高市政権に対する虚報攻撃
僕は、日刊ゲンダイDIGITALの「巻頭特集 この国はどこに向うのか…高市新首相を熱狂支持する世論の怖さ」という発信を引用して、「高市政権に対する虚報攻撃の激しさに対する選挙民の危機感が背景にあるような気がする」旨、呟いた。
2025年11月29日、僕は呟いた、
「裏金議員という言い方は正しくない、安倍派の不記載該当者は、それぞれ説明を尽くしている。しかも、野党議員等については、杜撰な資金管理や悪質な行為が有っても不問に付するという片手落ちの報道テロ的情宣。虚報メディアは、この国を何処まで破壊すれば気が済むのだろうか?」と。
その際、[また正義が勝ってしまった!]垢の「史上最大の21億円の裏金は小沢一郎の陸山会」発信に関する画像を添付した。
https://x.com/thucydi_des/status/1994561933169889312
ジャーナリストの田原総一朗氏(91)が、19日放送のBS朝日の討論番組「激論!クロスファイア」で、自民党の高市早苗総裁について「死んでしまえと言えばいい」と発言した。田原氏は23年前に高市氏を「下品で無知」と非難し、謝罪に追い込まれている。
番組には、自民党の片山さつき元地方創生担当相、立憲民主党の辻元清美前代表代行、社民党の福島瑞穂党首がゲストで出演。辻元、福島両氏が高市氏を批判すると、司会の田原氏が割って入り、「あんなやつは死んでしまえと言えばいい」と述べ、2人にたしなめられた。
田原氏は平成14年8月18日に放送されたテレビ朝日「サンデープロジェクト」で、出演した高市氏が先の大戦について「セキュリティー(安全保障)のための戦争だったと思う」と述べたのに対し、「下品で無知な人にバッジ付けて靖国のことを語ってもらいたくない…こういう幼稚な人が下品な言葉で靖国、靖国って言う…靖国神社に行ったら、下品な人間の、憎たらしい顔をしたのが集まっている」と非難した。
翌週の放送で田原氏は「下品という言葉を使ったのは誠に不適切で、申し訳ない」と謝罪したものの、続けて高市氏の歴史認識を再び批判していた。
自民党総裁の高市早苗が首班指名を獲得し、不安定な政局の最中、日本初の女性総理となった。
その報道としてNHKが放送したニュース映像がネットで話題になっているのだが、その前に首班指名選挙ギリギリのタイミングで行われた石破茂による「戦後80年所感」に触れておきたい。
石破はその所感の中で冷静な戦前分析を行い、メディアの問題についても度々言及があったことを思い出したい。
「使命感を持ったジャーナリズムを含む健全な言論空間が必要です。先の大戦でも、メディアが世論をあおり、国民を無謀な戦争に誘導する結果となりました。過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズム、差別や排外主義を許してはなりません。」
ここで重要なのはメディアの健全な言論空間の醸成・維持であることは論を俟たない。
今回は右派とされる内閣をNHKが批判した形にはなるが、中立性を欠いたNHKのそれは結果的に分断を生み、メディアへの国民の信頼感を大きく喪失する契機となりうる。またそれはある意味においては世論を煽るのと同様の行為と考えることもできる。
今回のNHKによる高市内閣ダッチアングル報道は、健全な言論空間に水をかけるような行為に他ならない。
しかしこの議論を右と左の二項対立、闘争ととして捉えていては本当の怖さも見えてこない。
石破がその所感で指摘したように、戦前の日本に様々なガバナンスの欠陥があったように、このような報道もガバナンスの問題として捉えなければ感情的な議論を助長するのみである。
だからこそ、冷静かつ厳格な批判が必要である。
よって今回はNHKの体質、責任論もさることながら、何故今回のような事が起こり得たかを検討していきたい。
今回の炎上は、NHKによる高市早苗内閣府発足のニュース映像でダッチアングルという画角が多様された事に端を発する。
