「もうひとりの天才」
ようやく落ち着いたウィルとアンナを連れ、控室へ戻ったタイミングで来訪者があった。
誰だろうと思ったら、ついさっきまで戦っていたジルベールだ。
銀髪の王子風イケメンが、いかにも申し訳なさそうな顔で訪れた。
「やあ、すまないテレーゼ君。今回はうちの妹が迷惑をかけようだね」
眉尻を下げ、瞳を翳らせた表情にどうやら嘘はなさそう。
演奏ぶりから感じた通りの、真っ直ぐで誠実な若者のようだ。
あと個人的には、女性相手に『君』付けするのがちょっとツボ。
「母とずいぶん話し込んでいるようだなとは思っていたが、まさかこんなことをするとは予想もしていなかった。本当に申し訳ない」
頭を下げて謝罪するジルベールの腰には、顔を真っ赤に泣き腫らしたハーティアがしがみ着いている。
「ごめんなさい。お兄様……」
「違うだろうハーティア。おまえが謝るべきは僕じゃなく、このおふたりだ」
ジルベールが厳しい口調で指摘すると、ハーティアはビクリと肩を竦ませ、そして……。
「はい……。あの……テレーゼ様、ウィルさん。ごめんなさい。わたくしを許してくださいませんか?」
「「……っ!?」」
わたしとウィルは、驚きのあまり顔を見合わせた。
あのハーティアが、しかも貴族の子女でもある娘がこんなにも憔悴した様子で謝って来ようとは……。
愛すべきお兄さんに叱られたのがよっぽど効いたらしいが、そこまで下手に出て来られるとこっちとしてもそりゃあ……ねえ?
「や、うーん……。そんな顔で謝られたらさすがにまあ……別にいいけども……」
「あ、それボクもです。別にもういいかなあって……」
あっさり許すことを決めたわたしたちに、しかし納得いかないと騒ぎ出したのはアンナだ。
「え、え、なんでそんなに簡単に許しちゃうのっ!? ふたりとも……特にウィル! あんたこいつになんて言われたか忘れたのっ!?」
ウィルの苦しむ姿が忘れられないのだろう、なんだったら今からわたしが殴りつけてやろうかぐらいの勢いでアンナ。
あーまあね、アンナにしてみれば将来の旦那様の性癖を壊されそうになったわけだし、いろんな意味で許せないよね。
かく言うわたしも対戦中はねえ……あいつ嫌いだー大っ嫌いだーぐらいの勢いで怒ってたんだけど、終わってみるとねえー……。
「んー、忘れたわけじゃないんだけど……もうなんというか、発散してしまった気持ち良さのほうが勝ってるというか……」
「あ、それボクもです。頑張って勝って気分よくて、それが全部スッキリ帳消しにしてくれたみたいな感じで……」
「だよねー」
「はい、はい」
わたしとウィルが顔を見合わせてうなずくのに、アンナは頭を抱える。
「なにこの師弟コンビ、いつから発想まで似ちゃったの……?」
「まあまあ、いいじゃない。てことでジルベール、ハーティア。わたしたちとしてはもういいの。理由は今聞いた通りで、演奏して勝ったら気分良くなったから。煩わしいことなんて綺麗さっぱり流れて消えちゃった。これから普通に接してくれるんならそれでいいわ」
あまりに簡単に許されて拍子抜けしたのだろう、ジルベールは肩をこけさせた。
「そ、そういうものか。まあ、それはそれで助かるのだが……。ほら、ハーティア。快く許してくださったふたりに、今度はお礼を言うんだよ」
「はい、おふたりとも、本当にありがとうございます」
ジルベールに背中を押されようにして前に出ると、ハーティアは改めてわたしたちに礼を述べた。
「わたくしその……今になってみるとどうしてあんなことをしたのかわからないというか……。信じてもらえないかもしれませんけど、あの時は何かにとりつかれたような気分で……」
「ええー、ホントにぃー?」
ハーティアの心情吐露に思い切りうさんくさい顔をするアンナだが、わたしにはわかるような気がした。
というかそもそもアンナだって、「元々危ない奴だとは思ってたけどまさかここまでするなんて!」とか言ってたし。
程度の差こそあれ、ハーティアが普通でなかったのはたしかなはずだ。
そう考えてみると、これもゲーム制作陣の悪意によるものなのかもしれない。
