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背教聖女のレコンキスタ  作者: バナジウム天然氷
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第九話「祝賀と発露」

 「カルヴィナ、起きなさい!もう8時を回ってますよ!!」

 「うーん、飲み過ぎたからもう少し寝かせて」

 「マルティナさんはもう5時には起きて剣の稽古けいこをしているんです!貴方がその様では他の者に示しがつかないではありませんか」

 「わかったわかった、ほんとにうちの院長は時間に厳しいんだから。それにしても、アイツあんなに酔っぱらってたのにもう元気なのね……」


 カルヴィナはドアの向こうから聞こえる院長の声に辟易としつつも、ベッドから起き上がる。窓から差し込む暖かな日差しが、彼女の記憶を鮮明に蘇らせた。


 それは昨晩のことであった。私服に着替えた修道院の一同は港町に繰り出し、英雄の誕生を祝っていた。マルティナは目の前に運ばれてくる数々の料理に驚き、次から次へと平らげていった。


 「いやしかし、この世にこんな美味なものがあったとは。海の幸とは良く言ったもの」

 「プリムス教徒はあの白麦粥しか食べないって本当だったんだ」

 「ああ、アレは昔から好きになれなくてなぁ。聖女となる前に野山にいる魔猪とかを狩ったこともあったが、両親にひっぱたかれて禊を受けさせられて……実に大変な目に遭った」

 「お気持ち、お察しします」

 「クリーンな完全栄養食って触れ込みだけど、やっぱり不味いと心が満たされないっすよね」


 プリムス教会では自然界に属するものを殺めて食するのを禁じられており。神から授かった食物とされる純白麦と聖果アンブロシアという白い果実のみを食することを許されている。


 生き物を殺し、あまつさえ喰らうというのは体内に穢れを呼ぶあさましき所業とされ罰を受けることになっている。魔族や異端、異種族などの敵対勢力を殺すのはどうなのかというと、禊を受けることが前提ではあるが「世界の穢れを払う」という名目があるために許されている。


 なんとも利己的な発想だがプリムス教会の信徒たちは神の教えに従うことが善であり、善を為せば天国に行けると信じ切っている為誰一人文句を言わずに従っている。


 「私にとっての食事は、ただ神への感謝を示して栄養を入れるだけの作業だった。その楽しみを教えてくれた貴方方にとても感謝しているよ」

 「いえいえ、こちらこそ」

 「それにしても大活躍だったって言うじゃない、私も仕事の途中じゃなかったら斧持って突撃してたのにな」

 「そうか、機会があればくつわを並べて戦いたいものだな」


 マルティナは自分がかつていた所の愚痴ぐちをこぼしながらも様々な海鮮料理に舌鼓したづつみを打ち、ワインやビールなどの酒類をたしなんでいた。


 (こんなにも楽しい思いをしたのは初めてだな。人々と語らい、笑い合えるなんていつぶりだろうか―)


 そんなことを考えていたが、カルヴィナが面白半分で持ってきた一杯の酒で事件が起きた。酩酊めいていした彼女の視界は歪み、中で溜め込まれていたものが一気に噴き出す。


 「そんであいつら、あたしになんてゆったとおもーう?あたしのことのーきんでデクノボーだって!うっ、うっ、うわはあぁあああんっ!!」

 「マルティナさん、ステイ!」

 「つえより重いもの持ったことのないせーじょさまたちにゃ、あたしのくろーなんてわかnないれしょうねぇ!!いつもいっつもおにもつ扱いして、荷物持ちさせてさぁ!!」

 「まぁまぁ、落ち着いて」


 凛とした振る舞いと英雄と呼んでも差し支えない活躍をした来訪者のイメージが、一杯のブランデーで崩れ落ちた瞬間である。彼女の荒れ様を見ていた修道院の者達の反応は、同情の手を差し伸べたりドン引きしたりとまちまちであった。他の客たちもあまりの変貌へんぼうに驚いている。


