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ゲンジュウを追いかけて

 水平線の上になり下になり、カモメが数羽飛びすさっていた。鳥という生物は百年前に比べ、十分の一の数になってしまったそうだ。ホタルという光る虫もいたらしいが、絶えて久しい。人工でないそのちいさな光が光るさまはどんなだったのであろうか。その光を想像して、現実とすこしずれた空間にひたっていたとき、藍理がとつぜん訊いてきた。

「タツキ結婚しないの」

 オレは、呼吸の仕方を一瞬忘れて、むせた。

「なんだよ、とうとつに」

「好きなひととかいないわけ」

 藍理が、強いまなざしで見上げてくる。

「いないし、結婚なんて考えてないね」

 オレは大きく息を吐き出しながら答えた。

「でもいつかは……好きなひとができたら?」

 オレはすこしあきれたような目で藍理を見つめ返した。

「オレは独身主義者なの」

 藍理の瞳に陰が差す。

「アタシがいるせい?」

「バカ」

 珍しい態度の彼女を入れたかごを小づく。でもおそらく、彼女の本心の一端だ。

「オレはともかく」

 藍理が不安そうな目を上げる。

「手術受ける気はないのか」

 藍理の表情が一気に引きしまる。

「あと五年も働けば、費用が貯まる。今から予約を入れておけば、そのころ手術の順番も回る。手足をもう一度つけてみる……」

「手術なんて受けないったら」

 悲鳴に近い声を挙げる。

「また体がついたって、そしたらアタシはまたおなじことするだけだよ。そしたら、今度こそ確実に死ねる方法で死ぬよ。今生き永らえてるのは、自分で死ねないからってだけ。わかってるでしょ?」

 手術というのは、藍理に首から下の肉体をつけてやるものだ。自家細胞技術で可能なのだが、手術にはさすがに莫大な金がかかる。オレはそのための金を働いて貯めていた。

 藍理はことばにしたことでより深く自分のおもいに傷ついてうつむいた。泣ければいいものを、涙となるにはあまりに悲しみは藍理の心を堅く縛りつけている。深く深く心を蝕むおもいは彼女自身と同一化し、その表出は存亡の危機に関わる。

「オレがいっしょにいても死にたいか」

 藍理はやや充血した目を上げた。

「タツキは関係ない。アタシはアタシの生がいやなだけ」

 望みはかなえてやれないよ、とすまなくおもいながら、オレは彼女を見つめ返した。

「こんな世界、こわれちゃえばいいのに」

 藍理はオレから目を反らして、海を見ながら言う。海が白銀の波をひるがえす。

「体を取りもどして、お前がこわせばいいじゃないか」

「こわせないよ。タツキがいるもん」

 かすれた声で言う。

「タツキはこの世界が好き? 人生が好き?」

 前言をごまかすようにすかさず藍理は訊く。

「悪くないとおもうぞ」

 藍理が上目で見る。オレは、すこし笑う。

「ときどき、おもうけどな。神様ってのがこの世界やオレたちを創り、オレたちが泣いたり笑ったり必死になってんのを楽しんでながめてんじゃないかってね」

 藍理は同意するように黙っている。

「でも、藍理の言うゲンジュウってやつを必死に追いかけるのもいいんじゃないか? ないとおもってしまえば永遠にないだろうけれど、あると信じて探しつづければどこかにあるかもしれない。そういうのをムダだとおもうか?」

 眉をくもらせた藍理の唇がかすかにうごく。オレのことばを否定するつもりだったのだろうが、彼女は言った。

「タツキは子どもだよね」

「え?」

「夢や希望を信じてる子ども」

「バカにしてんのか?」

「ちがうよ」

 そうつぶやくと、藍理は海を見た。


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