22日のNHKの7時のニュース。
高市総理および関連画像が斜めになってる(倒れかけているようにも見える)。
これはダッチアングルと呼ばれる手法で、見る者に不安や緊張感を与える効果がある。
意図的にやっているのは明らかで、極めて悪質な報道である。
ダッチアングルとは、画面を斜めに傾けた画角で視聴者に不安や緊張感を与えるものとして、ドラマや映画では映像文法としては常識的な画角演出である。ダッチアングルのような映像の連なりを用いて、編集された映像に意味ないしは印象を与える「モンタージュ理論」を確立したのは『戦艦ポチョムキン』(1925)を撮ったセルゲイ・M・エイゼンシュテインである。同作品にはオデッサの階段という有名なシーンがある。エイゼンシュタインは水平の画角の中に階段という被写体の斜め構造と、パン/ズーム/カットのリズムにより視聴者に効果的な錯覚、混乱を与える事に成功した。このような画角構成や映像の繋ぎ方によってエイゼンシュタインはモンタージュ理論を確立し、映像とはただの写真の連なりではなく、視聴者に対して独自かつ明確な心理効果を与えることを証明した。そのオデッサの階段のような"傾いた世界"を表現するモンタージュ的構造が、後にダッチアングルが担う心理効果の原型となっていくと同時に、ダッチアングルのようなフォーマリズム的演出の効果を証明する礎となったとも言える。
今回の最大の問題はNHKがこのような映像演出を通して、事実に色を足した報道、つまり画角による偏向報道を行ったことである。
しかしもう少し大局的に今回の騒動を俯瞰するとき、最大の問題は今回のダッチアングルによる報道は明らかに偏向報道でありながら、法的に批判するのが難しいという点にある。今回問題になったような非・言論であるモンタージュ理論やフォーミズム的な映像文法は現行の放送法や判例においてその対象としてなかば規制の対象外ともいえる。
実際、今回の報道を行うにあたっては、NHKならばいくつものチェックが入るはずである。にも関わらずダッチアングルが許されたのは、やはり放送法第四条を批准した内部規定にも引っかからないと判断されたと考えるのが自然だ。放送法第四条に照らしても、例えば第三項がいうように事実を曲げてはいないだろう。しかし恣意的にその映像を傾けたり歪めたりして、言外の"意味付け"をする事は許されるのか?
石破が「戦後80年所感」で述べた戦前のメディアとは、その大半が新聞であっただろう。しかし現代は活字より映像の時代である。にも関わらず、放送法においては映像文法に関して具体的な規定はない。これは今回のように、公平さに不要な余白を生む可能性がある。もちろん第四条の趣旨を考えればダッチアングルによる批判的な政治報道など許される筈がないのだが、よりによって内規が厳しいはずのNHKがそれを犯した、犯し得たことに問題の本質があると思う。今回の騒動を巻き起こしたディレクターの恣意的な姿勢、それを許した局の監督責任、それらを許す(若しくは言い訳を与える)に至った未成熟な放送法の実態はこれら全て看過が許されるものではない。
内閣官房は、特定の演出手法によって内閣に対するネガティブな印象を意図的に作り出し、公共の電波を通じて放送するのは報道の公正性を著しく損なう行為であると指摘し、事態の経緯と意図についてNHK側に明確な説明を求めた。NHK側は「意図的なものではない…特定の政治的意図をもって行った演出ではない…映像制作上の技術的判断によるもの」というような曖昧な弁解に終始し、明確な説明も謝罪もしなかった。この「釈明不充分で謝罪なし」というNHKの対応は、さらなる批判を呼んだ。
今回のNHKによる偏向報道は、右とか左とかそんな話ではなく、日本における公正な放送倫理、メディア倫理を揺るがす看過できない事件であり、厳格に批判されるべき事象だと思う。
その為には国民が映像や放送リテラシーを高め、専門家による放送法への正面からの批判が必要だと思う。
