「わたしが悪女……だと……っ?」
さて、ドミトワーヌ夫人主催のサロンにおける四手連弾を終え、日常に戻ってきたわたしだ。
ジルベール・ハーティア組から勝利をもぎ取ったことそれ自体は世間的には大きな騒ぎにならなかったのだが、音楽院内ではそれなりのニュースになった。
調子を崩していたとはいえ、ジルベールは伝統ある四校対抗戦ピアノソロの部二年連続優勝の伝説の先輩だ。
それを四手連弾とはいえ現役生が破ったとなれば、それなりの箔が付く。
新聞部のエリスは早くも『ドミトワーヌ夫人も大絶賛!』とか『三年連続優勝の記録更新へ向け、聖女始動!』とか、生徒たちを煽り立てる記事を書いては号外としてばら撒いている。
聖女云々に関してはもちろん言いたいことがあるが、それよりもこれ……ねえエリスさんよお……。
「そもそも今回のピアノソロの出場者はリリゼットだってーの……。わたしはハンネスとの二台四手だよお。ハアァ~」
お昼休み。
大食堂のいつもの席で昼食をとったわたしは、精神的に疲れてテーブルに突っ伏していた。
「……ホントよね。わたしなんかまるで無視。ムカつく」
リリゼットは号外を四つ折りに畳んでポイと捨てると、腹立たし気に腕組みをする。
眉がぴくぴく震えてて、いかにも怒ってますという感じ。
ん~……なんか気まずいなあ~……。
このぐらいでわたしたちの友情がどうにかなるとは思えないけど、音楽家ってプライドの高い生き物だからなあ~……。一度へそ曲げると長いんだよなあ~……。
などとビクビク、リリゼットのご機嫌を窺っていると……。
「テレーゼ、そんなに気にしなくていいわよ。別にあなたのせいじゃないんだから、堂々としてなさい」
「う、うん」
「わたしが怒ってるのはね、こんな記事を書いた人に対してじゃないの。こんな記事を書かれるような人間であった自分の未熟を恥てるの」
リリゼットの火の玉ストレートに、わたしは言葉を失った。
うお~、これにはさすがに同意は出来ないし、相槌も打てないよお~。
だって同意したらリリゼットを下に見てるってことだし、相槌を打ったらリリゼットの発言すべてを認めるってことになるし。
うおぉ~、リアクションとりづらい発言やめてくれえ~。
わたしが懊悩していると、リリゼットがガタンと席を立った。
「でも、一読者としての苦言ぐらいは呈して来てもいいわよね」
いきなり新聞部に乗り込むつもりでいるリリゼットの腕に飛びつくと、わたしは必死で止めた。
「やめなさいっ、やめなさいっ、あなたが乗り込んだら血の雨が降るからっ」
いかにもお嬢様然とした容姿のくせに、実はものすごい武闘派なリリゼットだ。
新聞部のケンカ弱そうな人らなんて、全員ワンパンでぶちのめしてしまうだろう。
さすがにそれはまずい。
「血の雨って、そんな大げさな……」
大げさじゃねえんだよおーっ!
頼むから自分というものを理解してくれよおーっ!