 「……ねえカルヴィナ、あの人ってお酒はいるとこうなるの?」

 「さ、さあ……?日ごろから色々溜まってたんじゃない?」


 カルヴィナは目の前の惨状に目をそらしてそっぽを向く。うわさの彼女は席の向こうにいるカルヴィナを見かけると薄ら笑いを浮かべ、たどたどしい千鳥足で近づき手にしたボトルを傾ける。


 空のグラスには薄茶色の透明な液体がどぼどぼと注がれていき、溢れていることにも気づいていない様子だった。


 「カルビナ~。そんな顔してにゃいでのめのめー」

 「ちょっ、マルティナ!?」

 「ああ?あーしのさけが飲めないっちゅーの?」

 「こぼれてるこぼれてる!てかアンタ、大丈夫?」

 「だいじょb、おろろろろろっ、ぼえええええええっ!!」

 「ギャアアア!こんなところで吐くな馬鹿ぁ!!」


 大丈夫と言い終わらないうちに彼女の口から様々なものが次から次へとあふれ出した。手から離れたビンが床で砕け散るのと同時にマルティナはばったり倒れ、ピクリとも動かなくなる。


 「はぁ……身から出た錆ってこういうのを言うのかもね。せっかくの服が台無し」


 カルヴィナはグラスいっぱいに注がれたブランデーをぐいっと一気飲みすると、彼女の身体を抱えて店から出た。


 「アタシはコイツ抱えて一足先に戻るわ。支払いは済ませてあるから後は勝手にやってちょうだい」

 「「「うぃーっす、お疲れさまでーす」」」

 「眠ってるのをいいことに手ぇ出さないでくださいよ、先輩♡」

 「フランシスカ、後で覚えてな。スピリタスで浣腸してやる」

 「ひどいっ、冗談で言ったのに……」


 昨晩の一部始終を聞いた院長は、頭を抱えた。酒場での騒ぎの様子に呆れたのも理由の一つだが、修道院に訪れた客人のことを考えてのことだった。


 「はぁ、昨日そんなことがあったのね。やっぱり彼女はそういうタイプだったか……」

 「……と言いますと?」

 「先日彼女と話してみて感じたのです。自分の身の上や気持ちを話すことはあるでしょうけど、それでもどこかで一線引いている。心の奥底に自分の本当の気持ちを隠している。それが罪の意識なのか、何か触れられたくないものがあるのかまではわかりませんが」

 「そんなもんっすかね……」

 「彼女の道行きを支えてあげなさい、カルヴィナ。あなたも『選ばれし者』なのだから」

 「まぁ、あいつを連れて来たのは私ですし最後まで面倒は見ますよ」

 

 カルヴィナはいつものシスター服に着替えると修道院の外に出た。マルティナを探して辺りをうろついていると、修道院からやや離れたところで剣の素振りを行っている。


 本来ならば両手で扱うであろう長剣を片手で振っており、その度に強い突風が発生する。空に刻まれては消える黄金の軌跡に、カルヴィナは思わず目を奪われた。


 マルティナは視線に気づいて素振りを止め、申し訳なさそうな顔でカルヴィナの方を見やる。

 

 「カルヴィナ……」

 「おはよう、昨日はお互い大変だったな」

 「すまない。私を歓待してくれたにも関わらず面倒をかけてしまって」

 「いや、羽目を外して度数の高い酒持ってきた私が悪かったんだ。『酒は飲んでも飲まれるな』って基本的なことをすっかり忘れてたよ」

 「そ、そうか。次からは気をつけよう」


 マルティナは後悔の念を払拭ふっしょくするかのように気合いを入れて振るうと、光剣を亜空間にしまって向き直る。


 「それじゃ、朝飯食べたら街に行こうか。今日は晴れているしきっとにぎわっているよ」

 「ああ、御馳走になるとしよう」


 簡素な朝食とお祈りを済ませると、二人は外に出る。マルティナは見送る修道院の人々の声とさわやかな潮風が、自分たちの出立しゅったつを祝福してくれるような気がしていた。

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