いわゆる「裏金」問題に火が付いたのはもう1年ほど前だ。いまだに鎮火のめどが立たない。衆参両院の政治倫理審査会が開催され、関係議員らが弁明を続けている。しかし、主要紙報道を見ても、これで一件落着とはなりそうにない。
なぜこんなにこじれてしまったのか。まず、「裏金」問題という呼び方が間違っている。「裏金」とは、広辞苑によれば「公式の帳簿に記載しない、自由に使えるように不正に蓄えた金銭」を意味する。この間、東京地検捜査や自民党調査で、私的流用や不正蓄財は判明しなかった。多くは派閥の指示に従って不記載にしていただけだ。これは「裏金」に当たらない。
ところが、朝日・毎日新聞など一部メディアは、「裏金議員」とのレッテル貼り報道を続けた。衆院選前には、「裏金議員」一覧を紙面に掲載するなどした。これは、事実に反する報道冤罪にほかならない。結果として、選挙で厳しい審判を受ける「冤罪被害者」らも続出した。
高市早苗内閣の副大臣、政務官に自民党の派閥パーティー収入不記載事件に関与した7人の衆参議員が起用された。東京地検特捜部が強制捜査を開始した令和5年12月から約2年。この間に政治資金規正法違反の罪で不起訴となり、衆参の政治倫理審査会では弁明に臨んだ。先の国政選挙で国民の審判を経ながらもなお、一部メディアからは「裏金議員」と呼ばれている。 公明党が自公政権からの離脱を表明した。新政権が発足した直後はマスコミも与野党も批判や性急な評価を避ける「ハネムーン期間」という言葉が政治にはあるらしいが、自民党の高市早苗新総裁に限っては、政権も発足していないうちから理不尽とも言える批判が続いている。
新総裁に選ばれた直後の「馬車馬」発言にさっそく一部メディアが集中砲火を浴びせたのもその一例だが、多くの国民の反応は冷ややかだった。SNS上などでは「一般国民に言っているわけではない…『出馬』も使ってはダメなのか」などとメディア側のピント外れを指摘する声が大半だったのだ。
さらに党内人事で萩生田光一元政調会長が幹事長代行に選ばれると、今度は相変わらずの「裏金」批判だ。野党議員らの声を引用する形で《高市新総裁がさっそく「裏金議員」登用…「裏金議員が復活」》などと繰り返し報じていた。
中でも注目されたのが、大阪の読売テレビで6日に放送された報道番組だ。東京からリモート出演した立憲民主党の辻元清美前代表代行が、総裁選について「麻生太郎さんと裏金の旧安倍派の復権をかけた熾烈な権力闘争だった」とまくし立て、「裏金議員が党の役職にも入って許してええんかということが、私ら野党は問われている」などと述べた。
元NHKのジャーナリスト岩田明子氏が12日放送のフジテレビ系「Mr.サンデー」(日曜後8・54)に出演。公明党が自民党との連立関係を解消したことに言及した。
自民・高市早苗総裁は10日に公明党・斉藤鉄夫代表と会談し、連立政権からの離脱を伝えられた。斉藤氏は会談後の会見で「政治とカネに関する基本姿勢で相違があった」と説明したが、背景には裏金事件に関係した旧安倍派の萩生田光一氏を幹事長代行に起用した高市氏の人事への不満があったとみられる。
MCのフリーアナウンサー宮根誠司は自民の新執行部人事について「公明党とパイプがある菅(義偉)さんがいなくなり、麻生さんや公明党に厳しい方が大変多い。で、萩生田さんでしょ。公明党からするとケンカ売ってんのか?っていう人事」と指摘。
岩田氏も「そう見えます。そう受け取りかねない人事ではある」と同調したが、党首会談で高市氏が「総裁が私でなかったら離脱しなかったか。総裁が代われば、また連立協議をするのか」と発言したことに触れ「私から身を引きましょうかという問い掛けまであったがそれに対してゼロ回答だから。公明党からは確かに気に食わない人事だったかもしれないが、提案に対してもゼロ回答なわけだからやっぱり結論ありきだった」と推測した。
