TOKYO海浜公園
「海浜公園までですよね」
営業用にしてはいい笑顔だった。コマチタクシーはいい人材が多い。オレはうなずいて、開けられた後部ドアから車に乗り込んだ。ドアが閉まり、タクシーはしずかに走り出した。
「お客さん、聴きたい音楽はありますか」
ミラー越しにやわらかく笑みながら運転手が訊く。
「藍理、なんか聴きたいのあるか」
シートに下ろした藍理に訊くと、
「クラッシュ・パンク」
と、あまり乗り気なさそうに言う。
「やっぱりお若いですねえ」
運転手は笑いを転がして、プレーヤーのスイッチを押した。すぐに、ガシャガシャとやかましい前衛的な曲が流れてきた。オレは頭のなかをぐしゃぐしゃかき乱されている気分になった。そんなオレのとなりで、藍理はすまして音楽を聴いていた。
クラッシュ・パンクに乗りながら、三十分ほどで車は都会をぬけた。灰銀色の海水面が見えてくる。
「海見るか」
藍理に訊くと、
「うん」
とうなずいたので、オレは彼女の入ったかごを窓まで引き上げ、外を見せた。
「蜃気楼って見てみたいな」
「この辺じゃ無理だな」
「つれてってよ」
「いいよ」
窓ガラスにうっすら映った藍理の目にうれしそうな色が宿る。世界じゅうのどこにだって、月だって火星だって連れて行ってやるのに。藍理がそんな希望を口にしたことはない。想像より美しい景色なんてない、と彼女は断言している。
車は、海浜公園入り口に着いた。入り口付近の広場は、青みがかったコンクリが敷きつめられ、形ばかりの低い門柱が立っている。IDカードで支払いをすませると、
「よい午後を」
と運転手は笑って、ゆっくりと去っていった。
おだやかに寄せる波の音が聴こえる。広場の向こうの砂浜では、それぞれにカラフルな水着を着た連中が思いおもいに海とたわむれていた。パラソルの下で日光浴をする者、泳いでいる者、サーフィンをする者、ヨットをする者、ナンパをする者などなど。
「うざあ」
たしかに、うんざりするほどのひとの数だ。
「どこもいつもこんなもんだ」
「だろうね」
「いつものとこでいいか」
「うん」
あまりひとの来ないしずかな岸辺がある。オレたちはいつもそこで海をながめ、とりとめもないことを話してすごす。へやのなかでは閉じていく思考も、開けた空と海に向かうと、ふしぎに出口を見つけ、救われる気分になる。
オレはとちゅうの売店で、藍理にライムソーダを、自分にコークハイを買って、目的の場所へ行った。通りがかりに藍理に好奇の目を向けるひとびとに、彼女は盛大に舌を出した。手指があったら、中指をつき立てているんだろう。
海辺のはずれのしずかな岸辺にオレたちは陣取った。ひとびとのはしゃぐ声よりも、波の音のほうが大きい。藍理は、一気にライムソーダを飲み干した。
「あー、脳が冷える」
オレはくすっと笑った。
「よかったな」
「コークハイちょうだいよ」
「ダメだよ」
オレは、細かい氷だらけのコークハイを飲み干した。
「……アタシ永遠にアルコール飲めないのかな」
寂しそうにつぶやく藍理に、オレははっとなった。ぐるっと思考がめぐり、提案する。
「こうしよう。藍理はあと二年で二十歳になるはずだよな? 二十歳の誕生日をすぎたら、好きなだけ飲むようにすればいい」
藍理が、かごのなかからオレを見上げた。
「楽しみ」
あまりうれし気もなく彼女は言った。二年は彼女にとって長すぎるのかもしれない。