わたしが心の中で絶叫していると──
「あの……みなさん、先日はどうもすいませんでした」
ハーティアが、昨日ぶりにわたしたちの前に姿を現した。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
席に着いたハーティアは、「昨夜、話しそびれていたことをお伝えに参りました」と前置きした上で話し始めた。
今まで縁もゆかりもなかったバーバラが、突然自分に話しかけてきたこと。
学内でも噂の公爵令嬢が親しげに微笑みかけてくるのに舞い上がっているところへ、立て続けに様々な『策』を囁かれたこと。
調子の上がらないジルベールを輝かすための様々な『策』の中にドミトワーヌ夫人のサロンでの四手連弾があり、気が付いた時にはそれを選らんでいたこと。
「いま考えてみると不思議なのですけれど、その時はそうするべきだとしか思えなくて……。他にもいい方法はあったはずなのに……」
頬に手を当て首を傾げ、狐につままれたような表情でハーティア。
「へえー? ほおー? ふうーん?」
アンナは相変わらずハーティアを信じていないようで、テーブルに頬杖をつきながらジトーっとした目をしている。
だが、わたしにはわかるような気がした。
これはプレイヤーキャラであるからこその理解なのだが、根本的にここはゲーム世界なのだ。
ということは、キャラの思考はシステムによって制御され得る。
ゲーム制作陣の悪意によって、いくらでも。
そういう意味では、ハーティアばかりを責めるわけにはいかないと思うのだ。
「わかったわ、だいたい理解した」
「ほ、本当ですかっ?」
わたしがあっさりと信じたことに驚いたのだろう、ハーティアは目を丸くした。
「要はバーバラが悪いんでしょ。わかるよ、わかる。わたしって、普段からあいつとはバチバチにやり合ってるし。実際それぐらいのことはしかねない底意地の悪さがある奴ではあるし」
ハーティアの肩に手を置くと、わたしはグッとサムズアップした。
「その上で、効果的な反撃方法も知ってるのさ」
そう言うと、わたしは傍らで佇立していたクロードを「来い来い」と手招きした。
「なんでしょう、お嬢さ──」
「クーロードっ♪」
クロードが近くまで来た瞬間、わたしは軽快なステップを踏みながらその腕に飛びついた。
恋人同士がするような親しげな腕組みの光景に、ハーティアが「まあ……っ」と目を見開いて驚き……。
同時にどこかで、ゴンと音がした。
硬い壁に頭を打ち付けたような、聞き慣れた音。
そちらを目で追うと、数人の男女が心配そうに誰かを見ている。
誰かの姿は壁の向こうに隠れて見えないが、まあ間違いなくバーバラだろう。
わたしとクロードの仲良しさんぶりに、嫉妬が暴発したのだ。
「ふっふっふ……見たかいハーティア。視界範囲にいる限り、奴はこの攻撃から逃れられないのさ」
中二病の魔眼使いみたいにわたしが笑う一方で──
「まあ、おふたりはそういうご関係だったんですね。素敵……っ」
わたしとクロードをホントの恋人同士だと勘違いしたのだろう、ハーティアが頬を赤く染めて興奮し。
「きゃーっ! きゃーっ! きゃー!」
アイシャとミントもまた抱き合って興奮し。
「……ま、攻撃としては有効よね。その分向こうは根に持ってそうだけど……」
アンナはシニカルに状況を分析し。
「先生……やっぱりクロードさんと……っ?」
「テレーゼ……やっぱり……っ?」
ウィルとハンネスもまた勘違いしているようだ。しかしふたりとも胸を押さえているのはなぜだろう? 驚いて心臓がバクついてるのかな? お子ちゃまには刺激が強すぎる光景だったかな?
「…………」
さすがというべきだろう、クロードは微動だにせにずわたしの腕組みを受け入れている。
……ん? なんとなく腕が硬直しているような気がするのは、体勢が悪いからだろうか?
そう思って見てみるとわずかに体が斜めに傾いでるし、表情も硬い気がする。
わたしの飛びつき方がまずかったのかな? うん、次からは気をつけよう。
「あなたってさ……」
最後にリリゼットが、呆れたような口調で言った。
「……なんだかどんどん、悪女になっていってるわよね」
青天の霹靂みたいな言葉に驚くわたし。
え、悪女? それって悪役令嬢みたいなことっ?
「え、え、なんでっ? わたしのどこがっ?」
「……まあ天然でやってるんだろうし、説明してもわかんないと思うからいいわ」
「いやいやいや、答えてよっ。そこが一番大事なとこなんだからっ。ホントに絶対そんなことないはずなんだもんっ、そもそもそうならないために頑張ってるのに……っ」
「いいからいいから、聞き流しておいて」
リリゼットはわたしがいくら聞いても答えてくれず、ただただめんどくさげにかぶりを振った。
「もうっ、なんでよリリゼットっ、答えてようーっ!」
まさかの悪女化(悪役令嬢化?)にビビったわたしの叫びが、辺りにこだました。
新楽章突入です(*´ω`*)
テレーゼの活躍が気になる方は下の☆☆☆☆☆で応援お願いします!
感想、レビュー、ブクマ、などもいただけると励みになります!




