酒場の決闘
「いいとおもうよ」
投げやりにも聞こえるが、照れかくしのようにもおもえる。オレも、彼女のとなりで海を見やった。真夏の殺人的な太陽が、水平線の向こうにゆっくりと落ちてゆく。緑の光線は今日も見えなさそうだった。
カウンターの隅を陣取って、ふたりの男がテキーラの酒量で勝負していた。どちらの男も、美形の俳優にそれぞれ似ている。闘争心は今の時代、あまり見られなくなっていたが、やはり男の性というものか、瞳に鋭い光をギラつかせて、ふたりは互いに負けじと杯をあおっていた。ふたりは、すこしはなれて小テーブルについている女性をめぐって対決しているらしい。ロングの美しい黒髪を背中に流し、紫のミニのワンピースを着たその女は、ハリウッド女優の顔のパーツのいいところばかり集めた完璧な顔立ちをしていた。自分の美しさをよく分かっているその女は、涼しい顔をして、ふたりの男の戦いを見るともなく見ているようだった。
「あ、二十一杯目、よくやるよねー」
ピスタチオをかりかりやりながら、オレの目の前のクリスが感心する。
「どっちが勝つとおもう?」
「さあねえ」
「アタシは緑の服のほうが勝つとおもうな。黒服のほうはちょっと白眼むき出した」
声をひそめながらクリスがくすくす笑う。
「マスター賭けない? アタシ緑」
「オレは賭け事はしないの」
「えーつまんない。なんで」
「オレの親父が賭け事で身をもちくずしてね」
クリスが目を見開く。
「ホント? ウソオ」
「ウソ」
すましながらグラスをみがく。
「もーマスターはあ」
クリスが、げらげら笑う。クリスは笑い上戸だ。
飲み比べをしている男たちとは反対側にいた、見かけ三十代後半のひとりで飲んでいた男が指をならした。渋い二枚目だが、暗い感じの男だ。オレは男のところに行って、用を訊く。もどってきて、オレは注文のテキーラ・サンライズをつくり出す。
「なに? なんだって?」
いたずらっぽくクリスがひそひそ声で訊く。
「まあまあ」
オレは丁寧に酒をつくると、ちいさな銀の盆にのせて、紫のワンピースの女のところにもって行った。そして、男のほうを示しながら言った。
「あちらの方からです」
女はオレを見て、酒を見て、男を見ると、ふたたびオレに目をもどして、妖艶にほほ笑んでうなずいた。オレは女のテーブルに酒をおくと、カウンターのなかにもどった。
その様子を見ていたクリスがおかしそうに目をくりくりさせる。
「えっ! まさかの横やり」
オレは、曲げた人差し指で笑いをかくす。競い合いに夢中の男たちはまったく気づいていない。互いより一秒でも長く正気を保とうと必死になっているばかりだ。
二十三杯目をグラスにそそぎ、もうろうとしながらも黒服の男が渾身の力をふりしぼって酒をあおった。とおもうと、その男はそのまま、うしろへ卒倒し、スツールからころがり落ちた。
「あらら!」
クリスは手を口にあてて、床にのびた男を見つめた。オレはカウンターを出ると、黒服の男の上にかがみ込んだ。
「お客さん、お客さん」
ほおをぴしゃぴしゃ叩くが、気絶してしまった男は目を醒ます気配はない。仕方なく立ち上がり、オレは緊急用アドレスに救急車の手配をたのむ。三分以内に救急隊がつくだろう。やれやれとおもっていると、背後でまただれかの倒れる音がした。見ると、黒服ののびているとなりに、緑の男も昏倒していた。
オレは、メディア機をもう一度操作すると、「失神者もう一名追加」と連絡をつけ足した。
「マスター、見て見て」
クリスがせわしなく手まねいているのでなんだとおもったら、テキーラ・サンライズの男のところに紫の服の女が来てたたずんでいた。ふたりはほほ笑みを交わすと、立ち上がった男とその女は腕を組んだ。そしてこっちにやってくると、男はIDカードを出した。
「マスターお勘定を」
「あ……はい」
支払いをすますと、ふたりはもう一度意味深なほほ笑みを交わし、連れそって店を出ていった。女のこれ見よがしなモンロー・ウォークが印象的だ。まったく、女らしい女だ。
「トンビに油揚げ、ちゃんちゃん」
ふたりを見送って、クリスがあきれる。入れ替わりにどやどやと救急隊が乗り込んできた。先陣を切ってきた隊長にことのてん末を話し、ふたりの長く横たわった男を示すと、銀色の制服に身をつつんだ隊長は生まじめな顔をくずさず、
「あまりつづくようですと営業に差しさわりますよ」
と、同情まじりのようなことを言った。
「いつもお手数おかけしてすみません」
オレが頭をひとつ下げると、隊長はうなずいて、早速部下たちに指示を下して男たちの介抱をはじめた。