「まさかの仲直り」
ここ最近、エメリッヒ先生がうざいぐらいに絡んで来る。
といって、双子やバーバラみたいにバカにしたり嫌がらせをして来たりというわけではない。
純粋に音楽勝負だ。
バルで弾いていれば音楽決闘を、学校にいれば知識勝負みたいなのを仕掛けて来る。
前者についてはわたしが勝つことで店の売り上げに繋がり、しかも最近では毎日の名物みたいにしてお客さんに認識されつつあるので断れない。
後者に関しては、音楽院の生徒がそれを断ったらなんのために学んでるんだということになるのでやっぱり断れない。
「ああーもう、めんどくさいようー……」
昼休み。
大食堂のいつもの席でいつものようにうだうだしているわたし。
「なんでわたしに目をつけるかなー……って、理由自体はハッキリしてるんだけどさあー……」
音楽院を受験する際わたしに敵意を向けて来たので「じゃあ貴様の心を砕いてやろう」とばかりに渾身の演奏を聴かせてやったら、返って触発してやる気にさせてしまったのだ。
「エメリッヒ先生しつこいことで有名だから。一度食いついたら死んでも離れないわよ」
「ぼ、ボクもそう思います。勝つまで絶対やめないと思います」
直の教え子であるアンナとウィルのお墨付き。
「どうしても嫌なら、一度負けてしまうというのはどうでしょう?」
最近よく顔を見せるハーティアが、実にまともな提案をしてくれるが……。
「嫌、絶対に嫌。ウソでも負けたフリなんてしたくない」
ピアノ弾きのプライドに賭けても、わたしは絶対負けたくない。
かと言って、このまま勝負を続けるのもめんどくさい。
「う~ん……どうすればいいのかなあ~……」
なかなか解決方法が見いだせずに困っていると……。
「あの……こういうのはどうかな?」
みんなの話を聞いていたハンネスが、おっかなびっくり手を挙げた。
「いっそ仲良くなってみる、というのは? えっとその……エメリッヒ先生はテレーゼのことを敵視しているから、どうにかして負かしてやろうと勝負を挑んで来るわけじゃない? だったら仲良くなってしまえば、そりゃあライバル視は続けるかもしれないけど、無闇に毎日嚙み付いて来るようなことはなくなると思うんだけど……」
「ああなるほど、たしかにリリゼットだって最初はすんごい勢いで嚙み付いてきたしね。理屈としてはわかるけど……仲良くったってねえ……」
あんな堅物音楽マンとどうやって友好関係を結べというのか。
向こうの世界で言うところの飲みゅニケーションみたいなのが通じる相手でもあるまいし……。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
……などど思っていたのだが、これが意外と通用した。
バルでの音楽決闘後にお酒を飲みながら話してみたところ、わたしとエメリッヒ先生はいきなり打ち解けることが出来た。
最終的には肩を組みながら音楽論を語り合うまでの仲になった。
16歳女子としてそれはどうなのよという疑問はあるが、とりあえずは上手く運んだ。
考えてみれば、わかり合える土壌はあったのだ。
互いに死ぬほど負けず嫌いなところ、互いに音楽を愛していて、音楽的成功以外の何ものも必要としていないところ。
結果としてエメリッヒ先生は……。
「……なるほど、ここがいつも使っている演奏室か。二台ピアノの用意があって……二台四手にも対応出来ると。なるほど……興味深い」
いつも『金曜会』で使っている演奏室に入って来たエメリッヒ先生を見て、みんなはぽかんとした表情。
「な、なんで先生がここに……?」
みんなを代表する形で、ウィルが疑問を口にする。
「ああ、いきなりですまいな。説明が必要だったか。実はテレーゼ君に頼み込んでな。わたしも『金曜会』に入れてもらったのだ」
「せ、先生が『金曜会』にっ? てっ……てことは、先生と先生と一緒に勉強することになるんですかっ?」
ちょっと紛らわしい言い方だが正解だ。
「そういうこと。別にいいでしょ? エメリッヒ先生だってピアノ弾きなんだから、勉強するのは当然だし」
生徒に混じって現役の先生が勉強をする。
その姿はちょっと異質に見えるかもしれないが、音楽というのはそういうものだ。
流行り廃りがあり、楽器そのものの製造技術の向上があり(ピアノでいうなら鍵盤の数だって時代によって違う)、個々人の技術についても日進月歩で成長していく。
日々努力を重ねなくては、その潮流に追いつけない
「特にエメリッヒ先生の場合はね、わたしに勝つとかいう遠大な目標をぶっ立てちゃってるわけだから。ふっふっふ……しかも面白いのはさ。なんとびっくり、わたしに勝つためにはわたし本人に教えを乞うのが一番早いという……」
「……ふん、言っていたまえ」
今までだったらぶち切れていただろうわたしの煽りを、しかしエメリッヒ先生は軽く流した。
銀ブチメガネをくいっと持ち上げると、挑戦的な目でにらみつけて来た。
「たしかに今のところは君のほうが実力が上だ。だが、いつまでも下風に立っているわたしではないぞ。君の技術と知識を吸収し、いつか絶対に勝ってみせる。その時になってほえ面をかかないようにな」
「ほおー、言うじゃない。弱い犬こそよく吠えるってね」
「ただの犬ではないさ、敵の喉笛を噛み切るよう訓練された軍用犬だ」
バチバチと火花を散らすわたしとエメリッヒ先生にみんなが困惑する中、リリゼットだけがハアと重々しいため息をつき……。
「……またひとり被害者が増えたか」
と、謎なつぶやきを発していた。
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