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背教聖女のレコンキスタ  作者: バナジウム天然氷
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第十話「活気ある港町」

 二人は幸運にも魔族や魔物とも出くわさず、港町シーランスへとたどり着いた。たとえ襲ってきたとしても難なく返り討ちに出来るだけの実力はあるが、何事もないに越したことはない。


 みきった青空から降り注ぐ日射しが紺碧こんぺきの海に反射して、一面が宝石のように輝いている。港では海運業者がせわしなく積み荷を船から下ろして倉庫に運びこんだり、海に通じる運河を通る船に品物を移している。中には港で働く労働者向けに露店や立ち食いの店を開いている者達もおり、労働者や町人が列を成して並んでいる。


 「随分ずいぶんにぎやかだな」

 「そりゃそうだよ、ここは海や河を通って様々な品物が行き交う集積地。人の賑わいもそれ相応になるさ」


 マルティナが露店の前を通りかかると、威勢のいい客引きの声が聞こえてくる。ほかほかの湯気と様々な食べ物の香りが購買欲と食欲をそそる。


 「帝国から仕入れた新鮮なカキだよー、一つたったの100マルト!美味しいよー!」

 「焼きポテトだよー!旨くて安い焼きポテトだよ!ー」

 「ウナギの燻製ありますよー!」

 「……カルヴィナ、一つ買っていきたいんだがどうだろうか」

 「一つと言わず、食べたいのがあったらアタシに言えば買ってあげるよ。よだれ出てる位だし」

 「なっ!?」


 マルティナは自身の食欲が一筋の涎となってこぼれ落ちていることに気づくと、慌てて手持ちのハンカチで拭いた。その様子を店員や通行人達が微笑ほほえみを浮かべながら見つめていることに気づくと、顔が熱くなる。


 「そこのおじょうさんどうだい?安くしとくよ?」

 「お、おじょ……すまない、それじゃあこれとこれとこれと……!」

 「毎度あり!」


 マルティナの食欲を抑えるダムはこの時を以て決壊した。教会で清貧を強いられてきた身で、昨日の宴会で豊富な海の幸の味を覚えてしまったら無理もない。カルヴィナは苦笑いしながらも、彼女のリクエストに応えた。


 生カキ、焼きイカ、バターを塗った焼きポテト、小魚のフライ、ウナギの燻製くんせい……露店で売っていた食べ物を一通り買うと二人は広場に移動した。広場の中央には噴水が設置されており、噴射された水と日光の共演が鮮やかな虹を作り出す。


 マルティナは美しい港町の景観と広場を行き交う人々、街を駆ける少年少女の様子をおかずに、食べ物を次々と平らげていく。中でも仄かな炭の臭いがするうなぎの燻製と東国ヒノクニから取り寄せた醤油で食べる生カキが気に入ったようで、奇術でも使ったかのように無くなった。


 「朝ご飯食べたのにこんなに沢山たくさん……まぁ、あんな重い剣で稽古けいこしてたんじゃパンと野菜スープだけじゃ足りないか」

 「いや、そんなことは……!珍しいものがめじろ押しだったものだからつい……」

 「気にしないでいいよ、その分後で仕事してもらうから♡」


 カルヴィナはあたふたとしている目の前の健啖家けんたんかの顔を暖かい目で見つめている。マルティナは慌てて焼きイカを食べきると、自らカルヴィナに話を振って関心からそらした。


 「そ、そう言えば、お前商売していると聞いていたが一体何をやってるんだ?」

 「ああ。アタシは主に地方……とりわけ人間以外の種族の物産品を扱ってるんだよ。例の教会の弾圧もあって、ちまたじゃ人間以外の異種族は表立って移動できないからさ。アタシらで仕入れてこういうところで売れば、幾分か彼らの生活の足しにはなるでしょ」

(ここでも、プリムス教の弊害へいがいが……)

 「腹ごなしがてら、市場の方にでも行ってみる?そこにはアタシの商館があるし、珍しいものも沢山あるよ」

 「あ、ああ、そうしよう」


 市場に行くと、港や広場よりも大勢の人が行き交っている。剣や盾といった武具を取り扱う店、回復薬や解毒薬といった冒険の必需品を扱う店、日用雑貨や民芸品を取り扱う店など多数の商店が石畳の上に所せましと立ち並ぶ。


