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バー・ストレンジ

 夕刻の駅は、行楽帰りの客で込み合っていた。若い(本当の歳は判らないが)女は、今人気の女性歌手に似た顔立ち(おそらく多くは整形だろう)をして、その歌手をまねた化粧とファッションをまとっている。その女といっしょに歩いているのは、今人気の男性俳優らに似た男たちだ。こちらは、人気俳優の数が複数いるため、わりと個性がバラけている。ミもフタもないほど、かれらは各俳優に顔立ちもファッションも酷似していたが。今日という日も存分に遊んで楽しんだのか、嬉々として明るいかれらはかしましくさえずりつづけている。

 オレはパーラーと揚げもの屋にはさまれた地下への階段を下りた。踊り場のかべには、「飼いならされた豚どもよ、目を醒まして我らと狼のように死ね!」と黒地に白字で書かれた「正死隊」と名乗る過激派のポスターが乱暴に貼られていた。今の国政に不満をもつ反乱分子のかれらは、集団自殺を呼びかけている。かれらに共感する人間が、一日に平均五人死ぬ。

 オレは踊り場からすこし下がって、バー「ストレンジ」の木製のドアを、IDカードを使って開けてなかに入る。木材は今や貴重な資源なので、この店で一番ドアが高価かもしれない。入り口を入ると、ライトが自動で点る。うす暗い階段を通ってきた目には、その明るさになれるのにしばらく必要だ。オレは目をしばたたかせながら、店の中心をまっすぐに歩き、カウンター内のレジに備わった人体認証機に手をかざす。

「……二○×五年七月二十日午後五時十七分、IDナンバーBX-A-192206、スドウタツキさんを認証しました。ご苦労様です。本日もよろしくお願い致します」

 認証機がいつもの声で言う。

「ハイハイ」

 藍理のがうつった、とオレはおもって苦笑する。

 六時の開店に向けて、自動調理機はツマミなどの仕度をすでに始めていた。食べ物の材料は、国から自動で送られてくる。オレは、必要なものをリストアップして、国に知らせておけばいいだけだ。あとは、この店に来る客の話の聞き役。それがこの店でのオレの仕事だ。掃除も食器洗いも機械がやってくれる。開店までの三十分あまりの時間を、オレはグラスの仕上げみがきや酒類のチェック、イスの整とんなどにあてる。かべにかけられたグラフィック・アートを、そろそろ変更しようかとオレは考える。今かかっているのは、ルドンの人物画だ。あれを、ド・スタールに替えよう。たしか、夏向きの船の絵があったはずだ。グラフィック・アートはデジタルで、一本のメールですぐに替えてもらえる。

 午後五時五十五分、店の外にひとが立っていることを知らせるランプが点く。開店五分前だが、気の早い客が来たようだ。たぶんあの娘だろうと察しながら、オレはドアを開けるスイッチを押す。

「こんばんはー」

 開いたドアの向こうから元気な声で入ってきたのは、やはり彼女だった。

「時間前なのに、いつもすいませーん」

「だいじょうぶだよ」

 クリスと名乗るその女性は、走るようにカウンター席にやってきて、イスにかけた。見かけの年齢は、二十代前半。蛍光ピンクのミニのワンピースに、ゆるいパーマをかけた黄色い髪。ほどほどに流行を追いかけているが、顔は特に人気のだれかに似せているわけではない。大きな目と口に、鼻がやや低いのがすこし不釣り合いだが、好ましいとオレはおもう。

「マスター、とりあえずジン・トニック」

「了解」

 オレは棚から瓶を取り出して、酒を作り始める。

「マスター、アタシ今日どこに行ってきたとおもう?」

「さあ」

「当ててみて!」

 今や、交通手段が発達していて、地球の裏側にも日帰りで行ってこられる。月までなら一泊、火星までなら二泊あれば旅行できる。

「シベリア」

「なんでシベリアなのー、受ける」

 ジン・トニックを受け取りながら、クリスはケラケラ笑った。耳もとでピンク水晶がゆれる。

「おしいけどね、フィンランドだよ」

「サンタ=クロース?」

「そう、サンタさんに会ってきた。子どもたちからの手紙を読んでたよ。それから、氷のホテルでウオッカ飲んできた」

「ひとりで?」

「そう、ひとりで」

 クリスは基本的にいつもひとりだ。人間関係がわずらわしいらしい。デザイン・ベイビーだからかも、と彼女は言ったことがある。デザイン・ベイビーとは、国が調整のために人工的に産み出す人間のことだ。現代では、自然に生まれる赤ん坊は極度にすくない。いろいろと原因は研究されてきたが、決定的な説はない。デザイン・ベイビーだからこそクリスのようにひととの係わりを避ける者、あるいは逆にひととの係わりを熱烈にもとめる者などさまざまだった。

「楽しかったかい」

「フツー」

 一息でグラスを空にして、やや退屈そうにクリスは一息吐き出す。

「ねえマスターも今度いっしょに行かない? 火星あたりにさ」

「ひとりが好きなんじゃないのかい」

「そうだけど、マスターもひとりが好きっぽいじゃん。そういうひととならいいって感じ」

 勝手なこと言うなあ、とすこし呆れる。

「店があるからダメ」

「ちぇー、マスターのケチ」

 大げさに不満を表しながらも、それ以上しつこくしないのがクリスのいいところだ。


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