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背教聖女のレコンキスタ  作者: バナジウム天然氷
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第十一話「訪問者たち」

(8/5)第四話と第五話を追記修正しましたので、ご確認ください

 二人が市場を通り過ぎると、目の前にレンガ造りの大きな建物が見えて来る。豪奢ごうしゃな服を着た商人や貴族と思しき者達が盛んに出入りしているのを目にしたマルティナは何か特別な物でもあるのかと訝しみ、カルヴィナにたずねた。


 「あの大きな建物は一体なんだ?」

 「あれは証券取引所といって、お金を株式という形で集めて投資を呼び掛けてるところ」

 「投資?」


 初めて聞く言葉にマルティナは首を傾げると、カルヴィナはわかりやすく説明しようと努める。世間知らずながらも好奇心旺盛な彼女に、いろいろなことを知ってもらういい機会だ。


 「要は、金のある奴らに美味しい話持ちかけて株式集めて事業起こしたりするのよ。そんで、儲けは金出した奴らに還元されてまた別の事業起こして……って具合ね。船の建造や航路の開拓には多額の資金が必要だから」

 「意外だな。商人というのは私腹を肥やす者たちばかりだと思っていたが」

 「ウチらの教義でも金を溜め込んで私腹を肥やすのは悪徳だとされているってのはあるけどさ。金の使い方を知らずに溜め込むケチな奴は嫌われるのが相場ってもんよ」

 「なるほど……」

 「金はどんどん回して世の中を豊かにしていかないと。そのおかげで新しいことにも挑戦できるし、様々な経験ができる。アタシたちにとって労働は尊いものなのさ」


 マルティナは今まで、労働や金稼ぎは卑しき者のすることと教えられてきた。確かに労働は大変なものであるだろうが、港で働く男達の活き活きとした様子や張りのある声で客を呼び込む商人を見ると、その価値観は誤ったものだとはっきりと認識できた。


 事業について楽しそうに話すカルヴィナもそうだった。彼らは仕事に愉しみと誇りを持っている。


 (私も彼らの様に誇りと自信を持って生きていくことが出来たら……よそう。今はただ自分の出来ることを為し、信じた道を往くだけだ)

 「ちなみに、最近はどういうものが注目されているんだ?」

 「新型の船の開発がホットかな。二週間前だったか、異世界から漁船に乗ってここに漂着した奴がいるんだけど……そいつの船にはなんと帆がなくてさ。代わりに中に搭載されているエンジンで船動かしてるんだと」

 「珍しいし便利だからウチらでも作るか、ってなってさ。皆で金出しあって帝国と共同で魔導エンジンや新型の船を開発して……先日できたんだ。これで遠洋漁業ができるようになってさ、より多くの珍味を楽しめるようになったってわけ」

 「ほう、それはすごい。だが異世界からというのは一体……?」


 マルティナはカルヴィナの話を興味津々で聞いていたが、突如出た『異世界から来た者』というワードが引っかかった。以前自分達が異世界から勇者となる者を降臨させる儀式を行っていたことと、何か関係があるのではないかと不安に駆られた。


「『視た』んでしょ、勇者として呼ばれる奴らがいる世界。ある賢者からの情報によれば度重なる勇者召喚の影響で時空の境界が歪んで、あちらの世界の人間がこっちに来ることがあるみたいなんだわ」

「最近は特に多くてね、各地から続々と目撃情報が入ってくる。アタシらは異世界から来た者を異邦人アナザーって呼んでるけど、その人たちを危ない奴らから保護するのも大切な仕事なのさ」


 案の定、その不安は的中していた。明るかったマルティナの表情が見る見るうちに沈んでいく。


 「世界を平定するための行いで世界に新たな歪みが……皮肉なものだな」

 「アンタは落ち込むことはないでしょ……っとゴメン。ちょっとそこで待ってて」


 カルヴィナは路地裏に回り込むと、懐からペンダントを取り出す。緑色の宝石がチカチカと点滅しており、霊力を込めて起動すると緑色の四角い画面と話相手の顔が浮かび上がった。