 近辺には商工ギルドや冒険者ギルドも見受けられ、取引を行う商人たちや昨今の出来事や冒険譚ぼうけんたんを語り合って盛り上がっているグループが各所に見受けられた。


 そんな和気あいあいとした雰囲気をかき消す野太い声が右のほうから聞こえて来る。何事かと人々が振り向くと、がたいのいい中年男性と長身の男性が言い争い、ののしりあっている。


 「お前は私達が苦労して手に入れた商品にケチをつけるっていうのか!?」

 「そうだ。聖銀ミスリルが100グラム1200マルトっておかしいだろ!高く見積もっても1000が妥当だ」

 「はっ、貧相な脳みそじゃその品の価値はわからないようだな。鍛治かじ職人から乞食こじきにでも転職したらどうだ?」

 「言わせておけば!そのすました顔をぶんなぐってやる!」

 「おもしろい!かかってこい!」

 「いい加減にしないかっ!!」


 マルティナは今にもとびかかろうとした二人の襟を掴むと、ぐいっと高く持ち上げた。何が何だかわからず戸惑うふたりであったが、声のした方を向くと自分達よりも大柄で筋肉質な女性が睨みつけているのを目の当たりにして、一気に顔が青ざめる。


 「わかった!わかったから手を放してくれ!」

 「もうしませんから降ろしてください!」

 「……ふんっ」


 懇願を聞いたマルティナが手をはなすと、二人は勢いよく尻もちをついた。騒ぎを聞きつけたカルヴィナはマルティナの後ろからひょっこり現れると二人の前で足を止める。


 「誰かと思えば鍛冶のゴフレとシルト海運の……何やってんのアンタら」

 「シスター・カルヴィナか?なあ、言ってやってくれよ。聖銀がこの値段なのはおかしいって」

 「このっ、まだいうか!?」


 マルティナに制止されたにもかかわらず話を蒸し返すゴフレに呆れたカルヴィナは、ため息をつきながら首を横に振るう。


 「ウチらが属するシルト都市同盟と南西のソルバニア王国は今もなお対立している。帝国との戦いで奴らは負けたけど強大な海軍力は未だ健在さ」

 「それがどうしたってんだよ」

 「奴らはウチらのほうに目をつけ始めたってこと。彼ら『シルト海運』はソルバニア海軍や魔族から大切な商船を守るために帝国から譲り受けた護衛艦まで動かしてる。その輸送コストを考えたらこの値段は妥当だよ」

 「彼の王国の勢力は極めて強大。生きてここまでたどり着いただけでも、奇跡と言えるだろう」

 「ああ、あの時助かったのはまさに神のお導きってやつだ。どこからともなく巨大な金色こんじきの斬撃が飛んできて奴らの船を真っ二つにしたんだ。信じられないかもしれないが本当の話だよ」

 (それはもしや昨晩の……)


 カルヴィナは世情を説明した上で二人の説得を試みマルティナはそれに便乗したが彼等の証言を聞いた途端、冷や汗をかいた。万が一彼らに当たっていたらどうなっていた事かと思わずにはいられない。


 ソルバニア王国はプリムス教を国教として掲げ、強力な海軍と数々の植民地を有し『白日の国』と呼ばれるまでの勢力を築き上げた国家である。異人から土地を解放した上で浄化し、白き大地にプリムス教徒を入植することを是としているのだ。


 現にオーク族などの異人や少数の先住民が住まういくつかの都市国家はこの国の侵略により滅び、種族全体が全滅する一歩手前まで追い込まれている。オグドアス派のエルシルト都市同盟が標的になるのも時間の問題だった。


 「あんたも商売人ならもっとアンテナ張って情報を仕入れておきな。それに、アンタらが苦労したのもわかるけど足元を見るような態度は慎むこったね」

 「ぐむむ……言われてみれば確かに……。わかった、今回は手に入るだけよかったと思うことにするよ」

 「いや、私も色々と言いすぎた。1100マルトならどうだろう?」

 「それで手を打とう」


 互いの事情を知ったことでわだかまりが解かれたのか交渉はとんとん拍子でまとまり、男達は握手を交わす。そんな彼らをしり目に二人はまた歩き出す。


 「何とか丸く収まったが、普段からあんな感じなのか?」

 「あんな感じで荒っぽい交渉があったり、喧嘩けんかするのも少なくないんだよね。普段は見回りの衛兵が止めるんだけどアンタがいるお陰で助かったよ」

 「役立ったようで何よりだ」


 プリムス教会という光の勢力と魔王を旗印とする闇の勢力。二つの勢力に挟まれた人々は日々を逞しく生きている。マルティナは彼らの幸運を祈りつつ案内人の後をついていった。

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