2 春の季節
2 春の季節
季節は春になった。
三月に入ってから、気候は急に穏やかになった。特にその日は変に温かく、汗ばむぐらいの陽気だった。
「婆さんや、今日は、わしは山に柴刈りに行くことにするよ」
とお爺さんは言った。
「さようでございますか。では私は、川に洗濯に行くことにしますよ」
とお婆さんは答えた。
「川の水も大分温かくなっていることだろうよ。わしは日暮れまでには戻るよ」
お爺さんはそう言うと、背負子を肩に乗せて、家を出て、裏山へ向かった。
お婆さんは、それを見送ってから、自分も衣類を抱えて、近所の小川へ出かけた。
道を歩いていると、地面の花々の蕾はすでにほころんでいた。
「まあ、もう花が咲いているわ」
お婆さんは立ち止まって、地面にしゃがんで、その花をしげしげと見下ろした。お婆さんにとっては、それは、単に花が咲いているだけではなかった。
冬が過ぎて、春を迎えるという四季の巡りを、自分はこの後、何回見ることができるのだろうかと思うと、路傍の名もなき花でも、掛け替えのない存在に思えるのだった。
しかし、それにしても、今日の蒸し暑さは異常だった。お婆さんは空を見上げて、
「今日は、本当に温かいこと。一体、おてんとう様はどうしてしまったのでしょう」
と一人でつぶやいた。
お婆さんの生きた六十年という長い経験から言っても、こんなに陽気な初春というのは初めてだった。日差しはギラギラと照って、空気は不気味なほどに湿気ていた。それは何かが起こる予兆のようにも感じられた。
お婆さんは老域に入ってからというものの、もう富貴は望まず、平凡な生活こそが幸福であり、何事も安定を望むという心境になっていたのだった。