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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある聖女の最後

とある聖女の最期

作者: 海森

 ―邪龍が聖女によって倒された―

 その知らせに、世界中の人々が歓喜した。

 もう魔物に怯えなくてよい日々が齎されることと、それを成し遂げた聖女に対して、人々は感謝の祈りを捧げた。

 すぐに聖女の凱旋を祝う祝祭が王国で計画され、あれよあれよという間に祭りの準備が進んでいった。

 祭りは3日3晩続き、誰もが幸せを享受した。普段恵まれない生活を送っていた人々も、この日は無料で食事や娯楽が提供された。

 聖女は祝祭の最終日である3日目に姿を表し、それが王国の人々に安らぎをもたらした。

 邪龍を倒して帰ってきたにもかかわらず、疲れを一切見せないどころか、普段通りの慈悲深い微笑みを称えた聖女に、人々は畏敬の念をあらわにした。

 そんな、幸せの絶頂であったはずの、祝祭最終日の深夜の事だった。




 ―聖女が、自殺した。その一報が、王国の上級官僚のみに秘密裏に通達された。






 聖女の死は一時的に伏せられ、1か月後に発表された。

 尤も、表向きには、邪龍との戦いで負った傷が悪化したことになっている。

 自殺の原因はわかっておらず、王や上級官僚達は途方に暮れるしかなかった。

 人々はひどく嘆き悲しんだが、聖女が命をかけて守ってくれた世界を、より良いものにしなければと、精力的に長らく続いた魔物との戦争の復興作業に取り組んだ。

 そうして人々の悲しみが癒えたころ、聖女のことを忘れないよう、これからも称えていこうということで、彼女の銅像が建てられることとなった。

 やがて戦争の傷跡はなくなり、平和になった世界において彼女の死も薄らいでいき、残ったのは記念像を見るたびに思い出す程度の記憶と、以前にもまして活気のある各国の人々の生活であった。




 残された側である、聖女の側近兼護衛役であったエレナは、今でも満月を見るたびに思い出す。

 ―ああ、彼女が死んだのも、確かこんな満月の夜のことだったか。

 グラスに入れていた氷が寂し気に音を立てる。

 中に入っている度数の強い酒を、何かから逃れるかのように呷った。


 きっと、止められたとしたら、私だけだったのだろうか。

 そんなありもしない夢物語を考えながら、酔いの回りに身を任せ、夢へと落ちていった。




 ―あれは、今から5年前のこと。

 私がまだ教会付きの聖女部隊の大隊長だった時のこと。

 この世界には、世界で一人だけしか生まれない聖属性魔法が使える聖女が存在する。

 聖女が死んだとき、新たな少女の命に聖属性が宿る、という形で引き継がれる。生まれは関係なく、どの赤ん坊に宿るかは神のみぞ知る。

 聖女は、生まれた時点で魔物との戦いを運命づけられる。魔物に対して一番有効なのが、聖女の魔法だから。

 そして、今代の聖女を国民へお披露目するということで、私は聖女付きの護衛係に任命された。

 もちろん大出世だが、当時の私は聖女という恐れ多い存在のそばでお仕えなんてできるのだろうか、と柄にもなく緊張していた。

 いざ、彼女とご対面すると、ちょっと大人びてはいるが、ごく普通の女の子、という印象だった。

 ただ一点、存在しない誰かと話している、という点を除いて。

 初めてその光景を目にしたとき、気が触れてしまっているのか、と思った。

 だが、誰としゃべっているのか、恐る恐る聞いてみると、その見えない存在について快く話してくれた。

 その存在は彼女の妹であるらしく、つい数か月前に事故でなくなったらしい。

 しかし、事故の際に魂のみ彼女の体にくっつき、以降彼女と意思疎通が取れるようになった、とのこと。

 悲しみに暮れていた彼女が立ち直ったのは、彼女の存在を認識したからだと語った。

 その話を聞いた私は、彼女が精神を守るために作り出した偶像だと判断した。

 重い過去に同情したが、少し独り言が多いこと以外は常識人であるため、あまり気にしないことにした。

 それに、私が指導することになった魔法の練習では、その見えない妹と相談しながら上達していたため、プラスにもつながっているようで、なおさら私がその妹を否定する理由はなくなった。