宮根は「逆に、この人事を見ると自民党から公明党を切りにいったっていうのは見えませんか?」と質問し、連立解消のための党内人事だった可能性に言及。岩田氏は「だとしたら物凄い戦略家ですよ」とし、「(26年間の連立関係で)何回もギクシャクしながらも修復してを繰り返してきたのに今回だけが最後通牒。ということはやっぱり今回選ばれた高市さんに照準が当たっていると言わざるを得ない」と自身の見解を述べた。
連合の芳野友子会長は2025年10月23日の記者会見で、高市早苗首相が労働時間規制の緩和検討を閣僚に指示したことについて「長時間労働是正の取り組みに逆行するもので、看過できない」と述べた。
2019年に施行した働き方改革関連法は罰則付きで残業時間の上限を定めた。原則として月45時間、最大でも百時間未満、年間で720時間と定める。
首相は指示の中で緩和の前提として「心身の健康維持と従業者(労働者)の選択」を挙げた。芳野氏は「企業の中で労働者は非常に弱い立場にある。労使間で対等に主張が通るのかといえば非常に難しいと思う」と懸念を示した。
関連法は施行から5年を過ぎた時点で見直すことを定めており、厚生労働省の審議会で労使の代表による議論が本格化している。芳野氏は「今の段階では審議を見守りたい」と述べた。
この件に関して、人工知能Grokに問うた処、次のような回答が返ってきた。
はい、提供されたYahoo!ニュースの記事(楊井人文氏執筆、2025年10月22日頃公開)で指摘されている通り、共同通信の速報記事が「心身の健康維持と従業員の選択を前提にした」という重要な文脈を省略して「労働時間の規制緩和検討」を報じた結果、SNS上で誤解を招く形で拡散されている状況です。
以下に、事実関係と拡散の様子を整理します。
事件の概要
高市首相の指示内容: 2025年10月21日、高市早苗新首相は厚生労働相(上野賢一郎氏)に対し、指示書で「心身の健康維持と従業員の選択を前提にした労働時間規制の緩和の検討を行う」と明記。これは自民党の「働きたい改革」公約に基づき、兼業・副業の促進や最低賃金の引き上げ加速と連動した柔軟な働き方を想定したものです。規制の完全撤廃ではなく、健康と個人の選択を条件とした検討段階です。
共同通信の報道ミス: 同日夜の速報記事(47NEWS経由で配信)は、この前提部分を一切触れず、単に「首相、厚労相に労働時間の規制緩和検討指示」と報じました。これがX上で急速に拡散され、1万回以上のリポストを記録。野党議員(例: 日本共産党の志位和夫氏、社民党の大椿ゆうこ氏)や労働団体から「過労死促進」「ワークライフバランスの破壊」といった強い批判が相次ぎました。
修正の遅れ: 約1時間後の修正記事で前提を追加しましたが、SNS投稿はなく、速報版の誤った印象が残りました。他のメディア(時事通信、産経新聞、日経新聞、毎日新聞)は前提を含めて正確に報じています。
SNS(主にX)での拡散状況X上では、速報記事を基にした「切り取り」投稿が急増し、批判の声が主流ですが、一部で「前提を無視した印象操作」と指摘する投稿も見られます。
2025年10月21-22日の最新投稿を中心に、以下のような傾向です
批判拡散の例(前提無視の投稿)
志位和夫氏の投稿(2.5万いいね以上): 「過労死が大問題の日本で時代逆行」と速報を引用。
大椿ゆうこ氏の投稿(8千いいね以上): 「労働者をバカにし過ぎだ!」と速報リンク付き。
これらが引用され、数万ビュー規模で広がり、#高市早苗 #労働時間規制 などのハッシュタグでトレンド入り。
指摘・擁護の例(前提を強調)
ユーザー投稿: 「心身の健康維持と従業員の選択を前提にって言ってたでしょ? 印象操作でしょ」と野党批判。
別の投稿: 「ちゃんと中身読めよ。切り取った報道が問題」とメディアを非難。
全体の約3割がこの指摘で、数百いいね規模の連鎖反応あり。
Web検索でも、速報版の誤報が基にした批判記事(例: 産経新聞の「物議」報道)が上位を占め、正確版の時事通信記事が後追い。
拡散のピークは10月21日夜で、現在も残響が続いています。
なぜこのような拡散が起きたのか?
