「いざサロンへ!」
そんな風なあれやこれやがあったりしつつも時は過ぎ、ウィルとの練習を重ねに重ね、やって来ましたサロン当日。
沈みゆく夕陽を遠くに眺めながら、わたしはドミトワーヌ夫人のお屋敷へと向かう馬車に揺られていた。
六頭立て八人乗りの超豪華な馬車に、わたしとリリゼット、ウィルとアンナ、クロードとハンネス、アイシャとミントという総勢八名。
徒歩じゃカッコつかないでしょとリリゼットが出してくれたのだが、おかげさまで気分はVIP。
身に着けているドレスも普段とは違い赤を基調にしたオフショルダーの大人なもので、テンションもマックス近くにまで上がっていた。
「うわうわうわ、この辺ってホントに高級住宅街って感じねっ。道は広いし綺麗だし、どの家もすんごい豪邸っ」
豪華な街並みを、窓にかぶりつきで眺めるわたし。
「ワイマール地区は伝統的に高級官僚や貴族が住まう地区だからね、まあこんなもんでしょ」
「お、さすがは海運商のお嬢様、余裕って感じねえ~」
「あなただって元は貴族でしょうが……」
「おっとそうでした」
テヘヘとばかりに額を叩くと、対面のリリゼットは重いため息。
またいつものあれかという感じで、全員の間に微妙な空気が漂う。
あ、ちなみにクロードは御者さんの横にいるので話には絡んで来ない。
一緒に中に入ればいいのにと何度も進めたのだが、職業意識からなのだろう、外にいることを選んだのだ。
そうこうするうちに、馬車はお屋敷に到着した。
高級官僚や貴族などが住まう地区にあってなお、周りの家との格の違いがひと目でわかるレベルの豪邸だ。
敷地は広大で屋敷の作りは美麗で、使用人たちの身なりや所作も実にお見事。
先に降りていたクロードの手を借りて玄関前で降りたわたしは、思わず歓声を上げた。
「うわ~……すごいっ。ホントに映画の中みたい……じゃなくっ、本やお芝居の中みたいな光景だあぁ~……」
玄関ホールは舞踏会が開けるぐらいに広く、凝った装飾のマントルピースや暖炉、ソファやローテーブルが置かれている。
床にはペルシャ絨毯のような美麗な絨毯が敷かれ、天井ではシャンデリアが煌々たる明かりを灯している。
優雅なドレスで着飾った貴婦人たちがそこかしこでぺちゃくちゃと喋り合い、紳士たちは盛んにパイプをふかしている。
足元には室内犬がすまし顔で寝そべり、いかにも時代がかったサロンの雰囲気を醸し出している。
「皆様はこちらで、少々お待ちください」
そう言い残すと、案内役の老執事のセバスさんが貴婦人たちのところへ歩いて行った。
その中のひとりに耳打ちしたかと思うと……。
「ようこそいらっしゃいました。あなたがテレーゼさんね?」
ひとりの貴婦人がこちらへとやって来た。
歳は三十半ばぐらいだろうか、背が高くスラリとした美人だが……美人なのだが……。
黒髪をドドンと高く盛り、極彩色の鳥の羽根のようなもので飾っている。
身に着けたドレスはまさかのシマシマのゼブラ柄で、ひと目でただ者ではないとわかるものすごいインパクト。
「クローヌ・デア・ドミトワーヌと申します。以後お見知りおきを」
「本日はお招きいただきありがとうございます。テレーゼと申します」
「姓無しのテレーゼさんですよね。お噂はかねがね聞いておりますわ。なかなか愉快な経歴をお持ちなのだとか。演奏以外でも楽しませてくれそうで、わたくし、今からウキウキしておりますわ」
うお、見た目もだけど、言うこともすごいなこの人。
これ以上ないプライベートな部分にいきなりぶっこんで来たぞ、おい。
「あ、あはははは~……。ま、まあ~そんなこともありましたかねえ~……」
あまりのことに乾いた笑いを返すことしか出来ないわたし。
いやあだってさあ、なるべく粗相のないようにと身構えてたらいきなりこれだもの。
一人前のレディならこういう状況でこそ機智に富んだ返事を返すべきだとは思うんだけど、さすがにねえ~。
「と、ともかく今日は頑張らせていただきます。ここにいらっしゃる皆様に笑顔で帰っていただけるよう、渾身の一曲を弾かせていただきます」
「ええ、楽しみにしておりますわ。ちなみに順番は執事に聞いてくださいな。セバス、あとは任せましたよ」
ドミトワーヌ夫人の指示を受けたセバスさんは静かに頭を下げると、控室の場所やお屋敷の利用方法、ピアノの種類や弾く順番などについてこと細かに教えてくれた。
□ ■ □ ■ □ □ ■ □ ■ □ ■ □
「はあ~……しかし、すんごい人だったなあ~……」
控室に通されたわたしは、椅子に座るなり大きなため息をついた。
「噂通り、歯に衣着せぬ豪快な人ね」
さすがのリリゼットも驚いた様子で、何度もうなずいている。
「ま、嫌な感じはしなかったけどね。いい意味でさばさばしてるというか、これでこっちも素性を隠す必要がなくなったし、かえって気楽にいけるかも?」
そう考えてみると、あのあけすけな性格もある種の狙いをもって作られたものなのかもしれない。
客人に緊張させず、腹を割って話すように誘導するための。
権謀術数の世界に生きる人たちにとっては脅威なんだろうけど、わたしみたいな庶民にとってはわかりやすくてありがたい感じかな、などと思っていると……。
「ううぅ~……緊張するなあ~……。もし失敗したらどうしよう~……」
それどころではないって感じのウィルが、重い重いため息をついた。
深緑色のキュロットに白い長靴下、ひだ襟のついた白シャツに金刺繍の施された赤いベストというショタ好き絶対殺す服におめかししたウィルが、さっきから盛んに手を擦り合わせている。
緊張で指先が冷えるのだろうか、息を吐きかけ温めようとしている。
「ボクのせいでテレーゼ先生がバカにされたら……。あああぁ~……」
真面目で責任感の強い、ウィルらしい悩みだ。
わたしの足を引っ張ったらどうしよう。
それが結果的にわたしの名声に傷をつけることになったらどうしよう。
自分ではなくわたしのために、このコは不安になっているのだ。
緊張それ自体は悪いものではない。
だが度を超すと、入れ込みすぎて指が動かなくなり、ミスを誘発する原因となる。
ここはお姉さんとして、ピアノの先生として、上手いことフォローしてあげないと……。
「あのね、ウィル……」
「失礼いたします」
小さな相方を勇気づけようとした瞬間、ハーティアが控室に入って来た。
「あら、ハーティア。ごめんね? 挨拶にいくのが遅れて。今日はホントにお招きありがとね?」
水色のドレスとカチューシャで綺麗に着飾ったハーティアは、目を三日月型にしてニヤニヤと笑っている。
あれ、このコって気持ちこんな笑い方するコだっけかなと訝しんでいると……。
「いいえぇ~、こちらこそありがとうございますぅ~。ちょうどいい当て馬になっていただけて、ホントに感謝しておりますわあぁ~」
思ってもみなかったハーティアのセリフに、わたしは一瞬硬直した。
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