 目に見えて魔法を上達させた彼女は、いつしかこの国でも有数の魔力を持った優秀な魔法使いとなった。

 彼女が国民へお披露目された後、その圧倒的な魔力と聖属性魔法で、あらゆる魔物を蹂躙していった。

 彼女は、どんな弱い人々にも手を差し伸べて、あらゆる人々を救っていった。

 見えない妹と会話している姿も、神からの信託を受けているととらえる人も出てきており、彼女への信仰はどこまでも高まるばかりだった。



 そうして、誰もが彼女のことを稀代の聖女と持て囃すようになり、世界中に彼女の名が広まった頃。

 突然、空を黒雲が覆い尽くし、陽の光すら届かなくなった。

 同時に、空からアレが舞い降りた。

 すべての災厄の元凶。邪龍ギズモ。

 伝承にしか聞いたことも見たこともなかった災厄の到来に、人々は恐れ慄いた。誰もが絶望し、膝を付き、神に祈ることしかできなかった。

 しかし、彼女だけは、聖女だけは違った。

 あらゆる絶望を払い除けるように、彼女は戦った。

 それはまるで、神話の世界と見紛うような戦いだった。

 あらゆる魔物の軍勢を聖なる力を持って打ち倒し、あらゆる障害を持ち前の知識と機転で切り抜けた。

 そうして、彼女はギズモの元までたどり着いた。護衛としてついている私だが、もはや私が守られるような力の差であった。

 壮絶な死闘の中、私自身も微力ながら支援を行ったが、事実ほとんどのダメージは彼女が与えていた。

 やがて決着が訪れる。邪龍は既にボロボロとなっており、あとは止めを刺すだけである。

 しかし、一瞬のその弛緩が良くなかった。残った力を自爆技として魔力を組み上げた邪龍は、自身の命もろともこの世界を破壊するつもりだった。

 彼女も流石にこの展開は予想していなかったのか、かなり切羽詰まったようだった。

 解決方法を妹と相談していたようだが、何を喋っていたのかまでは少し距離が離れていたため聞き取れなかった。

 いくらか話したあと、悲痛の表情をしながら手を伸ばす。

 すると、彼女のもとから出た光が、全てを飲み込まんと渦巻いていた邪龍の魔法に吸収され、直後に眩い光が炸裂した。

 光が収まったとき、全てが終わっていた。

 邪龍の最後の悪あがきは打ち砕かれ、あとには晴れ渡った空が広がった。

 彼女が何か呟いていたように聞こえたが、このときの私は邪竜が滅んだ喜びのほうが強かったため、気にする余裕がなかった。

 彼女も疲れ切った様子ではあったが微笑んでいたため、大したことではないのだろうと。



 その後、王国へと凱旋を果たし、あれよあれよと言う間に祝祭の準備が整った。

 私と聖女は、戦いの疲れを癒やしてほしいとこの間休暇を取らされていた。部屋は別のため、私は定期的に彼女の部屋を訪ねたが、彼女は疲れているので……と部屋から出ようとしなかった。

 後に知らされたことだが、凱旋後の身体検査の結果、邪龍との戦争前と後で魔力量が半分以下になっていたそうだ。

 邪龍の最後の魔法を止めるため、自身の魔力を犠牲にする必要があったのだろう。なんと自己犠牲精神の強いお方だろうと、彼女の偉大さを更に実感した。

 魔力を失った反動で体が不調なのだろうと考え、彼女を無理に連れ出すことはしなかったが、祝祭の前日、彼女に呼び出された。

 彼女は、「妹がいなくなってしまった」と私に語った。曰く、邪龍を止めるために魂を犠牲にしたためだと。もう声をかけても反応が返って来ないのだと。

 邪龍を倒したことで、彼女の精神が安定したのだろう。喜ばしいことだ。

 とはいえ、そのまま伝えるのは不味いので、その犠牲で世界が救われたんだと話すと、彼女も納得したように頷いて、いつもの微笑みを浮かべた。私からも感謝の言葉をいくらか述べ、部屋から退出した。

 そして祝祭の最終日の夜、彼女は自殺していた。

 つい数時間前まで、凱旋スピーチを行っていたはずの彼女が、満月の光が満ちる部屋で、天井から体を揺らしていた。

 自殺の理由については諸説上がった。自殺に見せかけた暗殺だという陰謀論。表向きに発表されたとおり、呪いにかけられていて自殺するよう仕向けられていた。魔力がなくなったことによる無力感で自殺した、等々。

 私自身も、魔力の消失に耐えられなかったのではと思っている。

 だが、もし彼女に本当に妹が見えていたとして、もし私がそれを信じられたとして、もし彼女の心にもっと寄り添えていたとして。

 そこまでもしを重ねた先に、彼女が死ななかった未来があったのではないか。

 ありえないことではあるが、そう考える度に、私は後悔に溺れてしまうのだ。


のちに聖女視点を投稿する予定です。


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