速報のセンセーショナリズム: 共同通信の1文速報が、SNSのアルゴリズムで即時拡散。前提省略が「過労推進」との誤解を助長。
政治的文脈: 高市氏の総裁選発言「ワークライフバランスを捨てる」が過去に炎上しており、規制緩和ニュースがこれを連想させた。
影響: 労働組合や野党の即時反応が火に油を注ぎ、支持率低下を狙った「印象操作」との陰謀論も一部で浮上。
記事の指摘通り、このような「前提切り取り」は報道の信頼性を損ない、社会的分断を招きます。詳細は指示書の全文確認をおすすめします。
新聞やテレビの政治報道が不偏不党で公正かは、古くて新しいテーマである。
自民党の高市早苗総裁を取材するため待機していた報道陣から「支持率下げてやる…支持率が下がるような写真しか出さねえぞ」などの声が上がったのを、インターネット上で生配信された。時事通信社は、自社の男性カメラマンの発言と確認して、厳重注意したと発表した。会談が長引いて高市さんがなかなか姿を見せず、イライラしてつい口走ったのかもしれない。
だが、靖国神社参拝を続け、選択的夫婦別姓に反対する高市さんを歓迎していないメディアがあるのは確かだ。「働いて、働いて、働いて…私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」と語ったのを、過労死に結びつけて「時代に逆行している」と批判する。初の女性総裁誕生を「うれしくない」とする野党の女性議員やフェミニストの識者の発言をことさらに取り上げる。
安倍晋三政権で、モリカケ問題を執拗に追及する一部メディアを、安倍首相が「印象操作だ」と言っていたのも記憶に新しい。「従軍慰安婦」や東電福島第一原発事故の「吉田調書」をめぐる朝日新聞の誤報で、第三者委員会の委員が社員から「角度をつける」という言葉を聞いた。取材の基本は予断を持たないことだが、あらかじめ読者を誘導する方向性が定められているのだ。にもかかわらず客観報道を装うのは欺瞞だ。
北朝鮮の代弁者は次のように騙る。
高市早苗新総理が誕生した21日、北朝鮮は靖国問題でけんせい制球をぶつけてきた。
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は21日付で、日本政府要人や国会議員が靖国神社に供物を奉納し参拝したことを厳しく非難する論評を掲載した。記事のタイトルは「執拗な参拝遊びは露骨な再侵略野望の発露」であり、同紙は「日本の政治家たちはまたも群れをなして参拝騒ぎを繰り広げた」と批判した。
同紙は特に「政府当局者による供物奉納の遊びも行われた」と指摘し、今回の報道が秋季例大祭の期間中に石破茂氏が内閣総理大臣名で靖国神社に供物を奉納したこと、さらに「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属する議員らが集団で参拝した動きを念頭に置いたものとみられる。また、供物料を納めた自民党総裁の高市早苗氏に対しても、新政権発足と同時にけん制する意図があったと見ることができよう。
労働新聞は論評の中で、「極東国際軍事裁判で戦犯として処刑された特級戦犯を崇拝し称賛することは、国際的正義に対する公然たる挑戦であり蹂躙だ」と非難。さらに、「日本の再武装の動きが加速しているなか、軍国主義の亡霊を追慕するような参拝行為は、過去への郷愁ではなく、近い将来それを必ず復活させようとする再侵略の野望の表れだ」と断じた。
同紙はまた、「こうした妄動は周辺諸国の警戒と覚醒を一層高めている」とし、「日本が真の平和国家へと進む道を拒み、再び軍国主義への道を選ぼうとしている」と警告。北朝鮮当局として、日本の右傾化や防衛力強化政策を「過去への逆行」と位置づけ、国際社会がこれを看過してはならないと主張した。
さらに、「対内的には戦争と敗戦を経験していない若い世代を軍国主義と復讐主義思想で洗脳し、対外的には『慣例的な』参拝遊びで国際社会に免疫を醸成しようという下心が敷かれているのだ」と断じている。
北朝鮮が靖国神社参拝を非難するのは恒例のことだが、今回は新政権発足直後にあたる時期であり、高市政権の外交・安保方針を牽制する意図がうかがえる。労働新聞は最後に「日本の支配層がいかに隠そうとも、再侵略の野望はその行動で明らかになっている」と強調した。
