「ボクにとっての『光』」
~~~ウィル視点~~~
曲が終わった瞬間、わっと歓声が上がった。
会場内の全員が立ち上がり、惜しみない拍手を贈って寄越した。
口笛が吹き鳴らされ、笑顔と歓喜がそこかしこで弾けた。
「わあ……わあああ……っ?」
そのあまりの音量に、空気の振動に、ウィルは一瞬硬直した。
まさかここまで圧倒的に賞賛されるとは思っておらず、席から腰を浮かしかけたままの格好で固まった。
「へっへっへっーん。どうだい見たかい、大勝利っ」
聴衆に向かってブイサインをしていたテレーゼは、動かぬウィルに気づくと腰に手を当てため息ひとつ。
「まったくしかたのないコねえ」とでもいうかのように微苦笑を浮かべた。
「ほ~ら、もう終わったよウィル。立つんだよ」
ウィルをグイと引っ張り立たせると、まっすぐ立てずにふらついたのを見かね、腰に手を回すようにしてガッシリと支えてくれた。
「ほらごらん。これが『光』だよ。ね、気持ちいいでしょうっ?」
「はい……っ」
テレーゼの体にしがみつきながら、ウィルは呆然と客席を眺めた。
皆が祝ってくれる、皆が褒めてくれる。
自分たちの演奏へ、これまでの努力へ。
最大級の賛辞が敬意と共に、惜しみなく降り注ぐ。
「はいっ……っ」
「ね、わかるでしょ? ピアノ弾きがさ、失敗しても負けてもピアノを辞められない理由。すぐにその場に戻って来たいと願う理由。それがこれなんだ。それまでの努力や苦労や失敗や血の涙がすべて報われるこの瞬間。この瞬間のために弾くんだよ」
「はい……っ、はい……っ」
「もう、なんだい。『はい』ばかり言ってないで、もっと喜ぼうよ。ほら、こうやって手を振ってさ。口なんかもこうムニーッと横に開いてさ、聴衆に笑いかけるんだ。それも勝者の務めだよ、ウィル」
テレーゼはしゃがみ込むと、ウィルの口を「ムニーッ」と横に引っ張った。
「わわあいふるんれふかっ(わわ、なにするんですかっ)?」
「あっはっは、もう何言ってるかわかんないっ。でもいいよっ、可愛い可愛いっ」
ケラケラ笑うと、テレーゼはウィルの頭をぐしゃぐしゃにかき回した。
「わわっ、やめてくださいよ先生っ」
立派な服を着た紳士淑女の前で『可愛い子ども』扱いされるのが恥ずかしくなったウィルは、テレーゼの手を振り払おうとぶんぶん頭を振った。
「たしかにボクは子供ですけどっ。でもさすがにこういう時はですねっ」
「ええー、なんでえー? 可愛いのにいぃーっ?」
唇を尖らせ、いかにも不満そうなテレーゼ。
こういう時ぐらい少しは大人っぽく扱って欲しいのだと主張するウィル。
そこへアンナがやって来た。
ステージの上に飛び乗ると、そのままの勢いでウィルに抱き着いた。
「ウィルうぅぅぅぅぅー!」
「うわわわわっ、アンナ!?」
「ウィルうぅぅぅぅぅー!」
「どどどどうしたの!? なんだってアンナはそんなに泣いてるの!?」
頭が良くてシニカルで、上級生の男の子とケンカした時だって泣いたことがないのが自慢だったアンナが泣いている。
顔を真っ赤にして、涙で濡れた頬を拭うこともせずに。
「あなたはよくやったわ! ホントによくやった! 偉い! 偉い! 偉い!」
盛んに頭を撫で、心の底から褒めてくれる。
「わたしは信じてたからね! あなたが勝つって! ずっと!」
「アンナ……」
「たぶんミレーヌおばさんもそうだったと思うけど! そして今! とってもとっても喜んでると思うけど!」
「アン……ナ……っ」
ようやくウィルは気づいた。
アンナの涙と普段は見せないこの態度が、彼女と過ごしたこれまでに起因することに。
そうだ、彼女は知っている。
ミレーヌが死んだ時のことも、それからウィルがどんな風にして日々を過ごして来たかも。
彼がどれだけの気持ちをこめて今日の本番に挑んだのかも。
「でももう! ミレーヌおばさんには出来ないから!」
すべて知っていて、だから──
「褒めてあげる! わたしが! 代わりに!」
ぐしゃぐしゃと、ぐしゃぐしゃと。
アンナは何度もウィルの頭を撫でた。
力任せで強引な、正直痛いぐらいの撫で方だったが、嫌ではなかった。
「あなたは! よくやった!」
本当は、泣かずにいようと思った。
四手連弾とはいえピアノ弾きとしての初舞台だし。
どれだけ嬉しいことがあっても、人前では。
最近ずっと泣いてばかりだったし、せめて今ぐらいは。
だけど、そんなことを言われてしまってはダメだった。
「あっ……うっ……」
今まで堪えてきたものが一気に崩れ、一気に溢れた。
「うう、うわああああ……っ」
「男が泣くんじゃないって……いつもだったら言ってるとこだけど!」
アンナはウィルを抱きしめると、強く叫んだ。
「今日は許す! 存分に泣きなさい!」
「うわあああっ、あああああああ~……っ」
ウィルは泣いた。
声を殺すこともなく、思い切り。
「よおーしっ、泣け泣けウィルっ。嬉し泣きなんて、人生何十年過ごしててもなかなか出来ることじゃないんだ。思いっ切り泣きなさいっ」
テレーゼは楽しげに笑った。
まるで自分が人生何十年も過ごしたことがあるみたいなことを言いながら、アンナごと、腕を回して抱き寄せてきた。
それをウィルは、恥ずかしいと思った。
こんなに泣いて、慰められて、子供みたいだって。
だけど逃げられないなとも感じてた。
どれだけ抵抗しても捕まり、手元に置かれてしまう。
テレーゼには、アンナには、そういう類の引力がある。
まるで、母の持っていたあの不可思議な力のように。
(……ああ、そうか)
ふたりの熱と優しさを感じながら、ウィルは気づいた。
テレーゼがいる、アンナがいる、アイシャとミントが抱き合って喜んでいる。
ハンネスは貰い泣きで号泣で、クロードが遠くで腕組みしながら眺めている。
父は忙しく働きながらも、きっと自分の勝利を願ってくれている。母の肖像画と一緒に。
今の自分を形成する、それらがすべて──
(全部全部、ボクにとっての『光』なんだ──)
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