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背教聖女のレコンキスタ  作者: バナジウム天然氷
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第十三話「マルティナが見たもの」

 「ようこそ。ここは私が治めるオラージュ地方の中心都市にしてエルシルト同盟の中核、エルボレアスだ」


 オラージュ公は一行を己の庭に招き入れた。門をくぐったマルティナが目にしたものは、あの港町や聖都にも勝るとも劣らない城郭都市であった。


 そびえ立つ城壁の中にはレンガの壁と青い屋根が特徴的な家屋が連綿と連なっており、打ち寄せる波を連想させる。入り組んだ街並みと堀は敵が侵入してきた場合に攻めづらくするための工夫であると同時に、都市の景観としても優れたものであった。


 行き交う人の数も多く、老若男女と身分や種族を問わず一体となっているのが一目でわかった。獣耳と尻尾が生えた獣人や耳長で美しい容姿のエルフ、竜の角と尾をもつ竜人などの異種族も都市に住まう民として暮らしているようだった。


 「おい、皆!公爵様が御帰りになられたぞ!」

 「お帰りなさいませ!」

 「うむ、皆大事ないようでなによりだ」


 公爵の帰りを待ちわびていたかのように人々が駆け寄ると、公爵は手を挙げて会釈えしゃくをする。誰にでも笑顔で応える彼は市民の皆の憧れの的であった。しばらくすると兵士たちが公爵の邪魔になるからと人々をなだめて回り、彼らはその指示に素直に従い自分たちの生活に戻る。


 「こうして見ると色々な種族が住んでいるのですね……彼らはどうしてここまで来たのです?」

 「彼らの大半は教会の迫害から逃れてきた避難民だ。元々住んでいた島や国を追われてな、船で脱出してネルデンス王国まで辿り着いたところを我々とオグドアス教会で保護したというわけだ」

 「……そういういきさつがあったのですね」

 「彼等はここの風土や文化を受け入れた上でこの都市に住んでいるし、我らも彼らの種族の事情を尊重して扱っている。どんな種族であろうとも、ここに住んでいる以上は我らの同胞はらからだ。誰にも傷つけさせはしない」


 マルティナはもう一度人々に視線を移した。すると、公爵の気高き理念が現実のものとなっているのが見て取れた。種族を超えて語り合う住民やギルドの者と思しき気骨ある戦士……この地に住まう誰もがその目に光を宿していた。


 ここまでの道中で失ったものや辛いことも多々あっただろうが、その過去から立ち直って自分たちの力で生きていこうという決意が見られた。


 先程は公爵に使える兵士の言い分を順守していたが、それは決して権力におもねっているわけではなく彼等を信頼ししたっているからこその行動であった。


 異種族同士が共存するなんていうものは物語の上での話とばかり思っていたが、こうして見ると確かにそういう時代はあったのだと実感できた。同時に、共存を悪としたのはまぎれもない私達なのだという罪の意識が顔を出す。


 やるせなさにくちびるをぎゅっと噛むのを見た公爵は、マルティナの肩に手を置いた。


 「そんな顔をするな。貴公には期待しているのだ。あの教会の教えに染まらずにいたという事は自分で物事の良し悪しを判断し実行できる意志があるということだ」

 「買いかぶり過ぎですよ。それがあればもっと早くに……」

 「まあまあ、そう卑下なさらず。そんなこと言ったら僕達だって君と似たようなものですよ」

 「お前達も……?」


 苦笑するマルティナにベリウスは声をかけるも、その発言には引っかかるものがあった。初めて会ったときのあの感触はもしや真実なのかと思わず眉をひそめたが、彼らは当然の反応とばかりに気にしていない様子だった。


 「あの階段の先が我が城だ、急ごう」

 「行こう、マルティナ」

 「あ、ああ……」


 城下町を抜けて階段を上ると城が見えて来る。左右に設置された見張り塔と稜堡りょうほ、頑健な石材で造られた城壁。城下町に比べると質素ではあるが、見た目よりも機能性を重視したそれはまさしく質実剛健といった風情であり、公爵の威容と人柄を連想させるものだった。


