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「ベートーヴェンは異世界だって最強です? ~"元"悪役令嬢は名曲チートで人生やり直す~」  作者: 呑竜
「第五楽章:亡き王女のためのパヴァーヌ」

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「『亡き王女のためのパヴァーヌ②』」

 ~~~ウィル視点~~~



 

 ウィルがこの曲を好きになったのは、構成の素晴らしさや音の並びの美しさ、感傷に満ちた色合いのせいもある。

 だが最も強く心を惹かれたのは、その逸話に対してだ。


『亡き王女』のモチーフとなった17世紀のスペイン王女マルガリータ。

 彼女は嫁ぎ先のウィーンで、自らが産んだ子のほとんどを失った。

 唯一末娘のマリアだけが育ったが、自身はその成長を見ることはかなわず、出産直後にこの世を去った。

 宮廷内でも軽く扱われ、廷臣たちは彼女が亡くなることを喜んだとすら言われている。


 ウィルはまだ子供で、大人になった時のことなどわからない。

 自分に恋人が出来たり、結婚したりといった姿すら想像できない。

 でも、その痛みだけはよくわかった。 


 母であるミレーヌが、夫であるテオと息子であるウィルを残して逝ってしまったから。

 きっとそれに近いものであろうと、想像出来た。


(あの時お母さんは、色んなことを考えてたと思う。お父さんのこと、お店のこと、お客さんのこと。そしてきっと、ボクのことも考えたと思う) 

 

 当時まだ5歳のウィルは、ミレーヌにべったりだった。

 幼年学校へ行く以外のほとんどすべての時間を一緒に過ごして、その甘えぶりを心配されるほどだった。

 

(もし自分が死んだらボクがどうなるか、このコはホントにちゃんと育ってくれるのだろうかって、たくさん、たくさん考えたと思う……)


 実際、その心配は当たっていた。

 ウィルはひどく落ち込み、放心状態に陥った。

 何か月もの間学校へ行かず、ただただうつろな目でミレーヌのいたあの席を見つめ続けた。

 いつかまたフラッと戻って来るのではないか、いつものようにピアノを弾き、ついでにウィルの頭を撫でてくれるのではないか。

 奇跡よ起これと、一心に念じ続けた。


 だけど世のことわりは覆らず、奇跡もまた起こらなかった。

 当たり前のように日々は移ろい、多くの晴れと雨の日を繰り返した。

 その間もウィルは傷つき続けた。

 テオとアンナの支えのおかげでようやく立ち直った時には、すでに半年もの時が過ぎていて……。


(……ホントに情けない話だよね。ごめんね、心配だったでしょ。でも、もう大丈夫だから……)


 その時、ウィルは決めたのだ。

 これ以上テオやアンナに心配をかけることのない人間になろうと、すくすく育ち、立派なピアノ弾きになろうと。

 そしてその姿を、出来ればミレーヌにも見て欲しいと。


(ボク、ちゃんとしたピアノ弾きになるから。お父さんと一緒に店を支えて見せるから。だからさ、ねえ、見ててよ。お母さん──)

 

 天国にいるだろうミレーヌに呼びかけた瞬間、低音部を担当するテレーゼがにこやかに笑いかけてきた。


「トレ・グラーヴ──非常に重く、だ。あなたの見せ場だよ」


 唇をニイと引いて親しげに、そしてどこかやんちゃに、友達を煽るみたいに。


「……ふふっ」


 ウィルは笑った。

 と言って、余裕があるわけではない。


 高音部を担当するということは、低音部に先んじて音を出すということだから。

 自ら色合いを決め、音量を決め、突き進むということだから。

 公衆の面前で演奏するという経験のないウィルにとって、それは夜道を明かりを灯さずに進むという行為に等しい。

 当然怖い。長引けば長引くほどに恐ろしくなる。


(大丈夫、絶対いけるっ。今、ボクの隣には先生がいるんだからっ)


 ──失敗しても大丈夫。

 どんな不協和音だって支えてくれる。


 ──迷っても大丈夫。

 ペダルを駆使して正しい道筋を教えてくれる。


(先生さえいれば大丈夫! だから行け、まっすぐ突っこむんだ!)


「はい、先生っ!」


 ウィルは思い切り指を振り上げると、鍵盤に叩きつけた。

 悲鳴を上げるように鍵盤が震え、響板を揺らした。


 トレ・グラーヴ──非常に重くと指示された後半の難所。

 曲の最大の盛り上がり所へと、果敢に突入していく。


 ──いいじゃない、ウィル、その調子っ。

 ──さすがは我が弟子、いいよいいよーっ。

 ──あーっと、そこはもっと強く弾いていい、どんどん聴かせていこうっ。

 

 会話を交わしていないのに、目線すら合わせていないのに、ウィルにはテレーゼの言いたいことがわかった。

 まるでふたりでひとりの生き物になったみたいに。

 胸の鼓動も肌の熱さも、息遣いも言いたいことも。

 テレーゼの、すべてがわかった。

 

(ああ……すごい……っ。指が、指が止まらない……っ)


 自分の実力だけではない。何か超自然的なものに自動演奏させられてでもいるかのような不思議な感覚の中──ウィルは一瞬、客席を見た。


 ジルベールを盛り上げるためにと集められた紳士と貴婦人。

 彼らが/彼女らが胸を押さえ、あるいは目元にハンカチを当てて感動しているのがわかった。

 あのハーティアですらもが頬を染め、涙で濡らしているのがよく見えた。


(みんなが……みんながボクを見てる……っ? そうか、これが先生の言ってたあの……っ?)


 勝利を予感した瞬間、様々なものが胸中にこみ上げた。


 テレーゼにお願いしてよかった。

 血の滲むような特訓をしてきてよかった。

 あのまま逃げずに会場に戻り、精神をすり減らしてまでも戦いに挑んでよかった。


 他に変えようのない達成感の中、ウィルは弾き続けた。


 曲はやがて難所を越えた。

 再び歌うような旋律に戻り、消える前のロウソクのように時おり瞬き──そして終わった。


 瞬間、わっと歓声が上がった。

 会場内の全員が立ち上がり、惜しみない拍手を贈って寄越した。

 口笛が吹き鳴らされ、笑顔と歓喜がそこかしこで弾け──

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