何としてでもわたしをもう一度破滅させようというような、そういった類の何かがハーティアに悪影響をもたらした。
そういう意味ではハーティアもまた被害者なのかなあー。
などとあれこれ考えていると……。
「ところで、テレーゼ君」
ひと通りの謝罪とお礼が終わった後、改めてという風にジルベールが話しかけて来た。
「ウィル君も上手かったが、僕は何よりあなたの演奏に驚かされた。四手連弾は今までに何度も経験してきたが、第二奏者してあれほどの存在感を発揮出来る人を見たことがない。失礼だが、ピアノは誰について学ばれたのだ?」
「え? ええ? ええ~とおぉぉぉ~……?」
まさか前世でママにとか、音大で先生にとは言えない。
わたしは一瞬目を泳がせた。
「誰にというか……特定の師はいないというか……」
「……まさか、独学で?」
それはすごい、という風に驚きの表情を浮かべるジルベール。
「って違います違います違いますっ、そうゆーのじゃなくてですねえーっ」
いかんいかんいかん、このまま勘違いを加速させるのは非常にまずい気がする。
それでなくても最近聖女だなんだと周りが騒がしいのに……。
いやもちろんね? それがわたしの最終目的への近道だというのは間違いないことなんだけどね?
にしたってペースがというものがあってだね?
ここはもう少しブレーキをかけたいというか、ゆっくりいきたいというか……う~ん……。
「え、えっとその~……ここではなく~……もっと遠くの~……あ、そうだっ。王都の? 方で? 学んだというか?」
適当に王都とか言ってお茶を濁せば大丈夫だろう、と思ったら……。
「……なるほど、やはりそうか。さすがは王都、といったところだな」
ジルベールは真面目な顔でうなずいた。
いかにも納得した、といった様子だが……。
え、やはりそうか?
どうして? グラーツって音楽の都でしょ? だったら音楽関係で強い人って、みんなここにいるんじゃないの? 王都なんてその下ぐらいの位置づけじゃないの?
「ええっとおぉ~……その……やはりというのは?」
藪蛇になる可能性はあったが、さすがに気になったので聞いてみた。
「いや、それがだな……」
ジルベールの話によると、自分の調子が上がらない理由というのがそこにあるらしい。
四校対抗戦二年連続優勝というトロフィーを引っ提げて向かった王都での演奏会。
そこで彼は、ひとりの少女に出会ったのだそうだ。
そしてそこで──
「名をフロレンシア・アルリエッタという。黒髪で褐色の肌の、異国の少女だ。その少女に僕は負けた。手も足も出ない……あれはまさに完敗だった。それ以来、少し自信を無くしていてね。ハーティアが今日したことも、僕を勇気づけようとしてのことだったのだろう。やり方はとても褒められたものじゃないが、僕がそういった状態にあったのもまた事実だ」
「次やったら勝てますわっ。お兄様は世界最高のピアノ弾きなんですからっ」
そう言うと、ハーティアが心配そうにジルベールの腰に抱き着いた。
その瞳には、強い強い心配の色がある。
おやおやジルベール君、本気で打ちのめされていたらしいね。
んー……しかし、ジルベールの腕だって相当なもんだとう思うんだけどなあ~……それがまったく手も足も出ない?
世の中って広いなあ~……。
「っと──?」
そんなことを考えていたら、不意に背筋に悪寒が走った。
急に動悸が激しくなり、額を冷や汗が流れ落ちた。
「うお~……やな想像しちったぜいぃ~……」
わたしは思わず呻いた。
手で冷や汗を拭ったが、最悪の想像までは拭い去れなかった。
このゲームの特徴、制作陣のテレーゼへの悪意。
そいつが遥かに遡って悪さを働いていたのだとしたら?
わたしにとっての天敵を、こっそり王都に召喚していたのだとしたら?
まさかさすがに、そこまでしないと思うんだけど……。
……いやマジで、ないよね? ね?
誰にも訊ねることの出来ない問いを、わたしはいつまでも頭の中に巡らせていた。
連戦連勝のテレーゼの前に立ちはだかるは、果たして前世の天才なのか?
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