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「ベートーヴェンは異世界だって最強です? ~"元"悪役令嬢は名曲チートで人生やり直す~」  作者: 呑竜
「第五楽章:亡き王女のためのパヴァーヌ」

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「夜風を浴びながら」

 バルを後にしたわたしとクロードは、夜風を浴びながらしばし歩いた。

 まっすぐに家に帰ってもいいのだがなんとなくそうする気にはなれず、遠回りして大通りを歩いていた。


 時刻としては23時を回ったところだろうか、さすがにこの時間にもなると閉まっている店のほうが多くなるが、開いている店からはなおも勢いよく音楽が聞こえて来る。

 ピアノにヴァイオリン、ギターにホルン、ソプラノにテノール。

 さすがに音楽の都、その情熱は夜もやまない。


「うは~、みんなやる気満々だねえ~。『俺の歌を聴けー!』じゃないけど、ギラギラした目で弾いてんなあ~、歌ってんなあ~」


 冷やかし半分に店を覗き込んだりしながらてこてこと歩いていると……。


「お嬢様、大丈夫ですか? 先ほどから、心ここにあらずといったご様子ですが……」


 クロードが訊ねて来た。

 頼りない主の道行きを、心配そうに。


「もしかしたらあの件を気にされているのですか? ウィル様の面倒を見るという」


「んん~? ええっとねえ~。まあそれはそれで気にかかるんだけど~」 


 大きな橋の欄干に肘をつくと、わたしは真っ暗な川を見下ろした。

 ひんやりとした秋の風を浴びながら、ため息をついた。


「ウィルもそうだけど、どっちかという気になったのはお母さまのほうかな~」


「お母様……ジャクリーヌ様の?」


「……うん、そうなの」


 テレーゼのママであるジャクリーヌは、イエナ男爵家の長女だった。

 イエナ男爵家は爵位持ちの貴族であるが、財政的には火の車だった。

 何せ税収地となるイエナ地方が痩せた土地であり、税収も人口も少ない。

 国へ貢献するための手段がほとんどなく、家臣も少なくほぼ身内。多くの貴族から侮られるような存在だった。


 しかも家長であるエリアスは病弱で、起きて執務をしている時間より床に伏せている時間のほうが長いときた。

 男子はいないし、下のふたりの妹たちはまだまだ幼いし……。


 それ故にというべきだろう、ジャクリーヌは決死の覚悟で社交界に臨んだ。

 美しく体を磨き作法を学び、詩や踊りを嗜み、出来ぬことは何もない才女ぶりを見せつけた。

 

 それが功を奏したのだろう、ジャクリーヌはバルテル公爵の第二夫人の地位を射止めた。

 その直後、突然の事故で無くなった第一夫人アントワーヌの後釜へとスライドした。

 陰謀の噂も囁かれたが証拠はなく、ジャクリーヌは無事三男二女に恵まれ、その地位を盤石なものとした。   


 自らの境遇故にだろう、彼女は娘達には特に厳しく当たった。

 礼儀作法に教養。

 より上の地位を持つ男を狙い落とすべしとなかなかのスパルタぶりで、その姿はどこか、わたしのママと被る部分が多かった。


 結果的にテレーゼは、第三王子アベル・ゼーア・ヒストリアの婚約者の座を射止めた。

 かつてわたしがストレートで音大に受かったように。

 そこもやっぱり、被るんだ。


「……お母さまはさ、容赦なく厳しい人だったじゃない。子供たちの将来のためなら他のあらゆるものを犠牲にしていいと、本気で考える人だったじゃない。それはある意味では正しいんだけど……。でもさ、その犠牲の中にはさ。『子供の気持ち』ってのもあったんだよ……」

 

 テレーゼはどんな気持ちで悪役令嬢をやっていたんだろう。

 自分を磨き、他人を蹴落とし、王子の婚約者の座を射止める。

 それは本当に嬉しいことだったのだろうか。

 それで幸せになれると、本気で信じていたのだろうか。

 

「少なくとも、わたしは辛かったよ。辛くて、苦しくて、何度も泣いたよ。そんでもって色々あって、今こうしてここにいるわけなんだけど。第二の人生を過ごしてるわけなんだけど。でも今日の話を聞いて、そっかーって思ったんだ。ウィルのとこは違ったんだなーって」 


 ウィルのママのミレーヌさんは自由主義で、息子に何かになれなんてことは一度も言わなかったらしい。

 

「あなたが好きなものを見て、聞いて、好きなものになりなさい。店を継ぐなんてこと考えなくてもいいし、どこか見知らぬ土地で暮らしてもいい。とにかくものすごいおおらかに構えていて……だけどウィルは、お母さまと同じ道を選んだ。自らを縛り付ける選択を、自分でした。その違いはなんだろうって思うんだ。周りの環境? 本人の資質? 単純に目標の違い?」


 ママってなに?

 子供にとってのママって、ママにとっての子供って、いったいなんなの?

 テオさんにウィルの今後を託されたわたしは、いったいどうしたらいいの?


「わたしはお母さまの期待には応えられなかったからさ。だから色々考えちゃったの。そんだけ。あはは、ごめんね? 心配かけた?」


 うじうじ悩むのはもうおしまいと、わたしはけらけら陽気に笑った。

 さあ明日もがんばるぞいとばかりに拳を握ると、呆けたように立ち尽くすクロードを促し歩き出した。


 なんてことない風を装ってはいたが、内心ダメージはあった。


 わたしにとってのママは壁であり、足枷あしかせだった。

 じゃあ、ママにとってのわたしはなんだったんだろう?

 自らが果たせなかった夢をかなえるための、ただの人形? それとも……。

 誰も答えてくれるわけのない質問を、胸の中で繰り返してた。

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