自公連立に依存していた政治家にとって高市政権の誕生は、寝耳に水の驚愕。自民党内の造反を強く期待するマスコミ界隈は、虚しい情宣に勤しむ。
石破茂政権に続き、高市内閣が発足した。発足をめぐっては、「女性閣僚が増えるのでは」といった前評判もあったが、ふたを開けると、小野田氏と片山さつき財務相の2人だけとなった。
片山氏は財務官僚から政治家に転身し、2005年の衆院選(郵政選挙)で、いわゆる「刺客候補」として初当選。以来20年にわたりメディア露出も多く、「舛添要一元東京都知事の元妻」としても知られている。
小野田氏は今回初入閣。副大臣経験もない中での登用とあって、「大抜擢だ」との反応も見られる。SNS上では、早くも「未来の総理大臣候補ではないか」といった声もあるが、一般的にはまだ、その人物像はあまり知られていない。いったいどのような人物なのだろうか。
まず「表向き」の紹介として、公式サイトのプロフィールをなぞりつつ、その経歴をたどる。
小野田氏は1982年、アメリカ・シカゴで、日本人の母、アメリカ人の父のもとに生まれた。1歳で母の地元である岡山県へ移住。拓殖大学を卒業後、ゲーム会社勤務などを経て、11年に東京都北区議選で初当選した。
そして区議2期目の16年、郷里の岡山に戻り、参院選で初当選する。菅義偉内閣で法務大臣政務官、第2次岸田内閣で防衛大臣政務官などを歴任。参院外交防衛委員長を経て、25年8月からは参院内閣委員長の立場にあった。
25年4月には、参院地方創生・デジタル特別委員会で、議員会館で稼働している掃除ロボットが中国製だったと指摘し、安全保障上の問題がないかと質問した。今回の経済安保相就任にあたって、当時の様子が改めて注目されている。
加えて、あらゆる勢力におもねらない姿勢も、支持者を増やす要因だ。高市政権の発足にあたって、四半世紀にわたり続いてきた自公連立が破局を迎えた。しかし小野田氏は、22年の参院選で、すでに公明党の推薦を受けていなかった。
22年8月4日の『ABEMA Prime』では、「献金を一切受け取らないし、政治資金パーティーも開かない。何かの恩を一定の企業や宗教、団体からドンと受けると、ひもを引っ張られてしまうことがありうる」と語っていた。
このように小野田氏は、権力に左右されず、自らを貫く姿勢を見せている。政治に「強いリーダーシップ」が求められる昨今では、こうした人物に対する期待感が増すのも理解できる。
まさに、高市氏が自民党総裁まで上り詰めたのも、先の参院選で参政党が大躍進したのと同様に、「強固な国家観を打ち出す政治家」が求められてきたからだ。そう考えると、小野田氏が注目を集める理由も、なんとなくわかってくる気がする。
2022年に死去した安倍晋三元首相は、凶弾に倒れる前日に小野田氏の応援演説に駆けつけており、X(当時はツイッター)には小野田氏を「鋼の信念」と評価していた。
特筆すべきは、小野田氏のSNSへの適性の高さだ。
政治家のSNS運用で、重要となるのは「ツッコミどころ」の有無だ。実直さが求められる国会議員だからこそ、人間らしさをにじませることで、親近感が増していく。小野田氏は、その硬軟をうまく調整して、情報発信しているように思える。
たとえば今回の大臣就任にあたり、認証式で着用したドレスが注目された。銀色で目立つ服ゆえに話題となり、数年前に片山氏が着用していたものと同一なのではとのウワサも立ったが、即座にXで「自前のものです」と否定。
「宮中のドレスコードに該当する服って殆ど売っていないので急いで買おうとしても選択肢が少なくてかぶりがちかもしれませんね」と、その理由を説明していた。
振り返れば、前任の石破茂内閣では、発足時の閣僚の服装がルーズではないかとの理由で、「だらし内閣」だと批判された。
その点において、小野田氏の投稿は「なぜなに」に正面から向き合い、人々の興味関心に沿っていると言えるだろう。
こうした投稿から透けるように、小野田氏のSNS人気は“国会議員らしくない発信”にあることがわかる。先のドレス投稿は、比較的落ち着いた内容であるが、ツッコミどころのあるものも珍しくない。
選挙区内の“餅つき”で、人目を気にせず、一心不乱にきねを振るう動画などは、「そこまでやるか」と感じさせる。今回閣僚となったことで、さらにその「SNSと肩書のギャップ」は増すだろう。
加えて、ネットユーザーとの親和性が高いのが、サブカルチャーへの圧倒的な「当事者意識」だ。プロフィール紹介の所で、「ゲーム会社勤務などを経て」と書いたが、このアニメやゲームの理解の深さも、SNS上では好印象につながる。