 城の中に入ると、一行は公爵の案内の下に会議室へ移動する。部屋の前まで来た時に兵士達が入れ違いで出ていき、中をのぞいてみると一人の赤毛の女性が席に座って考え事をしていた。黒を基調としたゴスロリファッションを着た豊満な体の持ち主は、主の帰還と来客が目に入ると立ち上がってお辞儀をする。


 「お帰りなさいませ、公爵閣下。その様子だと元聖女様に出会えた様ですわね?」

 「ああ、この者こそが今回の作戦の鍵となる人物だ」

 「初めましてマルティナさん。私はクリスティーナ・ゼパル。ビューネイやべリウスとは同郷の仲間ってところ。どうぞよろしくね?」

 「あ、ああ」


 砂糖を目いっぱい入れて煮詰めたチョコレートを思わせる蠱惑的こわくてきで甘い声、そしてあの二人と同じ気配。ゼパルは戸惑うマルティナをしげしげと見つめていたかと思うと、何かにかれたのか目にもとまらぬ速さで背後に回り込む。


 「それにしても、貴女は聖女というより騎士様みたいに凛々(りり)しい方ね。身体もかなりがっちりしてるし抱かれたくなっちゃうくらいに逞しいわぁ。どう?今度私と一緒に……」

 「か、からかっているのか?私はお、おおお女だぞ!?」

 「構わないわ。私はどっちでもイけるのよ」


 ねっとりとした手つきで困惑する彼女の腰に手を回し、耳元にフーっと息を吹きかける。えも言えぬ奇天烈さととろけるような色香を感じたマルティナは全身の毛が逆立ち、困惑の表情を浮かべた。


 ビューネイはそんな彼女の耳を引っ張って引きはがし、公爵は彼女をたしなめるようにわざとらしく咳ばらいをする。


 「痛い痛い痛い!ちょっとしたスキンシップじゃないの」

 「ゼパル、その辺にしなさい。今はそんなことしている場合じゃないし、彼女が困っているでしょ?」

 「もう、お固いんだから。でも、おあずけされるのも悪くないかも。その分、後でいっぱい……うふふふふ♥」


 仲間から注意されたにも関わらず、彼女の情念は収まる気配はなかった。うっとりとした表情でくねくねと体をなまめかしく動かして妄想を膨らませているようだったが、顔なじみの二人からは「またか」と呆れられ、カルヴィナも困った奴だとでも言うように目頭を押さえていた。


 「もうほんと、どうしたらいいのこいつ」

 「……随分と手を焼いているようだな」

 「まあ、やるときはやる奴だから……ははは」


 マルティナの言葉にビューネイは苦笑いで応えたが、そこには嫌悪の感情は含まれていないように思えた。


 彼女の奔放さに色々と苦労しているにも関わらず確かな信頼があるのは能力の高さ故か、仲間意識がそうさせるのかマルティナにはわからない。ただ、こうして信頼される人間というものにある種の羨望せんぼうを覚えたのは確かだ。城下町に住まう民から慕われる公爵に対しても同様である。


 私も彼らの様に信頼される仲間でありたい、しかし罪深い自分に許されるのか―そんな思いがシーソーのように揺れ動く。それがなんとももどかしい。


 「ゼパル、私の不在中に何か変わりはなかったか」

 「今のところは。しかしながら、斥候せっこうから先ほど王城の方で動きがあったと連絡を受けました」

 「ほう、というと?」

 「『勇者』の一人が明日ネルデンス王城に来るそうです。彼らを迎え入れるための準備をしているとか……」


 『勇者』。その言葉を聞いた一同から砕けた雰囲気は消えた。世界を救う救世主を指す言葉のはずが、笑顔が消えるきっかけとなるといういびつさは言葉で言い表せない。


 「そうか……では、至急彼らも呼んできてくれ。この国の未来を決める会議を始めよう」

 「承知いたしました」


 この国の未来を決める―その重要な会議に参加するマルティナの胸中にあったのは、ある種の誇りと期待、不安であった。自分はこのような場所に居てよいものかという考えがよぎったが、公爵の期待を裏切らない様に努めようと決意した。

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