。ここからでも距離的には十分、肉眼で見えるはずだった。しかし、不思議なことに、鬼ヶ島の近辺だけモヤモヤとした霧が立ち上っていて、島の様子は輪郭さえ定かではなかった。

 桃太郎は一目でも島影を目に収めておきたかったのだが、いくら待ってその霧は晴れそうになかった。桃太郎はやむなく、再び歩き出した。

 その時、今来た道の方から、タッタという駆け足の音が聞こえてきた。桃太郎はその場に立ち止まって振り返った。

(はて、こんな寂しい場所を旅人が通っているのだろうか。しかも、あんな急ぎ足で)

 桃太郎は耳を澄ました。そして、少し首をひねった。その足音は人ではないとすぐに分かった。それは非常な早足の割には、軽快な響きだったからだ。

(どうやら四つ足の獣がこちらに近付いているらしいな)

 まさか熊などではないだろうが、桃太郎は一応の用心のため、腰の太刀の柄に手を掛けた。

 足音は山道の曲がり角のすぐ向こうまで近付いた。ハッハッという呼吸音まで聞こえた。

 現われたのは一匹の犬だった。

(なんだ、犬か。おや、これは、あの野良の柴犬ではないか)

 その犬は一年ばかり前から桃太郎の村のはずれに棲みついていた。桃太郎は機会があれば、しばしば食物を与えていたので、犬は桃太郎に懐いていた。

 犬は桃太郎のそばに寄ってきて、頭を伏せて、鼻先を桃太郎のつま先に擦りつけて、クゥーンと一声鳴いた。

「犬よ、どうしたんだね、こんな所まで私を追いかけてきて。私はこれから鬼退治に行かなければならないのだよ」

 桃太郎は屈んで、犬の頭を撫でてやってから、歩き始めた。しかし、犬はワンワン鳴いて、桃太郎の足元にまとわりついた。

「私は、もう行くぞ。村に帰りなさい」

 桃太郎は再び言った。しかし、やはり犬は後戻りする気配はなかった。

(ふむ……)

 犬の様子はいつもと違っていて、その潤んだ目は何かを訴えているかのようだった。

 桃太郎は立ち止まって、犬の表情をジッと見下ろしながら、腕を組んで思案した。そして、

「つまりは、お前も鬼ヶ島について行きたいと言うのか?」

 と訊いた。犬は、その桃太郎の言葉が通じたようで、すぐさま、

「ワン」

 と高く吠えた。それは「然り」という意味らしかった。

「ほう」

 と桃太郎は眉を開いた。何せ、やむを得ない事情があるとはいえ、村人が誰一人、桃太郎の鬼ヶ島行きに同行していないというのに、この犬は畜生でありながら、健気にも桃太郎の共をしようというのである。

「それは殊勝な心がけである。よし、褒美をやろう」

 桃太郎は腰にぶら下げている袋から、黍団子を取り出し、その一つを犬に投げ与えた。犬はそれをさもうまそうにムシャムシャと食べた。

「よし、ついて来よ」

 桃太郎は歩き出した。犬は尻尾を振って、その後に続いた。


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