「出会いと説得」
子供部屋に入ることは許されなかったので、わたしとカーミラは場所を移してお話することとなった。
(ちなみに入ろうとしたら必死の形相で拒否された。「中を見たら死にますよ! 死にますから!」と連呼された。いったい中には何があるのだろう?)
というわけでリビング。
ローテーブルを挟んだふたり掛けのソファに、わたしたちは向かい合うように座った。
エメリッヒ先生はカーミラの隣で、わたしはリリゼットの隣。
クロードは当然のようにわたしの傍らに佇立し、コーゲツさんツキカゲさんコンビは邪魔にならないよう部屋の隅っこに陣取っている。
執事一護衛二というなかなかに圧の強い光景だが、カーミラに動じた様子は一切なかった。
むしろこの中で最も迫力のあるのがカーミラだった。
いや、見た目は可愛いんだけどね?
くるくるとテンパがかった金髪、エメラルドみたいに美しい緑色の瞳。
引きこもっているせいだろう体は細っこくて発育不良だし、そばかすだってちょっとあるけど、それも成長期故の愛嬌と考えると加点要素。
白とピンクのフリフリのワンピースを着ているところなんか、本気で天使が降臨したのかと思うぐらいに可愛い。
可愛い、のだが……。
──圧が強い。
エメリッヒ先生の腕にしがみつきながらわたしを見る目は「ぎんっ」とばかりに見開かれているし、息遣いは「ふーっ、ふーっ」とやたらに荒い。
獲物を前にして「待て」をしている猫みたいで、ちょっと……いやかなり怖い。
「え、ええと……改めてこんにちは、カーミラ」
おっかなびっくり声をかけると、カーミラは「びくうっ」とばかりに大きく体を震わせた。
おおう、人馴れしていない猫みたい。
下手に触ったりしたら引っかかれたり? ってさすがにそれはないか……ないよね?
「ほらカーミラ。会いたがってたテレーゼ君が来てくれたぞ」
エメリッヒ先生が背中を押すようにして促してくれてようやく、カーミラは人の言葉を話してくれるようになった。
「て、てててテレーゼ様、今日はよよよようこそお出でくださいましたたたたたた」
うん、うん。
かなりバグっているが、言いたいこと自体はわかる。
「こんな狭苦しくて薄汚い家ですがどうぞゆっくり過ごしていってくださ……いえ、我が家と思っていつまでも過ごしていってください。テレーゼ様の部屋はすぐにご用意しますから。さあそうと決まったらパパ早くっ」
あれ、急にわかんなくなった。
え、わたしの部屋を用意するってどういう意味?
「待て待ていったん落ち着こう、カーミラ」
興奮するカーミラと、困惑するわたし。
エメリッヒ先生がたまらずツッコみを入れた。
「あまり驚かせると、テレーゼ君が帰ってしまうぞ」
「なっ……!? 帰る……っ!?」
ウソでしょ? みたいなリアクションをとるカーミラだが、このまま話が嚙み合わないようならたしかにいったん帰ったほうがいいのかもしれない。
後日改めて、落ち着いた頃を見計らって……などと考えていると。
「そんな……帰らないでくださいっ。せっかくお会いすることが出来たのに、そんなのあんまりですっ」
わたしの心中を察したのか、泣き崩れんばかりの勢いで懇願して来るカーミラ。
「もしテレーゼ様が帰るとおっしゃるなら、あたし死にますからっ、死にますからっ」
「わかった、わかったから死なないでよもうっ」
さすがに帰ったぐらいで死ぬことはないだろうが、これをきっかけとしてさらにひどい引きこもりになられても困る。
「大丈夫、わたしは今日あなたに会いに来たんだから、ゆっくりお話しようと思って来たんだから、そんなに焦らないでいいのよ」
「ほ、ホントですかっ? ホントにっ?」
「ホント、ホントだからとにかく落ち着いて、ねっ?」
どうどうとなだめると、ようやくカーミラは落ち着いて話をしてくれるようになった。
時々バグったり、わけのわからないことを口走ったりはするが、なんとか意思疎通は出来るようになった。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
色々話を聞いてみると、カーミラはわたしの熱心なファンのようだった。
わたしが一番最初に音楽決闘(ウィルの代理で)を戦った時から音楽雑誌や新聞記事で活躍を追ってくれていて、リリゼットを破って東西両地区の首位に立った時にはケーキにろうそくを立ててお祝いしてくれたのだとか(こっちにもそんな風習あるのね)。
「テレーゼ様にお会い出来た今日は最高の記念日になりますっ。もう切り取って飾っておきたいぐらいっ。あ、ちなみにテレーゼ様が口をつけたティーカップは家宝として飾られていただきますのでっ」
両手を頬に当て、今にも昇天してしまいそうな顔でカーミラ。
「そ……そう? えっと……ありがとう?」
お礼を言うのも変な話なんだけど、あまりにもいい笑顔なので反射で言ってしまった。
しかし……本当にわたしのファンなんだなあー、このコ。
普通、人が口をつけたティーカップを家宝にする?
そりゃあジャ○ーズとか宝○とか○KBとか、そうゆー大手の濃ゆ~いファンはそうなんだろうけど、相手はこのわたしよ?
大声で笑って、大股で歩いて、レディのレの字も無い。
にも関わらず……。
と、そうだったそうだった。
わたしってば、何もカーミラの慰安に来たわけではないのだ。
引きこもりの解消に来たのだった。
「えっと……ねえカーミラ? カーミラは音楽院に通ってるのよね? わたしと違って声楽科だけど、音楽院に」
本来の目的を思い出したわたしは、一転マジメな顔で切り出した。
「………………はい」
説教の気配を感じたのだろう、カーミラは「スン……ッ( ˙-˙ )」とばかりの真顔になった。
エメリッヒ先生の思惑に気づいたのだろう。膝に手を置き、姿勢を正して『耐える姿勢』に入った。
うお……これは聞き流されそうだなあと思いつつも、わたしは頑張って話を始めた。
「あの……あのね? そりゃあカーミラにだって色々と事情はあって、そんでもって色々傷ついたりしたんだろうけど。でも、わたしは思うのね? 何事もやってみないとわからないというか、傷つかなければたどりつけない境地があるというか……」
自分で言ってて、これほど説得力が無い言葉も無いと思う。
だって、わたしがそもそも逃げた人間なんだから。
傷つくことを恐れて、挑むのをやめた人間なんだから。
いま第二の人生をおくってるからって、その過去自体は無くならないんだから。
「ねえ、カーミラ。わたしはね……っ?」
自分に資格が無いことを理解しながらも、わたしは説得を続けた。
過去の自分に語りかけるように、辛抱強く。
ずっと、ずっと。
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