魔王討伐を終えたので俺はお役御免です。~勇者パーティーの斥候は褒美を受け取らずに姿を眩まします~
「ガラじゃないって。」
盛大に行われる勇者凱旋パレードを遠目に見ながら、ロウは呟いた。生まれも育ちも卑しい自分があの中に混じるなんて想像しただけで落ち着かない。こうして褒美も受け取らずに逃げてきたのはやはり正解だった。
ロウは、貧困街生まれの孤児だ。貧困街は暴力に満ち溢れている。強盗や殺人などの犯罪が至る所で起きており、女子供が誘拐されるのも日常茶飯事である。そんな場所で生まれ育ったロウだが、ロウ本人は強盗や殺人などの罪を犯したことがない。
それは殴れば殴り返されるからだ。暴力を受けるのを怖がったロウは何も望まずに物乞いのような暮らしを送っていた。
そんなロウがなぜ栄えある勇者パーティーで斥候を務めていたのか。それは、王国が自国がいかに平等で優れた国であるかを周囲に宣伝するためである。
身分による差別をなくす。それがこの国の若い王が掲げている理念だった。何にとりつかれたのかは知らないが、ある日突然そのようなことを王はいい始め、ありとあらゆる施策がなされた。
その一環として、ロウという「卑しい人間」が魔王討伐という名誉な旅に参加していることで周囲の国に国内で身分による差別がないことをアピールするという宣伝行為がおこなわれた。これがロウは勇者パーティーに加えられた経緯である。
ロウとしては、そんなことをしたら奴隷や自分のような貧民が付け上がって内乱の火種になるだけじゃないのかと思うのだが、偉いお方の考えることはよくわからない。
ともかく、勇者パーティーの一員として旅に参加したわけだが、ロウは意外に役に立った。多くの仲間が傷つき倒れていく中で持ち前の臆病さを発揮し、仲間の窮地を何度も救った。敗走して退却するときの先導役、回復役である聖女が魔力切れを起こした時のポーションによる回復など、地味だが無くてはならない仕事をこなした。
旅の最初の方こそ仲間の誰からも信頼されていなかったが、堅実に仕事をこなすうちに少しづつ周囲に気に入られていき、魔王を討伐する頃には全員がロウのことを本当の仲間だと思うようになっていた。
だからこそ、ロウは逃げてきた。
周囲からは上手くやっていたように見えただろうが、実際はそうではなかった。特筆すべき能力のない自分と世界の命運を託すために選ばれた者たちを比べ、ロウは劣等感に苛まれていた。
自分には、何もない。
魔法も使えないし、剣術もできない。勇者のような勇敢な心も持っていない。戦いの際に自分の命だけを気にしてこそこそと逃げ惑う自分が情けなかった。
斥候と言えば聞こえはいいが、要は雑用、小間使いと同じである。誰でもできることをこなしただけだし、それすらもっとうまくできた奴がいるはずだ。
自分は、たまたまそこにいただけ。貧民街からの人員の選出も無作為だったと聞いている。当然だ。一番○○な者という選び方ではロウが選ばれるわけはないのだから。
そんな自分を褒め称え、旅が終わったあとも関係を続けてくれようとする仲間たちの態度に対して、嬉しい以上に申し訳ないという感情が湧いてきた。
彼らは、自分のような人間が隣にいていい存在ではない。消えよう。
そう思い立ち、城の人間に話をつけて式典からと逃げてきたのである。国王に賛成していない貴族に話しかけた時、無視同然の対応をされたが、こちらが勝手に事情を話すと快くロウの名を魔王討伐のメンバーから消すことを請け負ってくれた。
国王には申し訳ないが、勇者パーティーにロウをねじ込む以外にも色々とやっていることだろうし、今更パーティーから貧民が一人消えたところで「平等」が揺らぐこともないだろう。
それに残ったからといって何処に自分の居場所があるのか。他の奴らのように貴族になったところで誰かの傀儡になるのが目に見えている。学も品もないのに功績だけはある自分は、きっとこれからの国の運営の妨げにしかならない。
ロウは、肩にかけた小さな荷物袋を担ぎなおす。魔王討伐の際の高価な武具、道具は置いてきた。もはや自分には無用の長物である。
これからは、その辺でのたれ死ぬまで生きるだけだ。
言葉にするとなんとも絶望的な余生だが、不思議と気持ちは軽かった。本来あるべきところに戻れるようで晴やかだ。
旅でずいぶんと鍛えられてしまったせいでもう物乞いはできないので、食い扶持をどうにかして稼がないといけない。文字が読めないロウにできる仕事はドブ攫いなどの単純労働くらいであろうか。先程まで王城にいたのにひどい変わりようである。ロウは、思わず吹き出す。
「「カーン。カーン。」」
鐘の音が聞こえる。式典が終わったのだろう。魔王討伐という非日常は今日、今を持って終わりである。これから、今まで通りのロウの人生がまた始まるのだ。