1 お爺さんとお婆さん
1 お爺さんとお婆さん
昔々、ある村にお爺さんとお婆さんが住んでいた。
お爺さんは六十二歳、お婆さんは六十歳で、共に白髪の小柄な夫婦だった。その当時の人々の寿命は短く、五十代で死ぬことも決して珍しくはなかった。そのような感覚からすれば、もはや人生の最晩年という年齢だった。
ここ最近のお婆さんの話題は、自分の年齢のことばかりで、
「いやはや、私は今年、ついに六十になりました。まさか、還暦を迎えられるとは思ってもみませんでしたよ」
と予想外に長生きできたことを、我ながら驚いているような口調で、お爺さんに言うのだった。
それに対してのお爺さんの返事は決まっていて、
「寿命というのは天命じゃ。長生きできるか、早死にするかは、人知の及ぶところではないわな」
と分かったような分からないようなことをつぶやくのだった。
彼ら二人は、若い時には人並にいさかいもあったが、総じて夫婦仲は円満で、大病も患わず、質素ながらも暮らしには困らず、振り返っても、まずまずの人生だと言えた。
しかし、一つだけ不満があった。それは子供がいないことだった。仲睦まじい夫婦であるのにもかかわらず、どういうわけか子宝に恵まれなかった。
無理な算段をして高価な漢方薬を入手して呑んだり、霊験あらたかな寺院に願掛けしたりと、できることはすべてやったものの、一向に子供はできなかった。
お婆さんは今でもの時折り、
「もし、私たち夫婦にも、子供がいたのなら、家の中もずいぶんとにぎやかでしたろうなぁ」
と愚痴ともつかないことを言った。しかし、お爺さんは、
「子供がいるも人生、いないも人生じゃよ」
と達観したような口調で、相手にはならなかった。