過去には、自民党の公式YouTubeチャンネルで、その作品愛を熱弁したこともあった。
漫画家で自民党の参院議員である赤松健氏は、Xで「ガチのオタクであり、女性向けシチュエーションCDやBLCDを中心に広報&プロデュースしていた、元本職の方です」と紹介。小野田氏は「いえいえ、私なんぞ本当にたしなみ程度のにわかです…でも好きな作品の話がたくさんできて嬉しかったです」と、謙遜まじりに引用リポストをしていた。
今回、小野田氏は経済安保相や外国人政策担当相に加え、クールジャパン戦略担当大臣も兼務しているが、そのジャンルでは永田町で有数の人材と言えるだろう。こうした側面も、ネットユーザーに「俺たちの代表」だと思わせているのだろう。
2025年10月20日、自民党と日本維新の会が公表した[連立政権合意書]には、「2026年通常国会において、『日本国国章損壊罪』を制定し、『外国国章損壊罪』のみ存在する矛盾を是正する」旨の一文が記載されていた。
上瀧弁護士は「憲法違反。表現の自由侵害」という日弁連の声明に賛意を示したが、多くのX民は日弁連を非難した。
2025年10月24日、高市早苗首相就任後初の衆議院本会議場に於ける所信表明演説が、怒号と罵声で聴衆に届かないように、妨害された。
経済再生、防衛体制強化、社会保障再構築などについて語り始めた直後、議場の左側から「旧統一教会はどうした!…暫定税率廃止しろ!…裏金を説明しろ!」というような怒号が飛び交った。「静かにしろ!…聞こえないんだよ!」という声に、高市首相は演説を中断し、どうすれば演説内容を聴衆に届けられるのか思案するように議場を見渡した。演説を再開すると、再度騒然となり、首相の声はしばしばかき消された。これらのヤジに政治的主張の要素は無く、騒音で議場の品格を損なうものでしかない。
SNS上では「ヤジ議員…立民の品性ゼロ」などの言葉が飛び交い、X(旧Twitter)では「ヤジ議員」がトレンド入りした。
今回の混乱の中心にいたのは、立憲民主党の議員たちだ。ヤジを飛ばしたとされる水沼秀幸議員(35)は千葉県船橋市出身、早稲田大学商学部卒業。東京海上日動火災保険株式会社などで勤務したのち、立憲民主党から衆院千葉4区に出馬し初当選(1期)した若手議員である。企業出身でありながら、労働政策や中小企業支援など現場感覚を重視する政治姿勢を掲げてきたが、今回、政策論争ではなく怒号で存在感を示そうとする姿勢が目立った。問題は、こうした行為を党内が容認している点にある。立憲民主党は「市民に寄り添う政治」を標榜しながら、議場で相手の発言を遮り怒声を飛ばす議会制民主主義の敵と化した。
かつて国会では「ヤジは議場の華」と呼ばれたが、いまやその「華」は枯れ果てている。感情剥き出しの罵声が政治を覆い、品位を失った利権民主党が国民の信頼を得られる筈もない。ヤジの映像が拡散されると、X上では「黙って聞けや…人の話を聞けない国会議員いらない…日本の恥…昭和の政治から抜け出せ」といった投稿が相次いだ。立民に対する不信感は高まり、「もう支持できない…怒号で政治を動かす時代じゃない」といったコメントが大量に寄せられた。 タレントのフィフィ氏も同日、自身のXでこう怒りをぶちまけた。「国民の聞く権利の侵害です!さっさとつまみ出して欲しい、ちゃんと聞きたいのに集中できない、頼むよ。」この投稿は瞬く間に拡散され、数万件の“いいね”を集めた。
立憲民主党がしている、論理ではなく怒号、対話ではなく罵声というフォーマンスに対して、「国民の聞く権利を奪ったのは、国民の代表を名乗る議員たち」という批判が浴びせられた。政策を語らず、相手を怒鳴りつけることしかできない政党が、どうして国民の信頼を得られるだろうか。国会は「国権の最高機関」であり、言葉の重みが最も尊ばれる場である。にもかかわらず、その舞台で怒鳴り合いが繰り返される光景は、政治の劣化そのものだ。怒号では何も生まれない。必要なのは、冷静な論理と、相手の言葉に耳を傾ける度量である。
高市首相の所信表明演説を妨害した一連の行為は、単なるマナー違反ではない。立憲民主党が国民から託された“言葉の責任”の放棄であり、議会政治の根幹を揺るがす背信行為である。怒号に沈んだ国会に、民主主義の灯はまだあるのだろうか?




