第七話「光剣抜刀」
「「行くぞ、人間共。真なる魔族の力を思い知るがいい!」」
二体の魔物は両手を前にかざし、高熱の炎を噴きだした。マルティナはそれに怯まず、再び剣に霊力を込めて振るうと炎を一気にかき消した。カルヴィナは高く飛び上がり、迫り来る炎を難なく回避する。
「デカくなって早々で悪いけど、ここらで逝っときなっ」
自分よりも遥かに大きい敵がいるにも関わらず、カルヴィナは冷静に兄弟の片割れの眉間に狙いを定め、霊力を圧縮して一発の光弾に変えた。
『流星墜撃!』
技名をつぶやいた瞬間銃口が光り輝き、一発の銃声が夜闇に響く。強大な力を得た二体は「そんな小さなモノで何ができる」とばかりに余裕綽綽の笑みを浮かべていた。
流れ星の如く一発の光弾が夜空を翔け、赤き炎を纏った巨体に到達したその時。空を裂く爆発音とともに標的の上半身は跡形もなく吹き飛んだ。
「あ、兄者あああああ!?」
「一体、何が起こった……?」
残された弟とマルティナは驚愕した。視認するのも難しい小さな弾丸が、人間よりも遥かに強大な敵を一撃で倒したのだから無理もない。カルヴィナはスタッと着地すると、自慢げに二ッと歯を見せて笑った。
「ば、馬鹿な!?そんな玩具で一撃で仕留められるはずがない!!多くの同胞を吸収した我らの能力は格段に増しているはず!!」
「普通はね。でも、どんなに堅固な要塞だって蟻の一噛みで崩れることだってある。私の独覚技巧の一つ、『巨人殺』はそれを可能にするのさ」
「独覚技巧……だと!?」
独覚技巧とは剣技や神聖術などの一般的な術技などとは違う、各々に秘められた特殊能力のことである。一般的に窮地に開花すると言われており、その独自性と特殊性から能力者は大きな戦力として重宝されるという。
「私の攻撃は相手の体格が大きいほど、持っている能力が強力であるほど威力が上がる。要はジャイアントキリングを可能にするスキルってこと。こいつさえあれば女神の祝福を受けたチート野郎もイチコロさ」
カルヴィナはまごつく弟と戸惑っているマルティナに対して親切にもスキルの概要を説明する。魔族をただの銃撃で仕留めたのも、強大な力を得た魔族を一撃で倒したのもこのスキルの影響によるものだと理解するのにそう時間はかからなかった。
己の手の内を明かすそれはこの戦いの勝利宣言に等しかった。
「ぐ、ぐぐ……!!」
「お前じゃアタシらには勝てないよ。わかったら、とっとと尻尾巻いて逃げるんだね」
「まだだ、まだ終わってなあああい!兄者の魂よ、俺と共にあれ!!」
弟の方は、闇から自身の兄の魂を呼び覚ますと自身の頭部に燃え盛る炎にくべた。体格はより大きくなり炎の勢いも更に強まる。二人の眼前に現れたそれは、地上すべてを焼き尽くさんとする炎の化身であった。
「奴め、性懲りもなく……」
「兄者と一つになった今の俺様の力は、魔王軍最高幹部のそれに等しい!今度こそ終わりだ!!」
「ばーか、何度やったって同じこ……ぐっ!!」
カルヴィナは再び先程の技を放とうとするが、力なくその場に崩れ落ちた。何とか起き上がるも、もはや戦う力は残されていなかった。
「霊力が……あと少しってところで……!」
「ははははは!どうやらさっきの一撃で力を使い果たしたようだな!これで終わりだぁ!!」
勝ち誇った刺客が手をかざすと、あっという間に掌に巨大な火球が出来上がる。煌々《こうこう》と燃え盛る炎は見る見るうちに大きくなり、それにつれて視界も赤く染まっていく。そんな命の危機にもかかわらず、マルティナは前に進み出た。
「カルヴィナ、あとは私に任せてくれ。私が奴を必ず仕留める」
「マルティナ……」
「ここまで案内してくれた恩を返させてくれ。そして、私の決意を見ていてくれ!」
その答えを聞いたカルヴィナは全てを彼女に託した。マルティナは剣を納めて上空に手をかざすと、恩人を死なせはしないという決意を胸に一身に念じた。
「我らが恨みを込めた一撃を喰らえ!『滅殺獄炎砲』!!」
全てを焼き尽くす火球が迫って来るのを目の当たりにしたその時、マルティナは叫んだ。
「我が手に来たれ!『光剣セフィラス』!!」
呼び声に応えた光剣が一筋の黄金の光と共に手元に現われた。それを確認するとマルティナは霊力を光剣に宿して上段から一閃し、敵の渾身の一撃をいとも容易く切り裂いた。
「なっ、な、なにが起こった!?なんで俺の一撃がかき消されたんだ!!?」
「貴様ら魔族に、人々の明日を侵させはしない!」
マルティナが眼前の敵に向かって吼えると、その意志に応えた光剣の輝きがさらに増す。辺り一帯が暖かく輝かしい陽光に包まれ、それはまるで昼間かと誤認する程であった。
「な、なんだ?その剣は……勇者共の『浄化の光』とも違うそれは一体!?」
うろたえる敵を余所にマルティナは精神を集中させ、剣を脇に構える。人々を守らんとする心が胸に刻まれた紋章と呼応し、光はどんどん強まっていく。
「これこそが、邪悪を切り裂く我が秘剣!『暁之太刀』!!」
光剣を振り上げたその瞬間。山のような大きさに膨れ上がった炎の化身は悲鳴を上げる間もなく、斬撃と光熱で塵と化した。夜闇を切り裂く黄金の刃は地平線まで届き、遠く離れた海岸の先端をも斬り落とす。
カルヴィナはその光景に思わず息をのみ、画面越しに一部始終を見た修道院の者達も驚きで開いた口がふさがらなかった。
「す、すごい……」
「院長!今のはもしや……」
「……ええ。これこそが、この世を拓く神話の輝き!」
敵の消滅と共に黄金の輝きは消え去り、それと同時にマルティナはがっくりと膝をつく。光剣が手元を離れて消えると、程なくして夜空が戻って来た。
「お疲れさん、肩貸すよ」
「ありがとう、何から何まですまない」
カルヴィナがマルティナに肩を貸し、二人はふらつく体で修道院に向かう。戦いで傷を負うことは殆どなかったとはいえ、それなりの力を持つ魔族の大群を敵にした上に、渾身の一撃を強大な首魁に叩きこむ際に力を使い果たしてしまった。
「それにしても凄いねアンタ。人間サイズに縮小されているとはいえ巨神の剣を人間が扱うなんて」
「重さはともかく、扱えているとは到底言えないさ。あの剣に霊力を込めた瞬間、全ての力を持っていかれるような感覚がしたんだ。私なんてまだまだだ」
「まあね、それにあの破壊力はさすがにヤバいって。味方を巻き込んだりしたら一大事だ」
カルヴィナの冗談に苦笑いで応えるも、マルティナはその言葉を真摯に受け止めていた。今までの様に技を振るえば先程のように無駄な破壊をもたらすことになる。マルティナは、自分は「そうであってはならない」と己を戒める。
それと同時に、えも言えぬ達成感も感じていた。光剣が彼女の呼びかけに応えて現れたこと、そして恩人を守れたという事実がそれを後押しする。
あの輝きが長年追い求めていたものに至る道を指し示してくれたような気がして、マルティナは思わず口元が緩んだ。