 『カルヴィナ様、御客人が商館に来ております』

 「えっ、もう来たの?予定だと午後からって話だったけど」

 『取り急ぎ報告したいことがあるそうで……すみませんが、今から来ていただけませんか?』

 「……わかったすぐ行く」

 (まめな『あの方』が急遽きゅうきょ予定を変更するなんてね…'…事態を変えるような何かがあったにちがいないわ)


 通信を切ると、カルヴィナは素早くマルティナに駆けよった。一転して慌ただしくなった様を見て怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


 「どうしたんだ、カルヴィナ」

 「実はここに来たのはアンタに会わせたいやつがいるというのもあってね。使いの者とアタシの商館で待ち合わせることになっていたんだけど、もう来たみたい。悪いけど今から一緒に来てもらうよ」


 早口でそう言うとカルヴィナはマルティナの手を握ってスタスタと通りを歩いていく。


 「なあ、会わせたい者とは一体誰なんだ?」

 「入ってからのお楽しみ。ほら、急ぐよ」

 「わかった、わかったから手を引っ張るな」


 証券取引所の通りを左に曲がって少し歩くと、右手に二階建の商館が見えてくる。「ルブラン商会-シーランス支部」と横長の看板に明記されており、店頭には遠方から取り寄せた民芸品や数々の珍品が並んでいる。マルティナは思わず目を奪われそうになったが、強い力で引っ張られたことでそれどころではなくなった。


 「こっちよ、裏口から入って」


 カルヴィナに連れられるがままに裏口から入ると、そこには身なりの整った男性が一人ソファーに座っていた。落ち着いた所作で出された紅茶をたしなんでいる様子であったが、二人の気配に気づくとそちらの方に向いて立ち上がる。


 突然の訪問者の正体に気づいたカルヴィナはあわててお辞儀をし、マルティナもすぐさま後に続いた。


 「ご足労ありがとうございます!まさか貴方が直接おいでになられるとは……!」

 「驚かせてしまったかな。だが渦中かちゅうの人物をこの目で是非、確かめたかったものでね」

 「あなたは……?」


 さっぱりとしたベリーショートの金髪とキリッとした目つき。聡明かつ高貴な身分の者と思しき男性は、カルヴィナに会釈えしゃくをするとマルティナの方に視線を移す。


 「はじめましてだな『剛剣の聖女』マルティナ。私はエルシルト都市同盟の盟主にしてネルデンス王国の公爵、ウィルフレド・オラージュだ。以後よろしく」

 「こ、こちらこそよろしく」


 彼は簡単な自己紹介を行い左手を差し出した。こちらの素性を知る者と相対したマルティナの身体は石像の如く固まり、たどたどしい所作で手を取った。及び腰ながらも歩み寄る姿勢を示したマルティナに公爵は微笑み、両者は握手を交わす。


 「それにしても貴方がなぜこんなところに?今日の午後から貴方様の城にお邪魔する予定でしたが」

 「……国王軍が支配する『重力の谷』に潜入した異邦人がいるだろう。名は確か、レイヴンと言ったか」

 「ええ……」

 「最近まで順調に潜入活動を続けていたが、突如彼と連絡が取れなくなったのだ。こちら側が探りを入れていることに感づかれた可能性がある」

 「なっ、彼に限ってそんな……!」


 カルヴィナは信じられないとでもいうように声を挙げた。いつも気楽そうな彼女には似合わない反応に、マルティナは新たなプリムス教徒の脅威を感じ取った。


 「私とて彼を信じていないわけではないが万が一という事もある。二人とも力を貸してくれまいか」


 公爵は深刻な面持ちで二人に仕事を依頼する。カルヴィナはもちろん、マルティナとしてもこの依頼を受けないという選択肢はなかった。


 風の民を救うため、そしてこの町の活気を守るために彼女は今一度剣を取る。

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