「エメリッヒ先生の娘さん」
めでたく打ち解け、健全なライバル関係となったわたしとエメリッヒ先生。
わたしたちの関係は、その後も良くなり続けた。
音楽決闘の終わった後にふたりで食事をとり酒を酌み交わし、音楽論に花を咲かせる間柄にまでなった。
あれ、これ普通に友達じゃん。てかほとんどマブダチじゃん。
あのツンツンだったエメリッヒ先生を、こうもあっさりと懐柔するとは……。
「……ふ、自らのコミュ力の高さが恐ろしいわ」
中二病の魔眼使いみたいなポーズをとりながら、自らの能力に打ち震えるわたし。
「……それ、絶対アホなこと考えてる時の顔ね」
珍しく一緒に食事をしているリリゼットは呆れたような顔で眺めているが。
「コミュ力……というのは君がよく口にする、対人関係を円滑にするための能力のことか?」
「はい、そうですけど……それが何か?」
全然真面目な話じゃないのに、それこそリリゼットが言うようにアホ丸出しな会話なのに、まっすぐにわたしの目を覗き込んで来るエメリッヒ先生。
いったいどうしたんだろうと思って聞いてみると……。
「ああ、実はな……」
エメリッヒ先生はポツリポツリと、家庭の事情を話し始めた。
若い頃に結婚した奥さんと離婚し、娘とふたりで暮らしていること。
カーミラという名のその娘さんは十二歳で、音楽院の声楽科に入っていたのだが、現在は家に引きこもっていること。
わ、この人結婚してたんだあ。しかも子供までいたんだあ。
三十歳前ぐらいの年齢で十二歳の子供がいるってことは相当若い時の子供なんだなあー。
などという驚きはさて置き、けっこうヘビーそうな話だなあ……。
「娘さんがそうなったのには、何か理由があるんですか? その……いじめとかそういう……」
ドロドロした感じだったらやだなあと思って聞くと……。
「いや、そういったものではないんだ。誰かに何をされたわけではない。簡単に言うと、音楽に対しての情熱が失せたというか……」
「音楽に対しての、情熱が?」
エメリッヒ先生の話によるならば、カーミラは天使の歌声を持つ少女として有名だったらしい。
小さな頃からモテはやされていて、音楽院への入学も鳴り物入りで。
だからこそ、挫折に対する免疫が無かったのだという。
「子供の成長は早く、急なものだ。特に声楽は肉体の成熟がそのまま結果に繋がる。周りの子供たちの成長にカーミラはついて行けず、順位もどんどんと落ちて行った。その結果として音楽への情熱を失い、音楽院へ通うことをやめ……」
引きこもって今に至ると。
「ふうーん、なるほどなあー……」
最初は良かったのに、どんどん周りに抜かれて。
自分の拙さを公開の場で明らかにされて、それを延々繰り返して。
そりゃあたしかに辛いよなあー。
まだ若いし、これからだって全然取り返しは効くのだけど、若いからこそ周りが見えなくなってるんだろうなあー。
とても他人事とは思えない境遇に、わたしがしみじみとうなずいていると……。
「そこでテレーゼ君。君に頼みがあるのだが……」
「へ? わたし? カーミラに対してわたしに、何か出来ることがあるんですか?」
ということは、ここまでの話は前フリだったということか。
ずいぶん長い前フリだったけど、いったいどういった用件なのだろう、と身構えていると……。
「ああ、というより君にしか出来ないんだ。実はな……娘が君の熱心なファンで……」
「………………へ?」
まさかの展開に、わたしは一瞬言葉を失った。
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